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王都へ 6

登場人物紹介

 パトロ……ブロンズ商会ルンカト支店長。世間的にはエリート。

 白い円形の石で形造られた噴水のモニュメントの周りに、芝生と石畳が交互に敷かれた中層広場は、下層とは打って変わって静かな雰囲気に包まれている。

 噴水は実際に水を吐き出してはいないが、澄んだ水を湛えた池が光を反射しキラキラと輝く。


 開放的な間取りの店舗が広場を囲み、この都市の豊かさを伝えてくる。

 教えられた目印を頼りにブロンズ商会の事務所を目指す。

 見習いの時からあったっけ、と懐かしい記憶を掘り起こす。



 広場の商業施設を上層に向かってやや進んだ場所に、ブロンズ商会の旗が立てられたレストランがあった。


 やっぱりこんなの15のときには無かったよな。

 この2階に事務所があるはずだ。


 レストランの横手にある階段を登ると、扉は開け放たれた状態で固定されていた。

 受付の後ろの壁に同じ旗が掛けられている。


「ようこそいらっしゃいませ。こちらはブロンズ商会ルンカト支店です」


 にこやかな顔で受付嬢が声を掛けてくる。

 持ったままで少しヨレてしまった書類を差し出す。


「こちらの募集依頼を受けてきました」

「お預かりいたします」


 サッと目を通した受付嬢が名前を聞いてきたので答えると、しばらくお待ちくださいませ、と言い残し衝立の向こう側へ消えていく。


 汚れひとつ無い壁紙に大陸の地図や時計が掛けられている。

 受付に備え付けられた羽ペンや受付台帳は見るからに高級そうだ。 


 馴染みのない空間に少しだけ緊張し、観葉植物などを見るともなしに見ていると、先程受付嬢が消えた衝立からパリッとした服装の男が出てきた。

 40歳くらいだろうか、清潔感あふれるその出で立ちは貴族のようだ。


「お待たせいたしました、ラスターさん。こちらへどうぞ」


 男の案内に従い奥へ入ると、先程の受付嬢がお茶を用意してくれているところだった。

 高級そうな革張りのソファーに案内され、男と正対して向き合う。


「どうぞ、お座りください」

「では私は失礼いたします。ごゆっくりどうぞ」


 机の上には俺が持ってきた書類と、銀で縁取られた陶磁のティーカップが2つ。

 あれ? まさか今から面接じゃないよね?


「この度は当方の依頼を受けて頂きありがとうございます。私はこのルンカト支店を任されておりますパトロと申します。ターゼントからご足労をおかけしまして申し訳ありませんでした」

「いえ、こちらとしても有り難いお話ですので」

「では早速ですが、募集に関する条件等でご不明な部分があればお伺いいたします」


 書類の募集要項の部分を俺の方に差し向ける。

 いや、不明なことだらけだが。

 一つ一つ確認していくしかないだろう。


「そうですね……ではまず、交易馬車の護衛の増員ということでしたが、具体的にどのような業務内容になるのか教えて頂きたいのですが」


「大変心苦しいのですが、私ではその質問にはお答え致しかねます。私は確かに人事等の決済を任されておりますが、現場でどのような業務をするのかについては詳しくお答えすることができません。今この場に現場に携わる者がおりませんので、申し訳ないのですが。しかしながら傭兵の一般的な護衛業務だと思って頂いて構いません。そちらに関してはラスターさんの方がお詳しいのでは」


 まあ、確かにそれもそうか。

 しかし俺は護衛に関してはほとんど未経験だぞ。


「わかりました。では日数に関してですが、まずこの業務開始日が近日というのと、期間未定というのは」

「開始日ですが、遅くとも明後日以降、そうですね、4日以内には開始になるかと。勿論それまでの滞在費や拘束報酬もお支払いさせて頂きますし、本日お越し頂いた分、ターゼントまでの帰りの交通費もお支払いさせて頂きます」


 そんな緩い好条件になるところからしておかしいんだけどな。


「期間につきましては、そちらに記載してありますように往復で3日間の見込みを立てております。ただこれは短くなる場合も長くなる場合もありますので、未定という記載も追加させて頂きました。日数についてご都合はいかがですか?」


 俺の日数の都合などどうでもいい。

 こういう依頼で、決められた期間を厳守してもらわなければ困る、などと言い出す傭兵がいると思っているのか。

 商人の契約とは違うのだ。 


 問題は、何故前後することがあるのかだ。

 交易馬車というのはかなり正確に決められた時間を守るのが普通だ。

 何らかのトラブルで前後することはあるといえど、ブロンズ商会クラスの馬車団が数時間ならまだしも、数日前後するなどあり得ない。


 少し考え込んだ俺を見て勘違いしたのか、


「期間が延長した場合は、勿論追加でその日数分報酬をお支払い致しますし、短縮された場合でも規定の報酬はお約束致します」


 そう言って来た。


「……報酬で、この追加報酬も場合によって有り、というのは」

「はい。何らかのトラブルがあった場合、ラスターさんがそのトラブル解決に大きく寄与した、と判断した場合にお支払いするものです。報酬額はそれがどの程度かによっても変わってきますが」


