土産 2
漁師であるカールさんの朝は早い。
夜明け前に海へ出て漁をする。
カールさんだけじゃない、この村の漁師は皆そうだ。
早朝村へ回ってくる商人に毎朝の収獲を売り、再び海へ出ると夕方までまた漁に励む。
それも買いに商人が回ってくる。
その繰り返しだ。
代々の仕事なのでその生活に疑問を持ったことは無いと言う。
意外と飽きない仕事らしい。
日々、魚との戦いを繰り広げるのもそれなりに刺激的なようだ。
俺も一度、漁に参加させてもらった。
経験があったせいか筋が良いと褒めてくれた。
基本的には村の漁師で協力して網を広げる追い込み漁だが、釣りや銛突き漁も季節によってやるそうだ。
夏の間は海に潜れるので、海底の貝獲りや銛突きのやり方も教えてくれた。
海から上がり、村へと戻る。
ここへ来て2週間が過ぎようとしている。
これほど長期間探知を展開し続けたのは初めてだが、探知の膜はもはや負担を感じることも無くなっている。
そろそろか。
勉強を終えたティムは今頃俺が戻ってくるのを待っているかもしれない。
いや、終わったんならこっちに来るか。
ティムと別れ難い気持ちはあるが、ずっとここにいる訳にもいかない。
すっかり浅黒く日焼けした腕を見ながら、砂浜を歩いていく。
「珍しいですね、カールさんがこの時間まで起きてるなんて」
「明日は今月初めての休みだからね。村の連中はみんな酒盛りでもやってるんじゃないかな」
いつもならティムと同じ時間には床に着くカールさんが起きている。
晩酌に付き合ってくれと言われたので相伴に預かることにした。
「どうだい、傭兵の鍛錬は。うまく行ってるのかい?」
「おかげ様で。それで、実はそろそろ戻ろうかと思っています」
「そうか。ティムが寂しがるだろうね」
縁側から見える海は空に月と星が輝き、水面にキラキラと月明かりが反射している。
潮騒が曲を奏でる実に幻想的な夜だ。
王都の庭園もこの美しさには敵わないと思う。
「ラスター君はこの村をどう思う?」
「どう、ですか。良い村だと思います。皆良い人達ばかりです」
「ありがとう。僕もそう思うよ」
カールさんは俺の持っていた漁師像とは違う。
見た目は優男だ。
漁師らしく体は引き締まっているし、肌は日に焼けて赤銅色だが。
この丁寧な口調も漁師らしくない。
「今、六十世帯百五十人くらいかな、この村は」
「昔はもっと大きかったみたいでね」
空になった俺のコップを出すよう、酒瓶を持ち上げ催促する。
「村でティムに一番近い年上の人間は、二十六歳だったかな。子供が少ないだろう?」
「そうですね。結構若い夫婦の方もいらっしゃるように見えたんですが」
「うん。子供達はね、みんな王都に預けてるんだ」
「そうなんですか」
これは驚いた。
近頃珍しい話でもないが、もっと都市近郊の村でやっている話だと思っていた。
「この村で生まれてこの村で育って漁師になる。それが当たり前だったんだけどね。でも、子供には自分の生き方は自分で選ばせてあげたいってみんな思うようになってきてね」
「せめて学習館には通わせてあげようってことになったんだ。子供達の費用は村のみんなで出し合ってね」
グイッとコップを呷り、テーブルに置く。
マイカさんが干し魚を焼いたものを持ってきてくれる。
2人で礼を言い、また酒を注ぐ。
「だけど、僕とマイカはティムをこの村に置いたままだ。みんなティムを可愛がってくれるし」
「ティムを外にやる決断ができなくてね。もう、9歳になってしまったよ」
コップを傾けながらカールさんは海に目をやる。
「この村の外の人間として、ラスター君はどう思うかい?」
難しい質問だ。
そもそも俺は子供を持った経験が無い。
だから子を持つ親の気持ちを本当に理解することはできない。
カールさんとマイカさんを間違っている、などと非難する資格を持ち合わせていない以上、俺に言えることなど高が知れている。
自分はどうだっただろうか。
傭兵一族に生まれ傭兵になるべく育てられた。
結局親の望んだ道からは少し外れてしまったが、それ以外の生き方を知らない訳でもなかった。
両親を恨む気持ちもこれっぽっちも無い。
まあ、そこそこ都会だったからな。
漁師しかいないこの村とは環境が違う。
そういう意味では、俺は自分で傭兵という生き方を選んだといっていいだろう。
都会の学習館に通わせることは、一方でこの村の漁師の生き方を教えないということでもある。
それはそれで不幸なことのような気もする。
「カールさんはこの村で漁師以外の生き方を知らなかったことを後悔しているんですか?」
「いいや。僕はしてない。でも、ティムがどう思うかは分からない。他の子はみんな外に出てる訳だし。僕の時はそうじゃなかった」
「聞いてみたらどうです?」
「ティムにかい? 一度あるよ。でも、ティムにはまだわからなかっただろうね。その時は嫌だって言ったけど。これは僕らが決めてあげるべき事なんだよ」
子供の環境は親が作るものか。
結局はっきり答えを返すことができないまま、杯を重ねていく。
ティムの話題から離れ、取り留めの無い世間話をしながら夜は更けていった。
「おはよう、ラスター!」
「ティム……おはよう」
翌朝、ティムに叩き起こされる。
もうすっかり慣れたが、日が昇っていくらも経たない実に健康的な毎日だ。
朝食前に2人で水を汲みに行ったり、家の手伝いをするのもティムには楽しいらしい。
父親も普段この時間はいないし、というか男はみんな漁に出ている。
友達はやっぱり必要かもしれない。
「おはようございます、ラスターさん」
マイカさんも働いている。
漁師の道具の手入れをしたり、干物を作ったり、服を縫ったりだ。
これでティムの面倒を見ながら食事などもこなしているのだから大変だろう。
この村の在り方とブライトン傭兵団は少し似ているかもしれない。
それを考えると気が重くなる。
いつか向き合わなくてはいけない問題だ。
エルヴィエルにも会いたい。最後に会ったのはフディコエフに願書を出す半年前だったか。
顔を出し辛くなってから会っていないが、エルヴィエルはどう思っているだろうか。




