傭兵の流儀 12
街道途中の休憩所には、先客の姿があった。
降り出した雨は次第に強さを増し、激しく地面を叩いている。
王都から2時間程来たところで空は黒い雲に覆われ始め、今ではすっかり薄暗くなってしまった。
「参ったぜ、まったく」
「最悪ですね、ほんと。今日は保ちそうだって話だったじゃないですか」
「空に文句言ったって仕方ないよ」
ぐっしょりと濡れた服と髪を引きずり、俺達は先客の商人や護衛と挨拶を交わす。
御者台は雨避けが付いているのでエイゼルさん達はさほど被害に会っていない。
ただ、整備されているとはいえぬかるんだ街道は、馬車を引く馬の負担が増す。
護衛も視界が制限され、馬にとっても人間にとっても良いことはない。
皆、憂鬱そうな顔で佇んでいる。
「雨足が強すぎる。ここでしばらくやりすごそう」
「馬の世話をするよ。あんたらは体調悪くしないように服どうにかしなよ」
馬の世話を御者が引き受けてくれたので、濡れて重くなった服を脱ぎ着替えると、雨用のコートを着込む。
夏で気温は高いので風邪をひく心配をしなくていいのが幸いか。
ルンカトへの荷を調えた馬車を引きつれ、行きと同じく護衛に出たのは朝のうちだ。
メンバーは変わらない。
荷台にいた少女達と、中身だけが違う。
行きに比べると気楽なもので、この素晴らしい馬を存分に楽しませて貰おう、と思っていたのに。
休憩所の一画に車座になり、エイゼルさんが注いでくれたお茶を飲む。
馬車は骨組みからランプを吊るす棒を伸ばし、板を載せて馬の屋根にしてある。
3台の馬車の後部は並べてこちらに向けてあり、すぐ近くだ。
「どうします? 向こうでもこの雨は分かっているでしょうから、遅れるのは仕方ないと思うんですが。それでも2時間が限度じゃないでしょうか」
御者の1人がダズに訊ねる。
雨は厄介だ。
雨が降る度にいちいち停滞するようでは、流通は成り立たない。
かといって無理を押して運行するのも、何かあれば荷だけで無く馬車まで失いかねない。
豪雨で視界が悪いと街道から外れて横転したり、何かにぶつけて破損したりと、危険が大きい。
そこは運ぶ者の判断次第だ。
安全を取って待つのも手だ。
だが雨が上がってもぬかるんだ道は速度が落ちるし、街道を行く馬車が一斉に動き出すため道も混む。
他ならぬブロンズ商会の交易馬車は、雨なら仕方ない、と笑って許してくれるほど甘くはない。
「ここはプロに任せますぜ」
ダズは御者達に判断を預ける。
この場合は当然だろう。
俺は雨粒を落とす天を睨む。
子供の頃、雨と戦ったことがある。
みんな一度はやったことがあるんじゃないかと思う。雨粒を全部避けるという、あれだ。
俺の場合、かなり真剣にやったものだ。
探知で雨粒を捉え、濡れることなく外にいることができるのかどうか。
勿論それだけが目的じゃない、訓練の一貫だ。
結果から言うと、傘は偉大だということがわかっただけだった。
何せ連中ときたら速い上に、隙間なく大挙して押し寄せてくる。
しかも頭上という位置からだ。
真っ直ぐ向かってくる奴もいれば、斜めに向かってくる奴もいて、対処は困難を極める。
剣で切り払う?
