狂騒劇 3
登場人物紹介
カーク・ザンバル……レプゼント王国北部領主であり、南部と対を成すネイハムの政敵。都市ガゼルトを領地とするガゼルト公爵位を持つ。
ボルグ……エティゴの用心棒。鍛え抜かれた肉体の持ち主。ゴリマッチョ。
シンファさん達が待つ部屋へと戻る。
「どうだ。すぐに決めるのは難しいか」
「ハイン劇場に出させて頂けるのであれば我々としても願ったり叶ったりです。喜んでお引き受けさせて頂きたいお話しです」
ハイン劇場はとにかく高級という知識しかない。
富裕層や貴族御用達のイメージだ。
王宮主宰のパーティーなどが開かれる、庶民には縁の無い場所。
庶民は旅芸人の舞台などが行われる低級劇場や野外に行く。
ハイン劇場は王国お抱えの一座以外は、各国に名を轟かせる超一流の一座くらいしか出演を許されていなかったはずだ。
またとない光栄であること、シンファを守るのに助力が得られること、レーベントの助けになるなら、と受ける方向であることを伝えられた。
ただし未だレーベントに留まる団員に確認をとってから正式な受諾となる。
「それと、我々は一体何をすれば宜しいのでしょうか」
恐る恐る、男が訊ねる。
「特に難しいことをさせるつもりはない。お前達の得意な、芝居をして貰うだけだ」
笑みを浮かべるネイハム様に、顔を見合わせる3人。
俺は自分の報酬が気になって仕方ない。
「ゴードンさんの具合は?」
レーベントへ戻ってきた俺達一行は、ネイハム様が派遣してくれた一流の医者と共にすぐにゴードンさんの下へと向かった。
安静にしている、とだけ言われ、医者と街のトップ以外すぐに追い払われた。
無事だといいが。
シンファさん達はソル・オ・デンサに話を伝えるべく合流する。
俺は与えられた宿の一室に荷物を置き、どうするかとベッドに腰を下ろす。
街の住人は法廷がどうなったか一刻も早く知りたいだろうが、俺が何かすることも無い。
一座に関してもだ。
どちらも話が纏まるまで、時間が少し掛かるだろう。
ケビンとカイマンさんはもう帰っただろうか。
レーベントの件はこれで片が付いただろう。
問題は、ここからだ。
ネイハム様の描いた策略を纏めるとこうなる。
まず、エティゴに関してネイハム様は肩を持つかのような判決を下した。
権力側に味方する存在だと印象付けた。
ここからネイハム様はまるで恩を返せとばかりに、エティゴに擦り寄る。
直接ではなく、色々な手段でだ。
武断派のネイハム様は今まで商人にコネを作ることをしてこなかった、というよりする必要も無かったのだが、エティゴと関係を持とうとする素振りを見せる。
エティゴとて馬鹿ではない。
ここまでのし上がった海千山千の商人だ。
急なその動きは簡単に信用などされない。
しかしエティゴは乗ってくるだろう。
ネイハム様の政敵と繋がりを持つエティゴは、必ずこれを利用して手柄を立てようとするはずだ。
ネイハム様を追い落とそうとする三公の一人、北部ガゼルト公爵カーク・ザンバル。
そしてそれに連なる勢力。
エティゴは自分がこの一派であることを、こちらに掴まれていると知らない。
一派といっても資金を提供して便宜を図って貰うだけの末端にすぎないが。
ネイハム様にとっては不愉快な羽虫だ。
「お前は俺の使っている人間だとエティゴは知っているな。そしてあの男はお前も恨んでいるはずだ」
「まあ、蹴り飛ばしましたからね」
ハイン劇場にソル・オ・デンサを送り込むと同時に、俺もネイハム様からの使者としてエティゴの元へ謝罪に赴く。
酔った手の者が無礼を働いたと。
そこからは俺次第ではあるものの、最終的にシンファさんを餌に、手打ちを引き出すのが狙いだ。
「ガゼルト公のことは考えなくていい。そこまで大事にはならんだろう」
