傭兵の流儀 11
登場人物紹介
アーシャ……バッツォの妻。美人。
「情けねえ話なんだがな。自分で捕まえときながらあいつらの事が気になっちまってよ」
「カミさんがいるくせにタイプの男でもいたか」
「茶化すなよ」
バッツォが思い悩んでいたこととは、俺達が捕縛したマウラットが果たして正当な裁きを受けるのだろうか、ということだった。
言われてみれば、とも思ったが果たしてそこまで悪どいことをやるだろうか、という疑問もあった。
マウラットを皆殺しにしろ、なら断っていたが、捕縛でいいならと思い受けた。
依頼自体はブロンズ商会の面子のためだ。
それでも連中には捕縛される理由がある。
しかし襲撃事件の翌日にバンデット討伐、という事実を持って商会の面子は保たれたのでは無いのか。
襲撃事件の犯人という濡れ衣を、法廷が認める程まで押し通す必要もないはずだ。
どうせ裏で繋がっているはずだ。
適当にうまくやるのではないか。
「だといいんだがな」
俺の疑問にバッツォが答える。
「どこまでやるか分からないんだ。襲撃事件の犯人として情報板に載れば、どうなる。口封じに死罪になるかもしれん。そうなってから後悔しても遅い」
「でも、どうするんだい」
ジェフはコーヒーを啜りながら話す。
こちらは随分と冷静だ。
「商会に問いただすかい? そこまでやる、と言われたら? 世間に言って回るのかい、濡れ衣だって」
「言っとくが俺らは協力できないよ。なんせ襲撃事件のあった馬車の当事者だ。討伐に参加してくれって言われたのはさ、この謀略に加担してくれって意味だよ。報酬には口止め料も入ってるんじゃないかな」
バッツォは返事しない。
「バッツォさんよ、おたくも案外だな。そうなってから後悔しても遅せえなんてよ」
ダズも表情を変えない。
腕組みしたまま、椅子に深く腰掛けている。
「もう、とっくに遅えんだよ。最初から、わかってたんだ。マウラットに本気で濡れ衣被せるかどうかまで分からなかったとしてもよ、そのつもりだったのはあんただって分かってたはずだ」
「商会が条件変えたわけじゃねえ。今更ガタガタ言うってのは絶対やっちゃいけねえ契約違反だぜ」
カタリ、と小さな音を立てバッツォはカップを持ち上げる。一口啜り、天井を見上げる。
チリン、と表のドアの鈴の鳴る音が聞こえた。
朝食を食べに客でも来たのだろうか。
「怖いな。俺は今まで、与えられた仕事をきっちりやりゃあ良いと思ってた。それがアルトックに入ってからの、俺の傭兵としての生き方だってな」
「これから先、余計なものに目がいっちまいそうだ」
バッツォは認めたのだろうか。
仕方がないと。
自分の正義から目を背けることを。
もし俺がバッツォと同じ考えに至ったら、俺はバッツォのように静かに矛を収めることができるだろうか。
多分、できない。
アルトックを捨てることになったとしても、何か自分を納得させるためにやったはずだ。
別に俺はバッツォを非難しようなどというつもりはこれっぽっちもない。
きっと奥さんのために、仲間のために、自分を殺したのだ。この先続く胸の疼きに耐えよう、と。
「ラスター、俺はな、お前が気に入ってる。だから、余計なお世話だとわかっちゃいるが言っとくぜ。お前は甘ちゃんだからな」
ダズが俺を見つめる。
「やっちゃいけねえ事だと思ったならやらなくていい。でもな、別の誰かに押し付けて見ないようにするだけなら、自分でやった方が遥かにマシだ」
まただ。ため息が出る。
ダズの言葉はいつも俺の心をえぐる。
最初に今回の依頼を聞いた時、たしかに俺はすぐ、断ろうと言った。
アルトックにやらせりゃいいと。
今回に限ったことじゃない。今まで俺は、色んな事をそうしてきた。別にダズがそれを知っているわけではないというのに、数々の過去まで指摘されたような気分になる。
「ま、人間として正しいかどうかはわからんぜ。間違ってると思ったんなら自分を擲ってでも止めるべきって言う奴もいるだろうよ。ただ、傭兵やってくならそうやって折り合い付けてかなきゃやってらんねえって話だ」
ニカッとダズが笑う。
清濁併せ呑む、という昔習った言葉を思い出す。
うーむ、大人になるっていうのは難しい。
3人とも、女神に認められるような正しい選択をしているなどとは思っていないだろう。