いいや、絶対に違うね。
昔の英雄譚に出てくる逸話が嘘じゃなかったとしても、斬ったのは剣ではなく別の何かでだ。
どうやればそんな事ができるのかだけは、分かっている。俺はやろうとして一瞬で不可能だと分かり諦めたのだが。
まあ、人間辞めればできるんじゃないか。
狙った雨粒を斬ることはできる。
他人からすればそれだけでも神業だと言ってくれるかもしれないが、別に剣の振り自体は達人でもなんでもない。
自らの身体の動きがどうやっても緩慢な速度しか出せないことを知覚しながら、狙った雨粒以外をも斬り、刃をそこに持っていくのがやっとだ。
しかしながらこのバカな挑戦が完全に無駄だったかというとそうでもない。
子供の俺には色々と勉強になった。
一つ、探知しようが対処できないものには為す術が無いということ。
一つ、情報が多いと多いだけ時間が引き伸ばされたような知覚に陥るということ。
一つ、その状態になると思考力が低下するということ。
粒子を飛ばす位置探査の探知と違い、霧は密度の関係か得る情報量が多い。
この辺の感覚を言葉で説明するのは難しいな。
粒子の情報は肌で感じる触感情報で、霧は脳に送り込まれる知識情報、とでも言えばいいか。
だから雨の中で霧を使うとえらいことになる。
そう、雨は明確な俺の弱点なのだ。
もし今屋根の下から出て探知の霧を展開すれば、1分間を1時間に感じるかもしれない。
きついのがわかるだろうか。
雨ならまだマシだ。
全部同じ雨粒だからだ。
これが様々な種類の無数の虫だったらもっとひどいことになる。
脳はきちんと一体一体識別しようとするからだ。
俺が人混みが苦手な理由をわかってもらえるだろうか?
動きに対処するにはそれに間に合わせる距離的な余裕が必要だ。
つまり霧も数メートルは展開したい。
人混みの中だと、その範囲内に情報が多すぎて俺は数歩歩くのにもうんざりする時間をかけることになる。
密着するほどの距離も反応が間に合わない。
ネイハム様の時のようにそこに集中できて、ナイフが動き出す瞬間が分かれば一瞬先にこちらが動くだけでいいので、問題は無いのだが。
長くなった。
要するに、俺は探知を展開していれば最善の対処ができるということだ。
そして無理なことは無理だと判断できる。
それが戦場ならまあ死ぬしかないな。
で、この雨を倒すには、だ。
俺には対処できないが、傘を初めとした雨具を用意していればそれが可能になる。
矢の雨が降ると分かっていれば盾や鎧を身に着ければいい。
物事には備えというやつが必要なのだ。
英雄譚の連中は自身そのものがそれらを上回る備えになっていたのかもしれない。
うらやましいことだ。
「よし、そろそろ出るぞ」
降りしきる雨はほんの少し、その勢いを弱めたか。
強行軍を選択した俺達は、よくやるぜ、という他の連中の視線を背に街道へと飛び出す。
濃密な3日間だった。
優れた傭兵とは必ずしも能力が優れているだけではないことに気付いた。
生き方、考え方。
どちらも俺に欠けていたものだ。
俺はバッツォに勝てないと思った。
雨を倒すことに本気になったように、今まで俺は英雄を目指していたのだろう。
要するに最初から傭兵とは違ったのだ。
だから組織の一員でいられなかった。
自分と周囲の傭兵に何故齟齬があったのか分かったような気がする。
英雄思考を持つ奴は多分俺以外にも大勢いるだろう。ただ、仕事と自分の願望を分けているだけで。
良く言えば上を目指すって言い方だ。
俺は皆のように一歩ずつ登る我慢をせずに、ピョンピョン跳ねてたんだ。
俺には高く跳べる能力があるから、って。
気付けば俺はスタート地点のまんまだ。
周りは俺の先を行ってる。
だけど、不思議と以前から感じていた焦りや不安は消えている。
自分を磨いて跳躍力を鍛えるか? 英雄に届くように。それも道だと思う。
だけどそんな時代じゃないよな。
鍛錬で己を高めるのは跳ぶためじゃない。
階段を駆け上がるためだ。
この雨の中を泥に塗れて進む姿こそ、きっと傭兵の在り方ってヤツなのだ。




