2-14 見るな
副島はうす暗い廊下を歩いていた。ここ最近は毎日のことだ。片方の上履きはどこかに隠され、探しているうちに教科書などの入ったカバンも無くなってた。
「はぁ……わたしのことが見えないなら、ほっといてくれればいいのに……」
主にいじめてくるのは二人。だが他のクラスメイトと見ないフリをして助けようともしない。誰も私を見ようとしない。担任の先生ですらも……。
ただ、これには副島が他人との距離を縮めることが苦手なせいもある。
友人と呼べるクラスメイトはいなかったし、どちらかといえばいじめの前から敬遠されていた。
パタ……パタ……と片足だけの上履きの音が、静かな廊下に響く。
家に帰れば優しい両親がいる。でも副島はどうしても相談することができなかった。
「お父さんもお母さんも、娘がいじめられてるなんて知ったら悲しむだろうしな……」
もちろん、一番悲しいのは娘が悩みを相談してくれないことだが、そんなことは気づいていない。
副島は世界で誰も見てくれない孤独な女の子であると、自分で思っていた。実際はそこそこ親しい友達が助けの手を伸ばしていたのだが、自分で孤独だと思ってしまっている副島は、その手を取らなかった。
……むしろ、可哀想な自分に酔っていたのかもしれない。
担任の先生も、問題を解決しようと尽力していたが、副島自身がそれを受け入れなかった。
いじめの主犯はそれを自分たちへの反抗と受け取り、いじめは加熱したため、先生も手を出しあぐねている。
色々と歯車が噛み合っていないうえに、副島は周りがまったく見えていなかった。
こんな時間まで学校に残っていることがそれを表している。本来ならいじめられている場所である学校から一刻も早く立ち去りたいはずだ。
「もうダメかも……。もう命を絶つしかない」
呟きながらいつのまにか、いつもの姿見のところに来ていた。もちろん本気で死のうなどとは思ってもいない。
副島はいじめている生徒が帰るまで学校で隠れている。
下校途中に待ち伏せされている事がよくあるからだ。
なので、誰もいなくなるまで隠れていて、この場所で身繕いをしてから帰るのだ。家にいる両親にバレない程度に……。
両親に相談できないのも、実は心配をかけたくないためではなく、両親には自分はクラスでは人気者だと言っているからだ。
むしろ、親ならば娘が嘘をついていても気づいて、何も言わなくてもいじめを解決しようとするべきじゃないかとすら思っていた。
姿見に映る自分は学校において唯一自分と目が合う存在。
感傷に浸りながら姿見を見ていた。その時ふいに周りが明るくなる。
――やば!見回りの先生?
慌てて振り返ったがそうではなかった。
「月……か。」
今日は満月だったようで、踊り場から三階の窓を見上げた時にまんまるの月が綺麗に見えていた。
「すごい……。意外と明るいのね。まるで、スポットライトみたい」
月明かりに照らされながら副島は再び姿見を見た。そして姿見の中の自分と目が合う。
……ゾクリとした。なぜかわからないがひどく落ち着かない。
もう帰ろう。そう思うのに、意思に反して足はまるで床にくっついたように動かない。
月の光が副島と姿見を照らす。そして唯一自分を見る姿見の中の自分の目を見た時……
「あ……」
グニャリと思考が歪む。そこに見えたのは、姿見に写った月が瞳の中にある。まるで自分の目ではないように見えた時、それがギョロリと動いた。
「…………はっ!ここ、は?」
気づいた時、副島は不思議な場所にいた。月が見える。姿見に映った月が副島の瞳にも映り、よく見ると姿見も映っていて、その姿見にも月が……
ずっと続くその光景に、副島はなぜかひどく恐ろしくなって叫び声をあげた。
……校舎は静寂に包まれている。副島など最初からいなかったように……
それから数年が経った。その頃にはその学校に噂ができていた。
