2-10 恐怖?の肝試し
その後出来上がったカレーをみんなで頂く。わいわいと盛り上がる同じ班のクラスメイト達を眺めながら、僕も普段とは違う味わいのカレーに舌鼓を打った。
……時折目が合った紺野さんが悲しそうな目をして、何か言いたげな顔をしていたことがやけに印象に残った。
そして食事が済むと憂鬱な時間が待っている。肝試し会だ。すでに先生たちの半分以上の姿が見えない。冬弥も言っていたけど、何をそんなに張り切っているんだろうか……。
思わずため息をついていると、一班の人たちがスタートし、次に行く二班がスタンバイをというところでざわつきだした。
肝試しは男女ペアでスタートする。そして決められた順路を通って出口を抜ければ次の組がスタートをするという流れだ。ただ、二班はクラスで唯一奇数の班だった。男子四名女子五名。順当に組んで行けば女子が一人余る。
まさか女子を一人で行かせるわけにはいかないだろうと僕は思っていたが、五人の女子のうち三名は早い者勝ちとばかりに僕以外の三人とペアを組んでしまった。
肝試しの説明をした先生は、もし人数が余ったら先生に申し出るように言っていた。
「もし余ったら先生と一緒に肝試しだ。心強いな!」
そんな先生の説明に盛大なブーイングが巻き起こったことは言うまでもない。
残った女子は、当然というか大人しいタイプの子で紺野さんもいる。どっちも僕と組むと言い出せずに顔を見合わせていた。
――僕と組むのが嫌というわけじゃないよね?密かに不安に思いながら二人の所に行くと、少しだけ親しくなった紺野さんが話しかけてきた。
「どうしよう神野くん。私たち先生と組むくらいなら行かなくていいよ」
ちらちらと我がクラスの担任を見て言った。因みに担任の大西先生はすぐに女子生徒の体に触れてくるために、生徒たちの間ではセクハラ先生と呼ばれている。実際は触れるといっても肩とか頭とかなのだが、そんな先生と暗い通路を歩くのは、お化けの方にしがみつきたくなるのかもしれない。
「わざわざ先生が一緒に行くって事は二人一組が原則なんだよね多分」
僕は少し考える。女の子二人を組ませて僕が先生と……とも考えたけど、僕もちょっと遠慮したい。すでにペアが決まった人たちは出発する入り口の方に並んじゃってるし……。
と、そこで閃いた。よくよく考えたら僕は行きたいわけじゃない。どうするかと考える必要もなかったんだ。
「ねえ、二人で行ってきなよ。そしたら問題ないでしょ?」
僕が言うと紺野さんともう一人の児島さんは顔を見合わせる。
「でも……」
「ほら、前の組スタートした。この次だよ、急がないと」
そう言って僕は二人の背中を押してスタートの所に並ばせた。
「僕怖がりでさ、行きたくなかったからちょうどいいよ」
そう言って離れようとした時にスタートを担当している先生のスマホに合図が入った。
「ようし、次の組~。スムーズにやらないと自由時間短くなるぞ」
二人はそれを聞いて頷きあった。僕はそれを見て「いってらっしゃい」と言い残してその場を離れた。いや、離れようとした。
「あ?あれ、ちょ……」
がっしりと両腕を掴まれ、後ろ向きに引っ張られる。スタート係の先生がよそ見をしている間に僕は旧校舎の中に引きずり込まれていた。
「ちょ、ちょっと。僕はいいって」
「ダメだよ!こういうイベントはちゃんと参加しないと。思い出なんだから」
そう言ったのは児島さんか。
「そうだよ。神野くんは特に積極的に参加した方がいいと思う」
この声は紺野さん。やっぱり僕が一歩離れていると気にしてるんだろうか。それよりも……。
「ね、分かったら一旦離して?僕後ろ向きだと、別の意味で怖いから!」
それを聞いて一旦立ち止まった二人は、二人してクスクスと笑った後もうしばらくそのまま引っぱって行った。……薄暗く視界がほとんどない暗い廊下を後ろ向きに歩くのは結構怖かった。
「うう……暗いし、旧校舎って不気味ねぇ……」
「もうやだ……」
薄暗い廊下を紺野さんと児島さんは腕を組んで寄り添い合って歩いている。その少し後ろを僕は歩いていた。
――怖い。怖いけど……
確かに雰囲気は不気味だ。でも生徒の安全のためか、一定間隔に置かれている明かりのおかげで、まったく見えないわけじゃない。むしろ目が慣れてきたらぼんやりと全体が見えるくらいだ。
ヒヒヒヒヒ
「きゃあっ!」
どこからか気味の悪い声が聞こえる。それも明らかにスピーカーを通したような機械的な音声だったが、紺野さん達は悲鳴を上げて抱き合っている。
ガタン!
