土産 3
「皆さん、お世話になりました」
「ラスターさん、またいつでもいらして下さい」
長く世話になったこの村を離れる日がきた。
カールさんや漁師達とは昨夜のうちに挨拶を済ませている。
奇妙な客である俺を受け入れてくれた村の女性達が集まって見送ってくれる。
「また遊びにきてね! 約束だよ!」
「ああ。ティムも元気でな」
帰ると言ったら泣かれるかと思っていたが、案外あっさりしていたな。
昨日はその分一日中遊びにつきあわされたが。
ティムの頭を撫で、馬に跨る。
見送りの人達に頭を下げ、馬に合図を送る。
街道へ続く小道の手前で振り返ると、見送る人々に大きく手を振り、一気に馬を走らせる。
もう会うことも無いかもしれないが、この村の人達が元気でやっていってくれると嬉しい。
懐かしのターゼントへと戻ってくる。
いや、懐かしいって程じゃない。
見飽きた感の方がはるかに強いな。まあ、落ち着くけどな。
探知の膜は満足いく出来だ。ここへ戻ってくる際にも確認しながら来たが、枝を上に放り投げると、頭上にピリピリした刺激のようなものを感じた。
森で馬を繋ぎ、木を蹴り付けて落ちてくる物を感じ取り、即座に粒子を飛ばして探知するという考えていた連携も上手くいった。
膜で何かに触れても霧のように情報を持ってくることもない。
日常生活にも支障は出ない。
正直考えていた以上に良い出来になったが、結局俺が出来るはずのことを今までやってこなかっただけだという気もする。
「おう、お前さん長かったな。どこ行ってたんだ」
「遊びに行ってたんだよ、じいさん」
「ふざけんじゃねえぞラスター。罰当たりが」
厩で顔馴染みの爺さんに馬を返す。
お土産に貰ってきた干物を爺さんにも分けてやると、早速馬に齧らせていた。
馬って魚食うのかな。
馬の背に束ねて持ってきた干物はとても食いきれる量じゃない。
適当にその辺の良く行く店の親父達に配っていく。
まあ、大して喜ばれるものでもない。
ただ、食ったら驚くぜ。
こいつは相当美味いからな。
「マチルダさんただいまー」
屋根裏の部屋に戻る前に、居間を覗いていく。
台所から返事があった。
「お帰り。随分長かったじゃないか。あら、アンタ焼けたねえ」
「これ、お土産です。美味いですよ」
まだたっぷり十尾は残っている干物をテーブルに置き、部屋へ上がると背負い袋を放り井戸へ向かう。
風呂小屋で水を浴びさっぱりする。
帰ってきたつもりじゃない。
立ち寄ったことにしなければいけないのだ。
麻の薄手のシャツと膝までの大きめのパンツスタイルになると役場へ向かう。
「アンナさんこんにちは」
「あら、こんにちはラスターさん。随分焼けましたねえ。どこに行ってらしたんですか?」
やはりアンナさんは美人だな。
シンプルな服装だが洗練された大人の女性の色気を感じる。
潮風に吹かれる漁村の女性には無い、しっとりと艶のある髪の毛がやけに色っぽい。
田舎に慣れたせいだろうか。
「依頼きてますか?」
「ちょっと待ってくださいね」
傭兵の依頼を探しに来る格好ではないが、目を瞑ってほしい。
そこまで身構える程ターゼントは都会って訳でもないのだ。
「今役場にきてるのはこれで全部です」
鍛冶屋の見習い募集。
交易馬車の御者の募集。
農園の住み込み募集。
うん、いつもの求人ばっかだな。
えー……っと。
指で並んだ文字をなぞりながら目で追っていく。
いくつか傭兵らしい募集を見つけることができたが、募集要項に問題あり。
以前の俺ならアンナさんに礼を言って帰るところだが、今日からは違う。
「アンナさん、これ受けたいんですけど」
「レーベントの夏祭りの警備ですね。ちょっと待ってください」