もしもあちらが強硬手段に打って出るようなら、俺も遠慮はせん。
かっこいい台詞だったが、その時はもう俺は手遅れのような気がする。
とにかく俺は、この役を見事演じ切らなければならない。
俺とて道化を演じるのだ、付き合って貰うぞ。
今回の件で負い目を感じている俺はその言葉に頷く他なかった。
しゃーない。
要はエロトークであのカエルをその気にさせればいいのだ。
問題は俺までその気になってしまいそうな気がする、その一点だけだな。
レーベントの住民に多大な感謝の言葉を貰い、俺と一座は王都へ向け出発する。
別ルートなのが残念でならない。
シンファさんやルシアさんと常に行動を共にする男共が憎い。
やっぱり俺は一人なのかよ、ちくしょう。
あ、ちなみに今回の報酬は二十万ジェルだ。
ネイハム様に飼って貰うのもやぶさかではない。
王都に着いた俺には猶予期間がある。
一座がハイン劇場で出演を始めるまでの数日、まずネイハム様側からエティゴへ接触がある。
そこのやり取りは詳しく知らない。
コモーノさんがゴーサインを持ってくるまでは、しばらく待機だ。
エミーでも誘ってみようかな。
今の懐具合なら、豪華なデートに誘える。
エティゴを上手く丸め込むための、人を口説き落とす練習でもするか。
王都へ帰還したエティゴはレーベントへの制裁を計画しているようだ。
まったく、小さい男だ。
あのくだらない男の醜態を思い出すと笑いが止まらない。
自分が地面を這いずる蟻だと気付いていない、哀れな存在だ。
組織への報告を終えたボルグは、用心棒の務めを果たすべくエティゴの屋敷へと向かう。
笑いが止まらないなどと言ったが、心から笑えないのは、ボルグの頭に残るあの出来事のせいだ。
いや、エティゴを無様だと嘲笑うことで、己の無様な姿から目を背けようとしている。
あの男。
思い出す度、全身に暴力的な衝動が走る。
この俺が、あんなクズに。
小石でも握っていれば、砕けたかもしれない。
ボルグの拳ははちきれそうな圧力を宿し、押さえ切れない力が震えとなって溢れている。
ルンカト公爵の家紋入りの指輪を付けた酔っ払いの男。
ターゼントの一般傭兵だと名乗っていたが。
クソッ!
体の芯から再び憎悪が湧き上がる。
ボルグがあそこまで見事に一撃KOされた経験などない。
組織ではその腕っぷしで名を売っている男だ。
不釣合いな指輪を付けた男の存在は本来であれば報告するところだ。
だが自分がやられたなど言えなかった。
エティゴなど、捕縛されようが命さえあればそれでいいのだ。
あの場は取り押さえられる判断をし、その男にやられる振りをして捕まりました、そう報告すれば済むことだ。
そんな強がりすら出来ない程、屈辱的だった。
本気ではなかったとはいえ、向こうは。
どう見ても泥酔していたのに、だ。
この任務が終われば必ず後悔させてやる。
必ず見つけ出して、あれがマグレだったことを思い知らせてやる。
エティゴはこの男がレプゼント王国の裏社会を牛耳る組織に所属しているなど知らない。
ラスターも、ネイハムも。
今はまだ、ボルグが何故エティゴの用心棒に送り込まれたかも、定かではない。
しかしながら、エティゴもネイハムも計算できない異質な男がこの件に関わってくることで、予定された脚本が変更を余儀なくされることは間違いない。
医者
大陸の医術は教会勢力の流れを汲む。かつて女神戦争時代、医療従事者が教会主導で組織化された事に由来している。その為医者の輩出は教会出身者がほとんどだが、その精神性から利益に固執しない平等な医療を行っており、王国も不可侵の聖域としてその立場を厚遇している。
王国裏組織
牛耳る、といっても実際は東部海岸線沿いのバンデットの巣窟となっている僻地限定。王国内部の裏の勢力図の全容は不明。