 これはいいだろう、問題ない。しかし、だ。


「随分と報酬面が良すぎる気がしますけど」

「我々としましても通常ここまでお支払いすることはありません。しかしながら、今回に限っては必要経費だと考えております。臨時とはいえ、運ぶと決めたならば赤字を出してでも、です。ブロンズ商会が扱うのは荷のみにあらず、信頼も扱っているのだ、とは初代が仰られていた我々の信念でもあります」


 それもまあ説得力が無いでもないが。

 しかし1日につき二万八千ジェルは破格としか言いようがない。

 戦闘業務でもない、通常の護衛業務ならば高くとも一万五千ジェルがいいところだろう。

 しかも他にも色々至れり尽くせりで、だ。


「まあ、内情を申し上げますとですね。ブロンズ商会の王都ルンカト間の交易馬車は王都発、ルンカト経由、王都行きなのです」


 少し困ったようにパトロが笑う。


「今までは全て王都の本店扱いで運行していたのです。しかし今回の臨時便は王都からの戻り便に頼れません。馬車もギリギリの数で稼動させておりますので。ですので今回我々ルンカト支店からの王都便は初の試みになるのです」


 パトロがお茶に口をつけたタイミングで俺もお茶をすする。

 念の為、事前に指から探知の魔力を飛ばして毒が入ったりしていないか調べてある。


「領主様たっての頼みとあれば、我々としては万が一にも失敗することは許されないのです。護衛しかり。本店が依頼する王都の傭兵団の方々は今回いません。ルンカト支店が仕立てた護衛に不備があり、その結果荷を失うことがあれば、それは我々が領主様からの信頼を失うということなのですよ」


 だいぶわかってきた。

 今回の交易馬車の臨時便はイレギュラーであり、しかも南部領主ネイハムの肝煎り。

 おそらくだが、ルンカト支店はこの初の試みを機に商売にも繋げるつもりなのかもしれない。

 杜撰と言っていい運行計画にも少し納得がいった。


「なるほど、何となくわかりました」

「私は馬車に着いて行って護衛などできませんから。私にできるのはこうして条件を整えることのみ、です」


 最悪、嫌なら受けるな、と突っぱねられるかと思っていたが、パトロは随分と腹を割って教えてくれた。

 おかげでスッキリ引き受けられそうだが、後一つ、一番の疑問が残っている。


「最後にお聞きしたいんですが。何故、俺なんです? これだけの条件ならこの都市にも引き受ける人間はいたはずです。わざわざ役場に依頼したり、回りくどい事までしたのは何故なんですか?」

「回りくどいかどうかは判断の相違だと思いますが、我々は正規の手続きに則って物事を行うのが普通です」


「我々はフディコエフの傭兵に関して、今回の件を依頼するには足りないものがあると思っております。そしてこの都市でフディコエフに属さない傭兵は、ほとんどが流れの方々であり、経歴や実力を審査できる方が少なかったという理由があります」

「でも、それなら俺もそうでは?」


 パトロが笑う。


「一番最初のご質問と同じで申し訳ありません。私にはお答え致しかねます。その答えは、ラスターさんを選んだコモーノからお聞き下さい」


 やはり、コモーノさんだったか。

 まだ解消されない疑問は残るが、今回王都にはコモーノさんも向かうらしく、この後会わせて貰えるようだ。

 そこで聞くしかないだろう。



 馬車団に随行する残りの護衛や今後のスケジュールを聞きながら、俺の何がコモーノさんの眼鏡に適ったのか、いくら考えても出ない答えを探し続けた。

ブロンズ商会

 レプゼント王国でその旗を古くから認められた老舗であり、最大規模の商会。とはいえ収支はともかく、政治的な抑圧もあった為王国を牛耳る程に展開はできていない。王都が本拠地。


傭兵業務

 雑多な依頼を引き受けるようになった現在、高額な報酬を得られるのは一部の戦闘業務のみ。依頼が安定しない一般傭兵が嫌われ、傭兵団に所属する人間が多いのもその為。


交易馬車護衛

 街道の安全はある程度王国によって保証されているが、荷を失った際の負担は自己責任。また、護衛なしの交易馬車が襲撃され被害を出した際は交易馬車の資格停止もある為、護衛はほぼ必須。王国が街道の安全保障に商人に自費を要求している形でもあるが、その分通行税や街道施設使用料は無料。

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