狂騒劇 4
偉大なるハイン。
入り口横の重厚なオヤジの像には、仰々しくそんな言葉が書かれている。
レプゼント王国何代目か知らないが、芸術を愛したハイン王が建てたとかなんとか。
昼間の舞台は開催されていないらしく、入り口は閉ざされている。
俺には一生閉ざされたままの扉だろう。
それを遠目に眺める。
1番地区で最も王城庭園に近い、石垣で一段高くなった広場に建設されている。
民衆にも芸術を広めるため、というお題目で莫大な予算を注ぎ込んで建設されたというこの劇場は、遠目にも壁はもちろんのこと、柱の一本一本にも精緻な彫刻が施されているのが見てとれる。
そんな目的からは大きくかけ離れ、今じゃ貧乏人お断りの貴族の城と成り果てた。
実は昔からそうだったのかもしれないが。
「すっごいキレイね」
「夜はもっと綺麗だっていうよ。見にこようか」
若いカップルが会話している。
俺の他にも、観光客が何組か見に来ている。
むっつりと黙ったまま視線を動かさない劇場の守備兵が、柵の向こうで槍を手に欠伸しやがった。
お勤めご苦労様。
踵を返し、美しく手入れされた広場を戻る。
柵の向こうには王城庭園に繋がる橋が掛けられていた。
王都に住む貴族が通う専用通路だろう。
シンファさん達は今頃あの中で稽古したりしているのだろうか?
王都に到着してから3日が経つ。
が、俺は暇で仕方ない。
コモーノさんから連絡が来ない以上、動きようがないのだ。
ネイハム様は相変わらず詳細はコモーノに聞け、だからな。
広場を降りる階段に向かって歩いていると、奇妙な光景に出くわした。
1人は黒い硬そうな布でできた上下を身に着けた老人。
体にピッタリと纏わりつくような上着とズボン。
黒い山高帽子に黒い靴。
1人は3、4歳くらいだろうか?
桃色のドレスを着た小さな女の子だ。
白い髪留めを付けた黒い髪に赤い靴。
普通に考えれば祖父と孫の微笑ましい散歩に過ぎないが、そこには無視できない強烈な違和感があった。
女の子が、荷物のように老人の肩に乗っている。
右肩に座り、機嫌よく足をブラブラと振っている。
老人の黒い上着と揺れる赤い靴のせいで、女の子の足首を飾る白い靴下がやけに目立つ。
なんちゅうタフな爺さんだ。
右手で女の子の腰の辺りを支えている。
いや、子供が喜びそうな遊びではある。
ただ、この劇場のある落ち着いた高級感溢れる広場と、紳士然とした老人の姿がマッチしているだけに、荷運びの人足のようなその絵面がどうしてもしっくりこないのだ。
これがどこか田舎の、大工の親爺と洟垂れ小僧ならきっと気にも留めなかっただろう。
2人にとってはいつものことなのか、老人は穏やかに女の子に何か話しかけながらこちらに向かって歩いてくる。
「こんにちは」
「あ、こんにちは」
左手でヒョイと帽子を持ち上げ、微笑みながら優雅に挨拶された。
実に様になっている。
女の子の左手がその首を吹き飛ばしそうな程突っ張っていなければ、だが。
実際に聞こえた言葉は「ほんひひは」だ。
「大丈夫ですか?」
実は嫌だったのだろうか。
女の子は今や両手で老人の首をへし折るべく、右頬を渾身の力で押している。
老人は顔を左へやや傾けながら、青筋を立ててそれに抗っている。
しばらく眺めていると、やがて女の子は体力が尽きたのか、フー、フーと荒い息をつきながら力を抜いた。
真っ赤な顔でンフー、と盛大な鼻息を漏らしている。
「こんにちは」
「はい。こんにちは」
先程と寸分違わない優雅な動作の挨拶だ。
失敗した挨拶はやり直す。これが紳士の嗜みというやつなのだろうか。
「いや、お見苦しい所をお見せしましたな。お恥ずかしい」
「いえいえ。元気そうなお子さんですね」
「ははは、元気すぎて少々手に余る程です」
女の子は気が済んだのか、また機嫌良く足をブラブラしている。
「劇場を見にこられたのですかな?」
「ええ、まあ。暇だったのでついでですけど」
「美しかったでしょう?」
確かに素晴らしい造形だった。
神殿というものを実際に目にしたことはないが、あれがそうだと言われても納得だ。
「中に入るとまた、素晴らしいですよ。芸術が溢れております。決して嫌味な豪華さではなく、洗練された目だたぬ美ですな」
ほう。金持ちっぽい見た目に違わず、この劇場に入る程の富裕層だったか。
だとしたらさっきの争いは余計変だぞ。
子供の躾は大らかなのか。
いくつか劇場の素晴らしさについて懇々と語られたが、それはほとんど聞き流した。
ニコニコしながら手を伸ばしてきた女の子とじゃれ合う方が余程楽しかったからな。
熱弁を振るう老人の肩から両手を伸ばして身を乗り出してきた女の子を受け取る。
やっぱり重かったのだろう。
肩を揉みながら滔々と語る。
俺の右手と胸の間にスポリと収まった女の子は、居心地に満足したのかニコニコしながら俺の顔を見上げてくる。
実にかわいい。
俺もニコニコしながら女の子の髪を撫でたり、左手の人差し指を握らせたりして遊ぶ。
老人は自分の世界に入っている。
女の子の高い体温にほっこりしながら、心が温かくほぐれていくのを感じる。
よく目つきが悪いと言われ続けてきたが、子供にとってはその認識が無いのだろうか。
嬉しいことだ。
予定していた宿に戻ると、ようやくコモーノさんから伝言が届いていた。
「今夜十九時に5番地区時計台前」
クシャリと紙を握りつぶし部屋のゴミ箱に落とす。
ようやくか。
許しを請うため下手に出るという、これまで経験したことの無い演技だ。
上手くできるか。
見事にエミーに断られた、口説きの出番だ。




