2-9 宿泊研修
そしてとうとうその日がやってくる。宿泊研修当日、浮き足だっている同級生達の中、民族風土クラブの四人は真剣な顔をして頷き合った。
……そして、少し離れたところでは昏い憎しみの視線を逢介に向ける斎藤君と、その周りでは取り巻きの女子達が紗羅にキツイ目を向けていた。
「宿泊研修は、まず先生の話があって……寝る所になる体育館と、肝試しで使う旧校舎の清掃、それからみんなでカレーを作って、お楽しみ会の後就寝か」
冬弥が研修のしおりを見ながら言う。
「旧校舎の清掃の時は班別行動だし、そこで調べるのは無理だな。食事の後のお楽しみ会でおやつを配って肝試しと自由時間か……。肝試しが早く終われば、その分調査の時間が増えるけど…… 」
「肝試しは出席番号順だから、みんな早い順番だね」
木下君がそう言った。
深く気にしたことなかったけど、みんな「か」行だ。
「じゃあ肝試しが終わったら、そのまま合流しよう。ルートは……秘密なのか。先生達張り切ってるなぁ」
少し呆れた顔で冬弥が言うように、研修のしおりにも事前の話にも肝試しの内容やルートなどの説明はなかった。
企画や準備は先生達がやってるらしいから、脅かすために色々やってるんだろうな……
「とにかく肝試しルートの出口で待ち合わせにするか」
そこまで決めたところで、冬弥のクラスメイトが冬弥を呼びにきた。
ここからは同じクラス内で振り分けられた班別に行動しないといけない。
「ボクと紗羅ちゃんは同じ班だから……」
そう言って木下君は、紗羅の手を引いて三組が集まっている所に戻って行った。
「あれ、紗羅が普通に手を繋いでる……」
紗羅は、逢介以外の男子にはあまり近寄らないし、触れようともしない。なんか恥ずかしいし興味もない。以前紗羅はそう言っていたけど、木下君とは平気なのかな?
僕は手を繋いで行く二人を見て、なんとなく心がモヤモヤしていることに気づいた。
紗羅がクラスメイトと早く仲良くなれることは嬉しいはずなのに、不思議な感覚で僕は木下君と紗羅の背中をしばらく見つめていた。
その後、僕も二組の自分の班のところに戻った。
僕は二組の二班だ。僕のほかには男子が三名に女子が五名。二班が集まっている所に行くと、何人かは僕をちらっと見ただけで何も言わない。残りは見ることもしなかった。別に無視されているとかじゃない。ただ……いてもいなくても構わないって、感じかな……。
二班の一番後ろに並んで、先生の諸注意事項の話を聞く。それが終わると先頭の男子が振り返って、初めて僕に気付いたような顔をしていた。
「あー、みんな揃ったよね。掃除は一班と三班と一緒に体育館だから。行こうか」
あまりやる気もなさそうに、二班のリーダーになった柿沼君がそう言うと、ゾロゾロと体育館に向かって移動を始めた。僕は一番後ろを黙って歩いていた。
――まただ。
刺すような視線。
あの日、斎藤君が眼帯をして学校に来たと聞いた日から、僕は頻繁に視線を感じるようになっていた。まるでその視線が刃物になって突き刺さるような、そんなイメージさえ浮かんでくるような視線。
何気ないふりをして周りを見る。どこにも不審な動きをする人はいないし、睨んでくるような人もいない。かといって、紗羅の部屋で遭遇したような「目」みたいな霊的な視線ではない。
――これは「人」だな。多分、見つかりにくいところから見ているんだろうな。
あまりいい気はしない。ただ、逆に少し安心する。
――これが「人」からの視線なら、少なくとも僕に向いている間は紗羅には向けられないだろうから。
視線は体育館の掃除を終えるくらいまで頻繁に感じていた。
掃除が終わると班別に材料が渡されて、昼ご飯を作る。メニューは定番のカレー。調理になると今度は女子が仕切りだす。女子の間でも料理の得意不得意はあるらしく、人を振り分けて作業を指示しているのは、紺野さんと言う女子だった。
