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2-6 七不思議

 紗羅は安らかな顔で眠っている。ただ……僕は困っていた。

 今親が部屋に来ても困るし、僕も眠れない。


「どうしよう……」


 そう思ったが、あの状態の紗羅に比べたら、今の僕なんか困ったうちにも入らない。

 そう思うことにした。


 (さすが逢介!)


 お姉ちゃんが褒めてくれたからいいか。僕は紗羅にそっとタオルケットをかけるとベッドを背もたれにして休憩した。

 時計は十一時になろうとしている。


 やっぱり一度紗羅の部屋に行ってみた方がいいと思う。何かわかれば儲けものだし、どうやって斎藤君が紗羅を見ているのか、それさえわかれば……


 そう考えていると、僕のスマホが鳴った。電話ではなくメッセージの着信だ。


 そっと紗羅を振り返って、起きていないのを確認するとスマホを取った。

 メッセージは冬弥からで、びっくりするようなことが書いてあった。


「逢介、今わかってる分だけ送る。実は俺も驚いたんだけど、話がタイムリーすぎて……。今俺は今度の宿泊研修の時の七不思議調査について色々調べてる。その中に旧校舎の二階と三階の階段にあるって言われてる姿見について話す」


 メッセージはそこで一旦途切れ、読んでいるうちに次を受信していた。


「二階と三階を繋ぐ階段の踊り場に姿見があるらしいんだけど、七不思議の一つに片思いしている人が、深夜0時ちょうどにその姿見を見ると、天使が悪魔か昔の生徒か幽霊かが現れて、片思いしている相手のことを教えてくれるってやつがある」


 次のメッセージはそこまでだったので、僕は気になった部分を聞いた。


「天使か悪魔か生徒か幽霊ってなんなのさ?」


「内容と噂の出処を調べるうちに、この姿見が関係してるんじゃないかって思えるんだ。ああ、出てくる奴は噂によって変わるんだよ。よくあることだ気にすんな」


「冬夜は斎藤君が夜中にその姿見を見に行ったって思うの?」


「ああ、なんでも自信がなくて踏み出せなかった人が、姿見を見た翌日に告白して、実は相手も好きだったとか。逆にずっと思い悩んでいたのに姿見を見てからスッパリと忘れた。なんて話もあった。でもほとんどの人が何も映らなかったってのが多いんだけどな。反射して窓が映るらしいんだけど、そこから見えた空がキレイだったとかな」