「ひっ!」
今度は外側から大きな音がする。そっち側を歩いていた児島さんが悲鳴を上げて紺野さんに抱き着いている。
すると二人がぴたりと歩みを止めた。
「どうしたの?」
僕が声をかけると、二人は同時に振り返った。
「神野くんのうそつき。怖がりなんて言ってまったくびびってもないじゃない」
少し責めるような児島さんの口調。
「ね、神野くん。私たち怖くって……」
どこか縋るような紺野さんの声……。
「え?……ええ?」
◆◆◆◆
「よかった少し安心する」
「ね、だから男女ペアだったのかもね」
二人はそう言って仲良さげに話す。……僕を挟んで……。二人は僕の腕をしっかりと抱くようにしている。おかげで僕は変に力が入ってしまっている。
ひゅうううぅぅ……
「きゃあっ!」
少しだけ開いた教室の窓から、音付きで冷たい風が流れてくる。紺野さんが悲鳴をあげて抱き着く力が強くなる。
ばたん!
「いやあぁっ!」
廊下の柱に隠れていた某殺人鬼のマスクをかぶった先生が、いきなり姿を見せてわざと足音を大きく踏み鳴らした。児島さんがより強く抱き着いてくる。
僕は思った。これはむしろ罰ゲームなのでは。さっきから僕はとても気を使っている。怖がる二人が転んだり変なところにぶつかったりしないか。そして僕が二人の変なところを触ってしまわないように……。
――すっごく疲れる。
おかげで頑張って怖がらせようとする先生たちの方に集中する余裕がないのだ。それに……。
「神野くん、ほんと動じないね、意外」
と児島さんは感心している。
「うん、すごく安心する。私泣いてたかも」
と、紺野さんはすがりついてくる。
「いや、なんていうか……。怖がりなんだよ?本当に。ただ最近もっと怖いところに行ってきたから感覚がマヒしてるのかも……」
明らかに再生された音声は、笑う男の不気味な笑い声には遠く及ばないし、僕たちを追い詰めるように近づいてくる足音は、ただ脅かそうとする音より数倍怖かった。時間が経って暗闇の中歩いたときは、本当にすぐそこも見えないくらいだったし、一番の違いは……あそこには本物の霊がいた。
そして目を逸らさないでしっかりと認識したからか、今の僕は霊か生きている人か漠然とだけど間違いなくわかる。
「ええ……怖がりの癖にそんなとこ行ってきたの?」
「怖そう……。私絶対行きたくない」
――うん。止めといたほうがいいと思う。一番怖いのは、安全が約束されていないことだから。もっとも、もう山野旅館に真美さんの霊も不良たちの霊も出ないけど……。
その後も先生たちはいろんな手を使って驚かせようとしてきたけど、児島さんと紺野さんにも僕の余裕がうつったのか、最後の方は笑いながら先生のアイデアに点数をつけていた。
……赤点を貰った山田先生、ドンマイ。
「あ、出口って書いてある。」
嬉しそうに紺野さんが言った。
「ほんとだ。終わってみれば意外と楽しかったね。それじゃ、ありがと神野くん。頼もしかったよ」
そう言うと児島さんは腕を離して出口に向かう。
「私も……神野くんと一緒に行けてよかった。すっごく安心できた。……少しは仲良くなれた、かな?じゃあね」
紺野さんも腕を離すとそう言って、小さく手を振ると児島さんと一緒に出口を抜けて行った。
「仲良く、かぁ」
僕は思わず、そうつぶやきながら一人で出口に向かう僕の背中に、チリっと痛みが走った。……これは霊がいる時に感じるもの。
――やっぱり何かはあるか……
僕は思わず後ろを振り返った。旧校舎東側階段。目の前の階段だ。そこの二階と三階の間の踊り場にあるという姿見。それが今僕たちに降りかかっている事へどんな関係があるのか……
肝試しのルートではないので、階段から先は闇に包まれている。
全く先の見通せない暗闇をしばらく見つめて僕は出口から出た。この後調べればわかる。無意識のうちに僕は真っ黒になった人差し指をさすっていた。




