2-13 副島 敦美
紗羅の背中に守られて、周りを見る。
「古い……」
僕たちが生きている時代よりも前だと思える。教室に置いてあるテレビは箱型で大きい。
生徒達の様子……制服だけではなく教室の中、見える範囲でも筆箱や鉛筆などの小物も見慣れた物は一つもない。
そして、目の前を行き交う生徒達が誰一人僕と紗羅に目を止めないこと。それは……おそらく僕たちは本来ここに存在していないことを表している。
僕は紗羅の肩を叩いて立ち上がった。そして教室に近寄る。
やはり誰も見ないし気にしない。
その時、慌てて教室の中から人影が飛び出してきた。
「……っ!」
元気な男子が二人、教室を飛び出して行った。僕たちをすり抜けて……
「通り抜けた……」
ポカンとして、走って行った男子を見送る紗羅。自分の体をすり抜けていく時はゾクっとしたが、特に異常はない。
「ねぇ、死んだ人が登校しているみたいよ」
そんな声が耳をついた。刃を伴った言葉……聞いた人が傷つくのをわかってあえて聞こえるように言っている。目に見える傷を残さない暴力。
紗羅が険しい目で見ている先には二人組の女子生徒が、反対側の窓際を見て、声高に言っている。
「ほんと、こわーい。キャハハ」
頭の軽そうな笑い方をするその女子生徒と視線を追うと、窓際にある傷と落書きだらけの机にたどり着いた。
そこには一人の女子生徒が俯いて座っていて、机の上には花瓶が置いてあり花が一輪だけさしてある。
明確なイジメ。しかもそれを咎める者も止めようとする者もいない。
怖くて言い出せない?関わり合うのが嫌で見ないふりをしている?
「違う。周りの奴らとニヤニヤしてる」
ギュッと紗羅が拳を握りしめる。いじめられているのを知っていて、目を逸らすどころか黙って俯く少女を見て笑っている。
それは傍観ではなく、もはや加担だった。
「あの子はクラス全員からイジメられてる」
悲しい目で俯く少女を見ながら紗羅がそう言った。
しゅっ!
無言で落書きだらけの机に近づいた紗羅が、花瓶を蹴り飛ばそうとした。
「すり抜ける。私たちには何もできない……」
花瓶は机の上に立っている。少し押せば倒れそうな細い花瓶なのに……
そうしているうちに、担任が教室に入ってきた。僕はいじめている奴らが慌て出すか、知らん顔をするのを想像した。
「……席につけ。出席を取るぞー」
入ってきた教師は確かに窓際の方を見た。しかし何も触れずに、出席簿を読み上げる。
順番に名前を呼ばれ生徒が返事をする。机は全部埋まっている。にも関わらず、いじめられている少女の名前を呼ばれることも少女が返事をすることもなかった。
「……副島は今日も欠席か。では授業を始める!えー教科書の……」
「さいてー……」
紗羅が教師を睨みつける。教師にも僕たちの存在は見えていないようで、淡々と授業を進めている。
僕たちは教室の後ろに移動をして話し合っていた。
「僕たちは何を見せられてるのかな?」
僕が言うと紗羅は苦々しく周りの人たちを見る。誰も僕たちに興味を示すことはない。僕たちがこの世界に何か影響を及ぼすこともできない。
これは夢が幻覚か……
あの時……たくさんの学生の霊がいて、窓から月の光が差し込んで……気づいたらここにいた。
「学生達の霊か、月の光のせいか」
思わず呟いた僕を紗羅がじっと見る。
「どうしたの?」
「んー、なんか……違和感?なんだろ……」
紗羅もよくわからないようで首を傾げている。そうしている間にも、陰湿ないじめは続いていた。
授業中消しゴムを投げるくらいならかわいいもので、ひどい時には彫刻刀を投げていた。
「あの子……多分先生が副島って言った子だよね」
「みて、おーちゃん……」
紗羅が指差す方を見ると、そこは教室の後ろにある棚。生徒達の荷物入れがある。
「……。」
副島 敦美と書いてある棚には、たくさんのゴミが詰め込まれて溢れていた。
「ここまでされてるのに、先生も何もしないなんて……」
思わずそう言った僕に、紗羅はあごに指を当てながら呟いた。
「もしかしたら、この子が見せてるのかも……」
「え?」
聞き返した僕に紗羅は説明してくれた。
「師匠から習ったんだけど、こういうのは強い思いがある霊だけしかできないって。強すぎる思いは現世にしがみつくばかりじゃなくて、その場を変質させて相性がいい人間に自分の世界を幻覚でみせてくる。その思いの内容は色々あるけど……」
「すると今見てるのは、あの副島さんがいじめをされたことを強く恨んだりしてるから、その場面を見せられているってこと?」
そう言った僕に紗羅は「わからない」と言った。
「人の思いは千差万別。考え方も違えば、おんなじ状況でも受け取り方も変わる。この幻覚が副島さんが見せているのなら、彼女が伝えたいことがわかれば現実に戻れるかも……」
紗羅はそう言うけど、これだけひどいいじめを受けている副島さんが思うことは、やっぱりつらかったとか、いじめた相手への恨みとかしかないんじゃないだろうか?
僕は今も紙屑を投げつけられている副島さんを見つめた。
すると、僕たちに見られていることに気づいたのか、それまで微動だにしなかった副島さんが動いた。
ゆっくりと振り返ろうとしている。俯いているからか、長い髪の毛が顔を覆い、表情はわからない。
僕が見ているうちに、副島さんの前髪がハラリと動き、目が露わになる。
少し大きい黒目が、ぎょろっと目の中で動いて教室の後ろを見て止まる。
髪の毛の隙間から見える目が僕たちを捉えようとした。
「おーちゃん、来て!」
「うわっ!」
突然僕の手を引いた紗羅は、走って教室を出た。そして、驚いている僕と一緒に教室の後ろのドアから出ると、壁に背をつけて止まった。
「いきなりどうしたの?」
紗羅はそれに答えず、出入り口のドアに背中をつけたまま、教室の中を窺っている。
そんな僕たちなど気にもせずに、廊下はたくさんの生徒が行き来している。
「あれ?今は授業中じゃ……」
教室の中は授業中だったはずだ。でも廊下に出るとたくさんの生徒がおしゃべりしながら歩いている。
「おーちゃん……これは少し厄介かもしれない……」
周りを見渡している僕に、眉を下げた紗羅がそう言った。
紗羅が言うには、僕たちが見ている世界は旧校舎にいる強力な霊が自分の世界を構築しているかららしい。
先日行った山野旅館でも、真美さんが自分が亡くなった当時の山野旅館を再現して見せていたかは、中にいる僕たちは時間の概念さえ狂わされていた。
「今ここにいる人たちの中で、強い思いを残せるのはやっぱり副島さんくらいしかいないと思う。生きている私達がこの世界を構築している副島さんに知覚されてしまうとどうなるかわからない」
教室を覗くと、いつのまにか夕方になっていて、副島さんは一人さっきと同じ格好で机に座っていた。
「なるほど……時間も操作できるってことね」
「これは夢みたいなものだから……。夢を見ていたら場面がポンポンと変わることあるでしょ?あれと同じで、多分副島さんが意識して場面を変えてるわけじゃなくて、強く記憶に残っている部分を再生しているだけ」
紗羅がそう言った途端、それまで教室だったところが廊下に変わる。
周りは薄暗いので、遅い時間だと思う。そんな夜の校舎を副島さんはトボトボと歩いている。
「おーちゃん、ついて行こう。あの人にバレないように」
そう言って紗羅は一定の間隔をあけて、副島さんのあとをつけ出した。




