2-7 招かれた不審者
「お、お邪魔します……」
僕は緊張しながら、女の子の部屋に窓から入った。
(状況だけで言うと、逢介めっちゃ不審者ね)
「言わないでよ!僕もそう思ってるんだから」
そう言うと紗羅とお姉ちゃんがクスクスと笑う。紗羅は結局僕のタオルを首に巻いたまま自分の部屋に戻った。しばらくはお姉ちゃんがついていてくれることになっている。
「いらっしゃい、おーちゃん」
その不審者に対して、紗羅はとてもニコニコして迎え入れてくれた。パッと座布団を出してペットボトルのお茶まで置いてある。
「あ、ありがと。紗羅、気を使わないで。すぐに帰るから」
そう言って僕は紗羅の部屋をぐるっと見回す。
六畳くらいの部屋は、全体的に淡い色使いでまとめられていて、いかにも女の子の部屋という雰囲気を出している。
(逢介ったら、女の子の部屋をジロジロ見ちゃって……。やっぱり不審者ね!紗羅ちゃん訴える?)
「もう、仕方ないだろ!何かいないか見に来たんだから……見ないと話にならないじゃん!」
頬を赤くしながらそう言う僕を、姿は見えないけど絶対にニヤニヤして見てるお姉ちゃんに文句を言う。
(はいはい、ごめんってば。……ね、逢介)
それまで砕けた雰囲気だったお姉ちゃんの口調が変わる。そして僕も同時に見つけていた。
文庫本などが並ぶ棚。その一番下の段に写真立てに入った写真が飾られてある。
それは、紗羅が転校してきてから、クラス一同で撮った写真だった。
「あ、それは今のクラスのみんなが、簡単な歓迎会をしてくれた。お弁当の日に全員で中庭に出て、みんなと話したりした」
写真の前列の中央に写る紗羅は、まだ慣れていないためか、控えめに微笑んでいる。
一見、クラスの仲が良いことがわかる良い写真だ。でも僕は……いや、きっとお姉ちゃんもこの写真から気持ち悪い空気が出ているのに気付いている。
(念……っていうのかしら。でもおかしい。これから感じるのは暖かい気持ちじゃなくて、どっちかというと……悪意)
お姉ちゃんが言う事に僕も頷く。これは好きな人のことを知りたいとか、そんな気持ちじゃない。
「そう言えば……この写真を渡してくれたのも斎藤くんだった。先生でもクラス委員の人でもなくて……」
そう言う紗羅の声は震えている。僕は思わずその写真の中央に写る斎藤くんを見た。
「……っ!?」
ちょうどその時だった。写真の、斎藤くんが写っている部分がゆっくりと裂けていく。
思わず目をこすると、写真に変化はない。でも霊を見ようと集中すると見える。そして、ゆっくりと上下に裂けたところに……
ぎょろりとした眼球が見えた。
「うっ!」
僕は思わず後退りしていた。その眼球は、上下に裂けた部分を瞼として、紗羅の部屋をぐるっと舐めるように見た。
紗羅には見えていないのか、きょとんとした表情で慌てる僕を見ている。
(なんて禍々しい……。逢介、変よ。冬弥くんが調べてくれた七不思議では、片思いをしている人が姿見を見るのよね?)
僕はいつのまにかカラカラになっていた喉を出てきた唾をゴクリと飲み込んだ。
「うん、確かそうだった」
(これはそんなかわいらしいものじゃないわ)
お姉ちゃんの声が……震えている。
何度も僕たちを支えて導いてくれたお姉ちゃんが、怯えるくらいのもの……
写真から出てきた「目」は、しばらくキョロキョロと部屋を眺めた後、何も見えなくてキョトンとしている紗羅の姿を見つけると、ぐにゃりとゆがんだ。
――笑ってる。
咄嗟にそう感じて、僕は衝動的に動いていた。とてもいやらしい顔で笑う顔を想像しながら、僕は「目」に向かって、人差し指を突き刺した。
ぎゃあああああぁぁっ!!