紺野さんもどちらかというとおとなしいグループの女子だけど、料理が得意なのか男子はもちろん女子たちも紺野さんを頼りにしている。
「ええっと……神野くんは、私と一緒に材料を切る係で。いいかな?」
「ああ、うん。了解、悪いけど教えてね」
僕がそう言うと紺野さんはにっこりと笑って頷いてくれた。それぞれが今野さんの指示通りに分かれて作業を始める。僕と紺野さんは、野菜と肉を持って解放された家庭科室に向かった。
「うん、そう。玉ねぎとにんじんは小さめに切ろうか?ごろッとした触感が好きな人もいるけど、やっぱりお野菜が苦手ない人も多いし。玉ねぎは小さく切って無くなっちゃうくらい炒めたら味に深みがでておいしくなるよ」
そう言って紺野さんは慣れない手つきで包丁を持つ僕に丁寧に教えてくれた。
「じゃあ、これが見本の大きさね。大体同じくらいに切ってくれればいいから」
紺野さんに教えてもらった通りに、不格好ながらも切ってボウルに入れておくと煮込む係の女子が取りに来る。
そして紺野さんに二言三言アドバイスをもらうと材料を持って行った。僕の他の男子は火を起こす係と飯盒炊さんをする係に分かれている。僕が材料を運んで何度か往復する間、火をつけるのに苦労していたけど、ちゃんと火を起こせたんだろうか。そんな事を考えていると紺野さんがすぐ隣に立っていて、僕に話しかけてきた。
「あの……神野くん。四組の倉田君と仲いいよね。なんかいつも一緒にいるし」
話しかけながらでも見事な手つきで材料を切りながら紺野さんがそう言った。
「あ、うん。冬弥と、って言うより冬弥としか話してないけどね」
あはは、と笑いながら自虐ネタを言ったが、紺野さんは困ったような笑顔を浮かべていた。
「最近は三組の転校生の蒲生さんとか木下君だっけ?とかも話しているから……ちょっと良かったなって思ってたの」
紺野さんの言ったことに、僕はどう反応したらいいのか、わからなくなっていた。教室は男子の列と女子の列が交互に、出席番号順に並んでるから……紺野さんは、僕の斜め後ろか。きっと見るつもりがなくても目に入るんだろう。でも、僕が冬弥だけじゃなくて紗羅や木下君とも話すようになったことが、どうして紺野さんが良かったって思うんだろう。
それが分からずに僕はきょとんとしていたと思う。
紺野さんは少し慌てて言った。
「あ!ごめんね?私がそんな事を気にするような間柄じゃないんだけど……。神野くんあまり人と親しくならないように自分で線を引いてるように見えたから……」
紺野さんの言葉に、心臓がドクンと跳ねた。
――え?なんだこれ。なんで僕は動揺して……僕が一線を引いている?違う、僕は人見知りだからうまく話しかけれないだけだ。それと……どうして僕はクラスのみんなからあまり話しかけられないんだろうか。紺野さんに言われて初めて違和感に気付いた。
いくら僕の方からあまり話しかけることが少ないといっても、他の人が話しかけてこない理由がわからない。話しかけにくいのはあるだろうけど、一緒のクラスに居れば話す機会はあるはずだ。
なにもなければ
深く考えていると、頭の奥の方で鈍い痛みが走った。
(逢介!あ……まり考え……ちゃ……だめ……)
お姉ちゃん?今日は静かだと思っていたら。何言ってるのかよくわかんないよ。
いつも鮮明に聞こえるお姉ちゃんの声が途切れ途切れに聞こえる。まるで電波の悪いラジオみたいだ。結局、それっきりお姉ちゃんは話しかけてこなかった。
いったいどうしたのかとお姉ちゃんのことを考えているうちに頭の奥の痛みも、何を考えていたのかも僕の頭から消えていた。そんな僕を見る視線が二つあった。心配そうに見ている紺野さんと……学校に面した森の枝葉の奥から逢介を見つめる……「目」が。




