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決意

「ご苦労様でした。おかげ様でルンカト支店初の王都便を無事、成功させることができました」


 ルンカトへ戻った俺達は支店長パトロへの報告を済ませた。

 ブロンズ商会の馬車襲撃事件はルンカト商人の間でもすでに話題になっているらしい。

 ダズとジェフは仕事の口が増えそうだ、と笑い飛ばしていたが。


 報酬は特別報酬が3人とも上乗せされて支払われた。一人十五万ジェルという高額だ。


「さて、じゃあこれでお別れだな」

「また組んだ時はよろしく」

「お2人には色々と教えて頂き感謝してます。ありがとうございました」


 ルンカト支店の交易馬車については本店から一時ストップが掛かるだろう、とのことで、パトロは俺達3人に再開したらまた相談させて下さい、と握手を求めた。


 その場で別れた。

 実にあっさりとした別れだった。

 俺はもっとこの2人と一緒に仕事がしたいと思ったが、別れの言葉はたったこれだけだった。

 きっとこうやって区切って整理していくのが彼らのやり方なのだろう。


 また会った時には戦友なのだ。

 それだけでもいいな。


 

 コモーノさんは不在らしい。

 エイゼルさんと中層の外れで落ち合い、ネイハム様へ報告に向かう。

 雨上がりの中層街と上層街を歩く。

 王都の街並みを見た後では、大都市ルンカトといえど物足りなさを感じてしまう。


 あの素晴らしい馬は形としてはブロンズ商会が借り受けたものなので、馬車を引き渡した時に一緒に別れた。あいつともまた会いたい。


 もはや変装する必要も無いので、堂々と上層の兵士のチェックを受ける。

 登録証を見せた時に思わず笑ってしまいそうになるのをこらえるのに苦労した。

 なんせ15の時とほとんど変わらない登録証だ。

 俺もよくやるもんだ。



「ラスター、よくやってくれた。早速だがお前の話を聞かせて貰おうか」


 執事へ戻ったエイゼルさんは今後もルンカト公爵の懐刀として働く。

 が、俺はお役御免だ。

 簡潔に、出発からここへ戻るまで、護衛としての視点であった出来事を報告していく。

 細かいことはエイゼルさんが話すだろう。


「そうか。……うむ。囮が効いたのか。マウラットに関しては一応調べておこう。襲ってきた者達についてはそれ以上分からないのだな?」

「はい、申し訳ありませんが。ただ、他の2人の護衛とも話した限り、手練れであったそうです。徹底して馬車を狙っていたと、言っていました」


 執務室の絨毯やソファーは身じろぎの音を全て飲み込む。

 王都に比べるとな、などとルンカトに戻ってきてから思っていたが、やはりここは別格だ。

 静寂の中紅茶の香りに包まれている。


「よし、分かった。後はこちらの仕事だ。お前は充分に役目を果たしてくれた」

「ありがとうございます」

「報酬はコモーノから受け取れ。戻ってからコモーノには会ったか?」

「先程商会に行った時は居ませんでした」

「もし受け取れぬようであれば悪いがまたここへ来い。エイゼルに用意させる。これを受け取っておけ」


 差し出されたのはネイハム様の家紋が刻印されたリングだった。

 幅の広い銀の指輪には宝石ではなく、水晶のような透明な板が台座に嵌められ、その中に見事な彫刻で家紋が描かれている。

 指輪の内側にも、偽造防止か複雑な模様が刻まれていた。

 一目で値の張る物だとわかる。


「これは。こんな物を俺に与えて宜しいのですか」

「持っておけ。それを見せればここの兵はお前を疑わんはずだ。他所でも困ったら使え。悪用はするなよ」


 ネイハム様が笑う。

 悪用など冗談じゃない。これは重過ぎる。


「俺からの餞別だ。この件に関わったお前を縛るつもりもある。よもやお前が俺を裏切るなどとは思っておらんが」

「はい、私からも太鼓判を押させて頂きます」


 エイゼルさんは俺のことをどう思ったのだろう。

 屋敷に着いて待っている間、俺の扱いを話し合っていたのだろうか。


「今後も必要になればお前を使いたい。どうだ」

「……俺が役に立つのであれば」

「身構える必要は無いぞ。あくまで、傭兵として仕事を依頼するだけの話だ。非公式になるかもしれんがな」


 王宮とブロンズ商会の黒い部分を垣間見た今となっては、警戒したくもなる。

 しかし、これを断るようでは傭兵の高みに登ることなど望めないだろう。

 2人は信用できる、と俺も判断している。

 糸からも危険は伝わってこない。


「しばらくは何も無いはずだ。2度とお前を使うことも無いかもしれん。まあ、今回のことは忘れて構わん。報酬で遊んでこい」


 砦へ戻ったネイハム様の代わりにエイゼルさんから色々話を聞く。

 3日間の旅路ですっかり打ち解けた俺は遠慮無く紅茶をおかわりさせて貰った。



「忘れてました。ネイハム様にあの馬は素晴らしかったとお伝えして貰えますか」

「かしこまりました。では、またお会いできる時を楽しみにしております」


 エイゼルさんに頭を下げると屋敷を後にする。

 ふう。

 終わった終わった。

 一気に体から力が抜けていく。

 開放感とも脱力感とも、何とも名状し難い感覚が全身を覆っていく。


 さて。どうしようか。

 戸惑いもある。

 またターゼントでのその日暮らしに戻ろうかとも考えていたが、ここで立ち止まればズルズルと堕落してしまいそうだ。

 かといって当てもない。

 階級1の一般傭兵に依頼などそうそう無い。今までダラダラ過ごしてきたツケだ。


 右手の中指に嵌めた指輪をさする。

 せめてこれに見合う傭兵にならないとな。

 指輪はエイゼルさんから偽装用の、無地の覆いを貰った。薄くピッタリと指輪を隠す、もうひとつの指輪だ。

 こちらも銀でできている。


 とりあえず、コモーノさんから報酬を受け取ろう。

 残りの九十五万ジェルを受け取れば、今までの僅かな蓄えと今回ブロンズ商会から得た報酬も合わせてしばらく金の心配をする必要は無い。


 上層警備兵に臨時許可証を返却し、支店でコモーノさんへの伝言を伝える。

 しばらく待てば、ちょうど下層街が夜の街へと変わり始める時刻だろう。

 ブロンズカフェより少し値の張る落ち着いた喫茶店でコモーノさんを待つ。


 どうする。

 やるか? 

 ううむ。

 怖いわけじゃない。

 いや、自分に自信の無い俺は少しだけビビッてる。

 

 新しい一歩を踏み出す勇気を出すには良い機会じゃないか、と誰かが囁く。

 今までいくつか経験もしてきたはずだ。

 何を恐れる必要がある?

 バッツォからお前は何を学んだ?

 だからエミーに子供などと言われるのだ。

 

 ルンカトに来てからのこと。

 王都までの道程。

 王都での出来事。

 目を瞑って思い出す。


 ゆっくりと、思考が落ち着いていく。

 もう、迷いは無い。



 金を受け取ったら、娼館へ行こう。


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