レーベントはターゼント北東にある最寄りの街だ。
規模としてはターゼントより随分と大きいものの、人口は少ない。
牧畜や酪農をメインの産業とした街だが、ターゼント市場との間に交易馬車が行き来しているくらいで、田舎街という評価は免れない。
ただこの街の夏祭りはそこそこ有名だ。
広い敷地を活かして行う祭りは旅芸人や催し物の数が多く、2日間の祭りには王国各地から人も大勢訪れる。
ターゼントの住人も毎年楽しみにしている。
この祭りはレーベントの産業の宣伝と共に後継者を募る目的で始まったそうだが、今では立派なレーベントの大きな収益の一つになっているらしい。
俺は行ったことが無いが、レーベントの肉料理や乳製品は会場で調理され、大人気と聞く。
土産も大層売れるらしく、なら年中祭りやりゃいいんじゃないか、と思う俺は浅はかなのだろうか。
「はい。こちらが詳細です」
・警備を担当する一般傭兵募集。期間は2日間。募集人数不定。定員に達し次第締め切り。
・募集要項は傭兵登録証が有効である者なら詳細は問いません。
・採用者は前日の昼までにレーベント役場にお越し下さい。
・報酬は1日一万一千ジェル。2交代制。集合日は四千五百ジェル、別途交通費支給。
大まかな条件はこんなところだ。
今まで見向きもしなかったような依頼だが、まあ。
大体、俺が受けられる依頼も少ないので選んでもいられないのだが。
警備とは言うが、まともな傭兵ならまず受けない類の依頼だ。
時間は書かれていないがこういう場合まず長い。
額と釣り合わない上に、傭兵なら誰でも、という文言で仕事にありつけない底辺傭兵向けの依頼だということが一目で分かる。
カチンと来ますね、と以前の俺ならスルーしていたが、見栄を張っても仕方ない。
ロクな仕事にならなそうだが受けよう。
それに、都合も良い。
探知の膜を習得したことによって、今まで苦手としていた人混みの中に飛び込む実験にもなるからだ。
「じゃ、これお願いします」
「はい。受け付けておきますね」
面接などは不要だ。
役場経由なら確実に傭兵登録された現役傭兵が来るからだ。
申し込めば採用。まったく、プライドが傷つく。
「私も行きますので、レーベントでお会いできるかもしれませんね」
「ああ、アンナさんも行くんですね」
レプゼント南部の伝統的な衣装に身を包んだアンナさんを思い浮かべる。
いい。実に見てみたい。
が、その横には旦那がいることを思い出す。
おい、邪魔すんな。
マチルダさんにレーベントの祭りの警備に行くことを伝えると
「最近頑張ってるね。どうしたんだい」
と言われたので、倉庫に行くのと大して変わらないと苦笑しながら告げた。
警備として雇うには傭兵の資格がいるが、その辺の人間にもできる仕事だ。
部屋に戻り背負い袋を開けると、中から麦わら帽子が出てきた。
貝殻の飾りが付いた、ティムの帽子が。
あいつ。
着替えやなんかをグチャグチャに入れていたので気付かなかった。
指先でクルクル回し、被ってみる。
チョコンと俺の頭の上に乗っかる。
小さな帽子はサイズが合わない。
壁掛けにそっと掛け、部屋の窓を開けて換気する。蒸し暑く淀んだ部屋の空気が風にかき回され、澄んだ外気と入れ替わる。
パタリとベッドに倒れこむ。
知っていれば、俺はティムに何をあげたかな。
レーベントの街
レプゼント王国南部の街。牧畜・酪農は王国各地でも行われているが北部の方が盛ん。南部では小規模農家こそあちこちあるものの、大規模に手掛けているのはこのレーベントのみ。北部とは飼料や育て方の違いだろうか、肉質や味が若干異なり近年人気が高まってきた。




