狂騒劇 2
場が次第に落ち着きを取り戻したところで、ネイハム様は3人にも椅子に戻るよう促す。
お前まで何をしている? と言いたげな不審気な顔で見られたが、無視して席へ戻る。
「街道については私も努力したい。ただ、こればかりは私の一存でどうなるものでもないのでな。当面、レーベントの後継者問題に対策することを約束しよう」
お前達の知恵も借りたい、という言葉に住人達の顔にやる気が満ちる。
本当に彼らは俺と同じ人間だろうか。
爪の垢を煎じて誰かに飲ませてみたい。
「それと、エティゴという男についてだが」
いかなる理由でも賄賂は認められない。
これについては本来なら罰を与えるところだが、事情を鑑みて今回は不問とする、と前置きした上で
「奴から金を取り戻したいか」
と訊ねる。
「いいえ。元より我々の過ちです。金についてはそれに関わった者が街へ返す所存です」
「そうか」
じっと住人達の顔を見る。
満足そうに頷くと、頑張れよ、と呟く。
きっと彼らの顔は輝いているに違いない。
「では早速だが街へ帰る前に聞き取りを行いたい。別室に係の者がいるので対策の草案を作る協力をして貰えぬか」
嬉々として住人達が退出していった。
今後、ルンカトと協力して対策案をまとめ実施していくという新しい事業に胸を躍らせているようだった。
今夜もレーベントは祭りになるだろうか。
「さて、ではそちらの訴えについてだが」
残された3人は緊張した面持ちだ。
「シンファ嬢。エティゴをどのように罰したいかね?」
「……いえ。もう、そのような気持ちはありません」
まあシンファさんがそう言うのも分かる。
本人の怒りもあるだろうが、大半はレーベントに手を貸すための攻撃材料だったに違いない。
「そうか。しかしそれでは困るな」
えっ、と声が上がる。
俺も同じ気持ちだ。
「奴を野放しにする訳にはいかん。必ず、レーベントにもそちらの一座にも害を及ぼす」
ああ、言われてみればそうだ。
あの目。
感動的な空気に流されて忘れるところだった。
「私から奴に圧力を掛けてもいいんだがな。あの手の男は追い詰められれば捨て身でそちらに一矢報いようとする、つまらん男に見えたのでな」
どう足掻いても私に刃を向けることが不可能ならば、腹いせに弱者を狙う、狂った手合いだ。
その言葉に、全員が頷く。
奴は確かに異常に見えました、と一座の男が追随する。
「それに、奴が受け取ったとされる金額は聞いた限りかなりのものだ。あの者らの手に負える額では無い」
為政者として、賄賂を補填してやることなどできない。
ただせめて、それを陰で助けてやりたい。
「そこで、どうだ。お前達、しばらく私に雇われるつもりはないか」
ええっ、と再び驚きの声が上がる。
「お前達としてもシンファ嬢が奴に狙われる後顧の憂いは断ちたかろう。どうだ? 私と手を組まんか」
3人が顔を見合わせる。
話が見えないのだ、困惑しても仕方ない。
「大雑把に言えば、囮になって貰いたい。動くのはここにいるお前達だけだ。主にシンファ嬢だな。他の人間に知らせる必要は無い」
「王都のハイン劇場にお前達をねじ込む。悪い話ではなかろう。そこでしばらく公演して貰いたい」
「危険は無いと約束はできぬが、それはラスターに引き受けて貰うつもりなのでな」
そうなのか。任せとけ。
なんて言うはずが無い。
「ラスター、ちょっと外へ来い。お前達は少し話し合ってくれ。無論断っても構わないのでな」
そう言うとさっさと扉を開けて出て行く。
こちらを見る3人に肩を竦め、席を立つ。
「まあ、分かって頂けたと思いますが、ネイハム様は信頼できる方だと思いますよ。断っても何か言う方ではないと思うので」
そう言い残し、外へ出る。
廊下に居た兵士が、隣の部屋の扉を開けて待っていた。
「今回の俺の仕置き、お前はどう見た」
部屋に入るや否や、ソファーで寛いだネイハム様が尋ねてくる。
「お見事という他ありませんね。どこにも無理が無く、レーベントの人にとって最良の結果になったんじゃないでしょうか」
領民の意を汲んで何かしら罰を与えていれば、必ずレーベントに何らかの形で跳ね返ってきたはずだ。
訴えを聞いてからわずかの間で、よくここまでシナリオが描けたものだと感心する。
ただ最後の脚本に無理が無いかの保証は無い。
「理解する頭もあるようで一安心だ」
からかうようにニヤリと笑う。
本当にこういうのが好きな人だ。
「さっき言ったことは全て俺の本心だ。だが、お前にだけは言っておく。あのエティゴという男、潰すのは俺のためだ」
不意に真面目な顔になる。
「はっきり言って不正を行った者のために俺がここまでしてやることはない。領主として、本来俺はレーベントに裁きを下すべき立場にある。わかるな」
頷く。
「俺個人がどうしたいかと、領主としてどうすべきかの基準は違う。無論、領主として不手際があったことを認めたからこそではあるが」
「後継者問題など、レーベントに限った話ではないからな」
ティムの村を思い浮かべる。
あそこはもっと酷いかもしれない。
「とにかく今の話は頭に入れておけ。いいな」
再び、頷く。
「あの男、俺の政敵と繋がっている。邪魔だ。この機会に排除したい。一石二鳥というやつだな」
「先の仕置きにはお前への配慮も多少含まれている。取引だ。今度の依頼も、受けて貰いたい」
なるほどね。
指輪を出した俺の立場も考慮して、最大限温情ある裁きにした、と。
まあ、俺もネイハム様がこれを断ったからといってレーベントへの支援を破棄するなどとは思っていない。
この脅しにも似た言葉は、ネイハム様の誠意の裏返しだろう。
わざわざネイハム様の狙いを話すまでもなく、シンファさん達のために動けというだけでいいはずなのだから。
エティゴを破滅させるために話しておく必要があったとしても、良い領主の顔だけ見せたままにしておけばいい。
「お前が望むなら、俺の力を使ってあの女のどちらかを自分のものにするお膳立てもしてやるぞ」
邪悪な笑みでそう言ってくる。
おそらく冗談だとは思う。
だが冗談でも言って良いことと悪いことがある。
ネイハム様を睨みつける。
どちらか選べだと。
ふざけんな、両方だ。
「冗談だ。そう怒るな」
まったく、下手な冗談だ。