 僕は冬夜のメッセージを読むとスマホを置いた。ちょうど七不思議のことを調べている時に、そのうちの一つを使って問題が起きるなんてこと、あるのかな?。

 確かに紗羅の部屋をどうやって覗いたのかは全くわからない。


 それこそ、僕の部屋から屋根伝いに行って窓から覗けば別だろうけど……


「あ、僕なら覗けるじゃん。紗羅にカーテンをちゃんと閉めるように言っとかないと」


「……おーちゃん?」


 か細い声が聞こえて慌てて振り向いた。そこには眠たそうな顔で上半身だけを持ち上げた紗羅がいた。


「あっ、どう?体調とか悪くない?」


 そう聞くと、少しだけボーッとした様子の紗羅はへらっと笑って頷いた。


「うん……ありがと、おーちゃん」


 その顔を見て、なぜだかわからないけど、僕の心臓は激しく鼓動を打ち始めた。紗羅は深呼吸し始めた僕に首を傾げていたけど、自分のスマホを見て悲しい顔になった。


「……まだ来てるの?もう11時だよ」


「うん。なんか心配だからとか、声を聞きたいって……でも一番はきっと……」


「あっ!紗羅が部屋にいないからか」


 紗羅はコクリと頷いた。ここ最近斎藤からの個人メッセージは増えてはいたが、こんな時間まで送ってくるのは今日が初めてらしい。


「ますます紗羅の部屋が見られてることが確実になっちゃったか……」


 僕は苦いものが口に広がってくる気がして、思わず顔をしかめた。


「……ごめんね、おーちゃん。そろそろ帰るね?」


「え……帰るって、部屋に?」


 紗羅は悲しそうに頷く。


「そんな……だって、怖くないの?嫌じゃ……」


 紗羅はますます悲しそうに視線を落とす。


「うん、怖い……し、いや。でも私がここにいたらおーちゃんが怒られるかもしれないし……お父さんに見つかるのもまずいと思う」


「う……、それは確かに。うーん、でもなぁ……」


 紗羅の言うことはわかるし、紗羅が見つかると困るのも確かだ。でも、だからと言ってこんなに弱った紗羅をまた部屋に一人にするのは……。あ!


「お姉ちゃん!紗羅のところに行くことできないかな?紗羅を見守っててよ!」


 僕は空中に向かってそう言った。霊の姿が見えるはずの僕でも、お姉ちゃんの姿は見えない。

 どこにいるかもわからないけど、きっと聞いてると信じていた。


「おーちゃん……」


 紗羅は僕がしようとしていることをすぐに理解したのか、口元を押さえ涙を溜めている。

 そして……


(逢介……簡単に言うわね。まぁ、紗羅ちゃんの部屋くらいの距離だったらいけると思うけど……)


 いいアイデアだと思ったけど、お姉ちゃんの口ぶりは重い。


「お姉ちゃん?」


 (私も紗羅ちゃんのことは心配よ?逢介の言うように見守ることはできる。でも、それだけ。仮に何かを見つけても誰かが覗いているのを見たとしても何もできない。私には逢介達の世界に干渉することができないのよ)


 これまで、たくさん助言をくれて背中を押してくれたお姉ちゃん。そのお姉ちゃんが悲しそうにそう言った。


「そうなんだ……。でも何か見つけたら僕に教えてよ!それならいいでしょ?それに……紗羅だってお姉ちゃんが一緒にいる方が心細くないと思うんだ」


 僕がそう言うと、紗羅の瞳の堤防は決壊してしまった。


「わ、わ!紗羅……泣かないで」


 情けないけど、僕は女の子が泣いているのを見るのが苦手だ。目の前で泣かれると心がモヤモヤして、たまらなくなる。


 衣装ケースにあった新しいフェイスタオルを取り出すと、袋を破り紗羅に差し出した。


「ほ、ほら……涙を拭いて。もしかして気に触るようなこと言ってないよね?」


 そして、ものすごく不安になる。もしかして自分が何かしたから……気づかないうちに傷付くようなことを言ったかも……と、どうしても思ってしまう。


 紗羅は顔を伏せたまま首を振った。そしてタオルに手を伸ばして……


「あ、紗羅。そっちじゃなくて、こっちに……新しいのがあるから」


 紗羅は顔を伏せたままだったからか、僕が出したタオルじゃなく、間違えて僕が風呂上がりに使って首にかけていたタオルを掴んで引っ張る。


「こっちじゃなくて……ちょ、紗羅?」


 意外に強い力で引っ張ってくる紗羅に僕も抵抗して、なぜだかタオルで綱引きを始めてしまう。


(プッ……あなた達って、本当に見てて飽きないわよね)


「ちょっと、お姉ちゃんも笑ってないで、紗羅?」


「……こっちがいい。だめ?」


 それはずるいよ紗羅。さっきまで泣いていたからウルウルした目で、上目遣いに見てきて……だめなんて言えないじゃないか!


 (ふふっ!きっと逢介は、紗羅ちゃんにはずっと勝てないわね)


 愉快そうな雰囲気のお姉ちゃんそう言った。


「いいの!勝てなくて……。」


 諦めて渡したタオルを紗羅は首に巻いて、さっきまで泣いていたくせに、ニコニコしている。


 ――泣かれるよりマシか。


 僕はそう思って、きっとこうやって紗羅のお願いを断れないで、結局きいちゃうんだろうなぁと苦笑いを浮かべていた。


「困ったことに、それが嫌じゃないんだよねぇ……」


 紗羅にもお姉ちゃんにも聞こえないように、僕はそっと呟いた。

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