夜中に東階段にある姿見を見ると、目玉が見える。そして、世にも恐ろしい声が聞こえてくるのいうものだ。
「見るな」と。
◆◆ ◆◆
その一部始終を見ていた僕と紗羅は、二階から踊り場を見上げていた。
「え……。あの女の子が原因って、こと?」
思わず呟いた僕に紗羅は少し唸って考え込んだ。
「うーん。色んな要因が重なってるんだと思う。師匠から聞いたけど、不特定多数が集まる場所では人間の良くない感情も集まりやすい。学校に七不思議が大体あるのもそのせい」
紗羅はゆっくりと階段に足を踏み出しながらそう言った。
「そして、今見た限り重なった要因は、負の感情と月の光、瞳にできた擬似的な合わせ鏡と、多分元々いた霊。月明かりと負の感情で浮かび上がった目は彼女のものではなかったから……」
僕も合わせ鏡は良くないと聞いたことはある。偶然色んな環境が整っちゃったということか……。
紗羅はスタスタ階段を登っていき……その姿見と思われるものの前に立った。
「見るな……」
姿見に紗羅の部屋でも見た「目」が浮かび、恨みがましい声でそう言ってくる。
僕は紗羅の横に立って見ていたが、窓から入る月明かりだけの明るさで、鏡に「目」が浮かんでくるビジュアルは、かなりホラーだ。
「でも、この姿見も怖いけど、僕たちの学校に伝わる七不思議では鏡を見ると好きな人のことがわかる。だよ?どうねじ曲がって伝わったんだろうね」
僕がそう言うと、姿見の中からうっすらと笑い声が聞こえたような気がして、グラリと視界が暗転した。
「……すけ」
「逢介!」
ふと気づくと、僕は旧校舎の廊下に寝ていた。そばには冬弥が座って僕を覗き込んでいた。
「あれ?冬弥」
「お前、毎度スポットで気を失うの止めてくれない?焦るからさぁ」
どうやら僕はまた気を失っていたらしい。自分の名誉のために言わせてもらえば、今回は何かにビビって気を失ったわけではないことだ。
「紗羅ちゃんも目を覚ましたよ!よかった……ほんとにびっくりしたよ」
横を向けば僕と同じように寝転んだ紗羅と、安心した様子の木下君が見えた。
「冬弥……あれからどうなったの?」
身体を起こしながらそう聞くと、冬弥は僕が起きるのを手伝いながら話してくれた。
「あの時、たくさんの霊が見えて逢介と蒲生がそれを見て固まっていただろ?その後窓から月明かりが差し込んできたんだよ。んで、気づいたら二人は倒れてるし、霊たちはもう見えなくなってたし、焦ったけどさ。あきらが言ったんだ」
そう言うと冬弥は木下君を見た。木下君は少し照れるような顔をして頬をかきながら言った。
「ちょうど周波数の話してたじゃない?紗羅ちゃんと神野君が倒れると同時に階段にみっちりいた霊も姿を消したからさ。きっと紗羅ちゃん達が倒れたのと関係があるはずって思ったんだ」
なるほど。僕たちと同時にあの大量の霊も姿を消したのか。
「そうか……つながったんだあの瞬間」
なんとなくそう思った。逢介と紗羅がさっき見たことを冬弥たちに話すと、冬弥たちも同じ考えにたどり着いた。
「あの姿見……場所が良くないんだね。暗闇の中、月の明かりが真っ直ぐ差し込んでくる。姿見に集中するんだ」
紗羅が階段の踊り場を見上げて言った。もう例の姿見はそこにある。
僕たちはゆっくりと階段を上がって行った。そして姿見をそっとのぞき込む。
「みるな」
姿は見えない。ぞくっとするような声が鏡から聞こえた。
「やっぱりそうだ。見るなという正体の分からない霊しかここにはいない」
僕がそう言うと、冬弥がかぶせるように言う。
「じゃあお前たちが見た幻覚はどうなるんだよ。鏡にその女子生徒が吸い込まれたんだろ?七不思議自体の内容も違うし……」
冬弥がそう言って腕を組んで考え込む。
「そう言われてもなぁ。僕にはあの目しか……」
そう言う僕を紗羅が止める。
「紗羅?」
「おーちゃん、ちょっと私に任せて」
そう言うと紗羅は姿見の真正面に立った。