その瞬間、ものすごい叫び声があがった。まるで耳どころか頭まで破裂させそうな声に、反射的に耳を塞いだ。
だけど目だけは逸らさなかった。歪んだ目を見た時、咄嗟に頭に浮かんだのは……そんな目で紗羅を見るな、という感情だった。
「目」は、僕の指が届く瞬間、僕の方を見た。目があった。
……僕にははっきり見た。目があった瞬間、僕の顔を見て怒りに歪むのを……
そして僕の指が確かに実体のある物に刺さった感覚があり、「目」は瞼をギュッと閉じて……空間に溶けるように消えた。
(お、逢介?あんた……、意外と大胆ね。まだ何かもよくわからない目ん玉を突っつくなんて)
驚いているお姉ちゃんの言葉で僕は我に返る。
「……ああ、うん。つい夢中で……でも、紗羅があんな目で見られてるって思ったら……」
(うんうん。まぁ気持ちはわかるよ)
そういうお姉ちゃんの声を聞きながらそっと紗羅を見る。
紗羅は口を開けて驚いた顔のまま固まっていた。そして……
「おーちゃんすごい!」
そう言って僕の腕に飛びついてきた。
「おーちゃんも霊をさわれたね?すごい声だった、やっつけたのかな?かっこよかった!」
いきなり目を突っつく奴とか、引かれたんじゃないかと心配したけど、いらぬ心配だったようだ。
やはり、怖かったのか紗羅は本当に嬉しそうに僕の腕に掴まったままぴょんぴょんと跳ねている。
「うん、もう視線は感じない。よかった……」
そう言って紗羅は僕の腕にペタッと額をつけると、本当に安心したように、へにゃっと微笑んだ。
その様子に僕はちょっとだけびっくりしている。
(当たり前じゃない。紗羅ちゃんは年頃の女の子なのよ?部屋を覗き見されるなんて、怖いし気持ち悪いし、最悪じゃない。うん、写真立てにも違和感はなくなったし……。今回は私も褒めてあげる!)
お姉ちゃんがそういうと、なんとなく僕の頭にふわっと何かがかぶせられるような感覚があった。
……お姉ちゃんが撫ででくれているのかな?
そう感じて嬉しく思っていると、僕の腕に掴まっていた紗羅がガバッと僕の手を掴んだ。
「おーちゃん……これ。」
そう言って、紗羅が僕の手を持ち上げる。そこには、根元まで真っ黒になった僕の人差し指があった。
「え……?」
◆◆ ◆◆
「そっかー。でも逢介ナイスだぜ!女の子の部屋を覗き見するような奴なんか、指突っ込んでもっとグリグリしてやればよかったんだよ」
「ひぃ!」
「……なんで逢介が怖がってんだよ」
あれからしばらく様子を見ていたけど、おかしなことは何も起きずに、一旦は撃退したんだと結論づけた。
メッセージで冬弥にも経緯を伝えると、すぐに電話がかかってきた。
「その、七不思議になった踊り場の姿見だけど、過去に事件があったっぽいんだ。今、高橋にお願いして過去の記事とかを調べてもらってる。何かわかったら伝えるよ。あーあ!安心したら眠くなってきたよ。俺はもう寝るけど、お前達もちゃんと休めよ?……逢介。いくら蒲生の部屋にいるからって興奮するなよ?」
「なっ!バッ……」
最後に余計なことを言った冬弥に、バカなこと言うなと言おうとして、変な言葉を発したのを聞いて冬弥は笑いながら電話を切った。
「もう!ひと言多いんだよ、まったく!」
通話の切れたスマホに向かってそう言っていると、紗羅がそれを見て面白そうに笑っている。
それを見て、僕もつられて笑顔になった。
「ま、まぁとりあえずよかったよ。でも一応お姉ちゃんは紗羅と一緒にいてもらうとして……」
「おおい、紗羅?何を騒いでるだ。こんな時間に」
ビクッ!と自分のものではないくらい肩が跳ねる。
部屋の外から紗羅のお父さんの声がした。そして階段を登って足音が近づいてくる。
「わっわっ!どうしよう紗羅。こんなとこ見られたら……」
「おーちゃん、こっち!」
それからすぐにやってきた紗羅のお父さんがノックをしてドアを開けた。
「紗羅?何してたんだい、こんな時間に。誰かと話してたようにも聞こえたけど……」
そう言って部屋を見渡す。そこにはベッドに腰掛けて布団に足を入れた状態の紗羅しかいない。
「ごめんなさい。寝ようとしたら机の上の物を色々落としちゃって……その、寝る前に電話で、お友達とちょっとだけお話してたから」
「ああ、なるほど。でもしずかにするんだよ?ご近所に迷惑だからね」
そう言うと、紗羅のお父さんは「おやすみ」と言い残して、部屋を出て行った。そして、遠ざかる足音が階段を降りる音に耳を傾けて……下の階で扉の開閉音がしたのを聞いて、僕は頭を出した。
お父さんが部屋に入る直前、紗羅に引っ張られるようにベッドと壁の隙間に入れられた後、すっぽりと布団をかぶってやり過ごしたのだ。
(あぶなかったねー。セーフセーフ)
軽い口調で言うお姉ちゃんとは違い、僕は目を回しそうになっている。
「おーちゃん?」
意図せずとはいえ、紗羅のベッドに潜り込むような感じになり、すぐそこに紗羅の身体があるし、いい匂いはするしで僕の頭はショートしかけている。
多分真っ赤になっている僕の顔を見て、紗羅はクスッと笑った後言った。
「おーちゃんもここで寝る?」
寝ないから!