薄汚れた道でも自分なりに進むしかないのだ。
政治、権力、金。
もしも全てに抗いたいのなら、それこそ傭兵を辞めてバンデットになる道しか残されていない場合だってあるかもしれないのだ。
「おかわりはいかがですか?」
バッツォの奥さんがたおやかな空気を運んでくる。
「ありがとう、アーシャ」
バッツォは優しい笑みでそれに応える。
見つめ合い、静かに微笑む2人を、妬けるねぇ、とジェフがからかう。
アーシャのクスクス笑う小さな声に、バッツォの大きな舌打ちが響いた。
夕方、アルトックの連中がよく利用するという「三日月亭」なる居酒屋へ向かう。
ダズ達と別れた俺は、王都をぶらついて過ごした。
昼過ぎには情報板にマウラット捕縛の報が載ったようで、それを目にした群集の会話が聞こえてきたが、俺は情報板を見ることは止めておいた。
貧乏根性が染み付いてしまった俺は買い物も大してせず、早目に三日月亭に来たがまだ誰もいないようだ。
まあ、1時間は早いからな。
近くのベンチに腰掛け、ゆっくり休みながら待つことにする。
少しウトウトと居眠りしてしまったようだ。
よう、という声に目を覚ます。
「こんな所で寝るなんて子供みたいよ?」
一瞬で覚醒した俺は顔を上げる。エミーがいた。
綺麗に化粧し、女性らしい華やかな服を着ている。
やはり女は化ける。傭兵事務所で会った時よりはるかに、豊かな胸元といい、男を惹きつける充分な魅力を全身から放っている。
「もうみんな集まってる?」
「まだ。後三十分以上あるよ」
首を回し両手を思い切り上に伸ばす。
実に気持ちがいい。
くおおお、と声を上げる俺の横に、ストンと軽やかにエミーが腰掛ける。
ふわりと良い香りがする。
伸ばした手をそのままエミーの肩に回したいスケベ心に一瞬駆られるが、やめておいた方が無難だろう。
ベンチの背の裏側に両手を落とし、反るような姿勢で足を組む。
あーあ。どうも最近いかん。
ルンカトに戻ったら娼館でもいこうかな。
「行儀悪いよ。街中で傭兵がそんな態度とってたら、みんなが悪く言われちゃうんだからね」
うっせーな。放っとけよ。
フン、と鼻を鳴らし無視する。
「変わってないよね。あたしが言ってもちっとも聞かないんだから」
「なんだよ、別に座り方くらいで何か言ってくる奴なんかいないって」
「アルトックだけじゃなくて他所の傭兵団も今は厳しいんだよ、普段の態度とか」
そうですか。ご立派なこって。
一般の俺には関係ないね。
だいたい俺がこんなに荒んだ気持ちになるのも、ムラムラさせといて平気な顔してるお前が悪い。
態度を改めて欲しいならエロいことさせろ。
「あーあ、つまんねえの」
「何が?」
「別に」
「何、その態度。だいたいさ。あたしに謝ることあるんじゃないの?」
ああん?
娼婦の真似事させたことか?
バカ言えよ。むしろお前に活躍の場を与えてやったんだぞ、俺は。感謝したまえ。
「今朝のことか? でも、あれで上手くいったんだろ。大活躍だったじゃん、お前」
「アッタマきた。この際だから言ってやるわよ」
傍から見たらカップルの喧嘩に見えるだろうか。
比較的居酒屋など飲食店が集中したこの辺りは、一日の疲れを癒すために徐々に人通りが増えてきている。
「あんた、あたしを何だと思ってるの。作戦のことはいいわよ。でも、一番あたしのことジロジロ眺め回してたのはラスターだったじゃない。ただでさえ恥ずかしかったのに」
うっ。
「あれはお前、商人として品質管理にこだわるプロの演技だろ。わかってないな」
「何よそれ。バカじゃないの? 知ってんだからね。昔からラスターがあたしのことエッチな目で見てたの。他の女の子もね」
「みんな怖がってたんだから。一緒に遊びたくないって。あたしが何とかしてあげようと思っても、全然言うこと聞かないし」
死にたい。
「あーあ、そっかそっか。この後みんなに言っちゃおう。ラスターがどんなにスケベで最低なやつか。どうぞ、そのまま踏ん反り返っててね」
なるほど、集団で吊るし上げるスタイルか。
成長したな、エミーよ。
「あ、それと百億ジェル早く払ってね。一番見てたのラスターだし、当然よね?」
いいだろう。
俺はベンチからゆらりと立ち上がり、土下座する。
周りの目?
関係ないって。俺、一般だからさ。




