2-16 逃亡
「斎藤君?」
木下がそう言った。階段の下から姿を見せたのは眼帯をした斎藤だった。
「斎藤?お前は宿泊訓練で友達と一緒のはずじゃ……。いや、待て。お前ほんとに斉藤か?」
冬弥が斎藤を睨むように見据えてそう言った。階段を上がってきた斎藤からは……いや、斎藤と一緒に来た知らない生徒たちも一様に感情が見えない。ただ、その目だけが爛々とこっちを見ている。
「こいつら……まともじゃねえぞ。蒲生」
そう言って隣を見た冬弥は言葉を飲んだ。紗羅が冷や汗をかいている。
そんな冬弥の様子に気付いたのか、紗羅は力なく笑みを浮かべる。
「わかんないの。冬弥くんたちは分かる。でも、階段から上がってきたっていう人たちが、私にはわからない……。幽霊なの?」
少しだけ取り乱して紗羅がそう言った。
「幽霊……ではないと思うけど……。俺にもはっきり見えるし。そっか、もしも相手が霊なら蒲生は見えないんだもんな」
ぎゅっと紗羅は拳を握った。その間にも斎藤を先頭に謎の生徒たちは階段を上がってくる。
「ちっ!」
すると後ろで舌打ちが聞こえたと思うと、ふわりと冬弥の目の前を黒いものが飛んだ。櫛目先輩だった。その両手には古い櫛を持っている。
バシッ!!
櫛目先輩が手に持っている櫛を、斎藤に向かって投げた。その櫛は斎藤の目の前で何かに阻まれるように、電気がショートしたような音を立てて床に落ちた。
「あ?あれ……?なんで俺。ここどこだ?旧校舎?嘘だろ……」
何が起きたのか分からないが、斎藤が自我を取り戻したようで、自分が旧校舎にいると理解すると顔を真っ青にして震えだした。それは斎藤の後ろにいた生徒たちも同じようで、女子が多いがみんな泣きそうな顔になっている。
(やっぱり、や~っかい。でも、目だけじゃ物足りない)
櫛目先輩が階段を上ってくる斎藤達に対処した事で、副島に余裕ができた。しかも、さっき目を奪った少女は霊を見れないらしい。その少女の目は素晴らしいものだった。霊力に満ち溢れていて自分が何倍も強くなった気がする。
ぬらりと姿見の表面に波紋が浮かぶ。櫛目は階段の下にいる、もう何をしても間に合わない。副島が見るものすべてが総毛だつようなまがまがしい笑みを浮かべた。甘美な味がする少女のすべてが欲しいと手を伸ばした。
「む!いかん、……おい!」
下から櫛目が叫んだが、それでは何も伝わらない。一方的な自己紹介が仇となって、この場にいる誰の名前も知らなかった。副島の手が紗羅に伸びる。櫛間はそれでも懸命に叫んだ。その声の合間に紗羅に聞きなれた声が聞こえた。
「紗羅……右手の後ろ。手を掴もうとしてる」
ピクリと肩を揺らした紗羅は、次にはもう動いていた。
スパン!と、小気味いい音が響き、副島の腕が肘から先がなくなってた。そこには蹴り足を振り抜いた紗羅かいる。
「え?」
それをぽかんと見る副島。
「紗羅、私の腰を右から蹴って」
その時には冬弥も気付いていた。自分が支えている逢介が薄く目を開けて、顔をゆがめながら紗羅に副島の場所を教えているのだ。ただ……さっき言ったことの意味が分からなかった。逢介は意識を取り戻して、すぐにまた気を失いたいのか?と、考えていると紗羅が動いた。
目が見えないとは到底思えない動きで、山野旅館でも見せた後ろ回し蹴りを放った。
副島もその頃には気づいていて逃げようとしていた。慌てて鏡の中に戻って波紋を起こして姿を消そうとしている。その位置が、逢介が立っている時の腰の位置だった。
ガシャーーン!
紗羅の蹴りは姿見を固定してあったビスも引き抜いて、姿見を横の壁まで蹴り飛ばしていた。
鏡の割れる派手な音で気付かれたのだろう。先生らしき声が外から聞こえてくる。斎藤達は粉々になった姿見を見て放心しているし、逢介はまた目を閉じている。
紗羅も冬弥も木下も。誰も言葉を発せないでいると、櫛目が姿見の所まで歩いて行くとポケットからお札のような物を取り出して、鏡に貼った。
「お前……霊が見えないのに、さわれるのか?」
信じられないものを見るような櫛目の言葉に、紗羅は何も言い返せない。
困った顔をする紗羅を見て、気を失ったままの逢介を見て櫛目はフッと笑ったように見えた。
「まあいい。すぐに先生たちが来るだろう。逃げておかないと色々面倒だぞ?」
そう言うと櫛目は紗羅の肩をポンと叩いた。
「また会おう。なに、嫌でも会うさ」
そう言い残し、櫛目は風のように走って行った。斎藤達も大慌てで先生たちが来ない方に走って行く。
残された民俗風土クラブのメンバーは……誰一人そこから動けないでいた。櫛目が姿見に札を貼る前に呟いた言葉がやけにはっきりと聞こえていた。
「逃げたな」と。
紗羅の目はまだ閉じたままだし、逢介は目を覚まさない。さっき少しだけ目を覚ましたのが嘘みたいに深く眠っている。冬弥も木下も。今日会った事の余りの大きさに一ポンプごくことができなくなっていた。
◆◆◆◆
「ほう?それで旧校舎の姿見が壊れてしまったと?」
職員室で一応顧問の山内先生に何があったかの説明をしていた。冬弥たちだけではなく、あの場にいた斎藤と他数名が勝手に旧校舎に入ったことで先生にしぼられたらしい。冬弥たちはしっかり届け出はしていたものの、騒ぎが大きくなりすぎていた。
「はい、あの姿見にまつわる七不思議を調べたくて行っただけなんです」
さすがに今回の事は応えたのか、冬弥も肩を落として真摯に受け答えしている。何しろ紗羅は両目の視力を失い、救護に運ばれた逢介も目を覚まさず、二人とも病院に運ばれてまだ帰ってきていない。
「はあ?俺もこの学校の七不思議は聞いたことあるが、あの姿見が七不思議なんて聞いたことないぞ?他の先生方もあんな所で何をしていたのか不思議がっていたくらいだからな」
その山内先生の言葉に冬弥は頭の中が真っ白になった。
――俺はなんであれが七不思議だって思ったんだ?
山内先生は大きなため息をついた。
「倉田ぁ。調べるなら他にもあっただろう?あそこよりも有名で、記事にしやすそうなところが」
――他の七不思議の場所なんて、俺は知らない……。
それからもしばらく山内先生の説教は続いたが、冬弥の耳には届かなくなっていた。




