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絆の物語

 冬が過ぎて温かな気候の春。


 津ケ原透理は三年生へと進級し、学業に悪戦苦闘しながら高校最後の一年を過ごしていた。ルアと関わってから知り合ったウォルたちはもういない。聖羅も二カ月前に日本を発った。新任教師はいわゆる普通の先生で、生徒からの人気はイマイチ。


 自転車をいつもの森の入口に止めて、足場の悪い獣道を抜けていく――森の深い場所に開けた空間にボロい洋館が透理を迎えた。


「たっだいま! ルア、お腹空いた!」


 エントランスホールの右側の扉を元気よく押し開いて、透理の動きは止まった。


「え、えぇと……どちら様?」


 リビングのソファに浅く腰掛ける女性――長い銀髪と紫色の瞳。第三帝国の親衛隊のような服装。女性は透理にゆっくりと顔を向けて会釈をした。


「初めまして、津ケ原透理さん。私はシェルシェール・ラ・メゾン所属のAAランク統括――アレッタ・フォルトバインと申します。以前に約束した通り、ご両親のお話と我が組織の参加説明に参りました。ルアにはちょっと買い出しに出てもらっているので、その間に話しましょう」

「ど、どうも。津ケ原透理です」


 ルアの部屋にあったタイプライターを使って手紙を送った覚えがった。近いうちに直接お話をしましょうという最後の文を思い出す。とても若々しいのに、どこか達観して諦観しきっているような雰囲気を纏うアレッタ。


「と言っても、私が話せる事もないのですけどね。聞いているのでしょう? いいえ、視たのでしょう稲神聖羅の過去・・を」

「ど、どうして、知っているんだよ」

「ふふ、ここの草花が全てを教えてくれました」


 アレッタの言っている意味が分からなかったが、彼女も魔術師。きっと魔術による何かで見知ったのだと判断した。


 一拍置いてアレッタは脇に置いたカバンから三枚の書類を取り出した。


「こちら二枚が組織内規則です。所属魔術師には幾つかの枷を貸しますが、何かあった時には強大な後ろ盾として、その身を保障するという内容です」


 もう一枚の紙には承認証と書かれていた。所属する契約書は日本語で書かれていたので、透理でも簡単に内容を理解することが出来た。


「フリー魔術師としてやっていけるのは、聖羅やミラのように実力がある者だけ。これから先、魔術師として生きるのであれば、加盟をオススメしますが、どうしますか?」

「もちろん契約するよ。これで、ボクも正規の魔術師なんだよね?」

「契約完了です。では、透理さんには正規魔術師としてランクを授けます。所属時は全員Dランクから始まりますが、透理さんはルアの弟子で、その功績を称えてBランクを授けますね」


 透理から手渡された契約書の魔術媒体に視線を落としたアレッタは、小さく微笑んだ。


「魔術媒体は他人との絆、ですか。私はこれまで何百何千という魔術師を見てきましたが、他人との絆を媒体にする人は初めて見ました。あの二人の子供らしい、型に嵌まらない良い子のようですね」

「おい、私を置いて先に話を進めるな、アレッタ」

「ごめんなさい、ずっと透理さんにお会いできる日を楽しみにしていましたので」


 両手にスーパーの袋を引っ提げたルアが無表情で立っていた。ルアの姿を見れるだけで透理に笑みが生まれる――とても温かく表裏のない純粋な感情。ルアはその透理の笑みを見るのが好きだった。逸る気持ちも落ち着かせてくれる鎮静剤のような効果があったからだ。ずっと笑っていてほしい。だがそれも残り十三年間。


「ルア、おかえり!」

「ただいま。学校はどうだった。何か変った事や、楽しいことはあったか?」

「あはは、いつも通りだって。ルアこそ、浮気とかしていないよね? 後でキャストール達に聞くからね」

「私が他の女性に現を抜かすと思っているのか?」

「冗談だって! そんな悲しそうな顔しないでよ」


 表情が乏しいルアの僅かな仕草で、感情を読めるようになった透理。これが愛の力だ、と豪語した時のルアのポカンとした顔を思い出すだけで笑いがこみ上げてくる。二人のやり取りを静観していたアレッタが微笑ましそうに頬を薄桃色に染めた。


「ルアも異性に興味を持ってくれて安心しました」

「ねぇ、アレッタさん。アレッタさんは好きな人とかいないの?」

「私、ですか……いましたよ。とても尊敬し、愛した方が」

「へぇ、じゃあ付き合っていたり?」

「付き合ってはいませんでしたが、愛し合ってはいたと思います」


 言葉を濁しているような雰囲気を察した透理は、これ以上の追及は避けた方がいいと判断して言葉を切る。空気を読めるようになった自分を少しだけ誇らしく思いつつ、視線をルアに向けて引継ぎを訴えた。


「アレッタ、私は今後どう動けばいい?」

「とりあえずは、この館里市で当分の間は待機していてください。何かあれば追って報せます」


 そう言うとアレッタは席を立ち荷物をまとめ始めた。


「もう、帰っちゃうの?」

「はい。本拠地を長い間離れるわけにはいきませんからね。最後にいいですか、透理さん。お節介だと思われるかもしれませんが、大切な人との時間は何より大切にしてください」

「うん、そうするつもりだよ。ボクの残った時間はボクの仲間たちと楽しく過ごすつもりだから」


 迷いのない透理の真っ直ぐな瞳に頷いたアレッタは屋敷を出て行った。見た目は美しい孤高の花を連想させるが、とても優しく寂しい印象を受けた。


「ねぇ、ルア。アレッタさんってどんな魔術を使うの?」

「彼女は無限草花の魔術師の異名を持ち、この世に生息する草木や花を手繰る、恐ろしい魔術師だ。私の無限書架さえ容易に抑え込む怪物だ」

「……怪物?」


 その疑問に答えはしなかった。実力を考慮してそう喩えたのかもしれないと納得しておく。


「ルア、ちょっと付き合ってほしい場所があるんだけど、いいかな」

「ああ、何処へでも付いていこう」


 屋敷から徒歩で三十分くらいの場所――館里市街を見渡せる小高い山の上。館里城が建つ自慢の観光名所。夕焼けに染まる海と町の眺めが一番好きだった。一番好きな眺めを一番好きな人と一緒に眺められる幸せ。


 透理はそっとルアの手を握る。少し驚いたルアも、透理の小さな手を包み込むように握り返す。二人の体温が手掌越しに伝わり合う。


「どう、この景色」

「綺麗だな。とても」

「もうちょっと風情のあるセリフを言おうよ」

「む、では……キミの――透理のオニギリがまた食べたい」

「えっ!? 景色関係ないじゃん! まぁ、いいけどさ。うん、帰ったらいっぱい作ってあげるね」


 夕日が沈むまで二人は、橙色に照らされてキラキラと輝く町と海を眺め続けていた。この時間が永遠に続くと願いながら。


「ボクの物語は始まったばかりだよ」

こんばんは、上月です(*'▽')


完結しました。

次回作はもう少しストックが増えたら投稿し始めますので、またよろしくお願いいたします!


透理達の物語を読んでくださった読者の皆様、本当にありがとうございました。

ではまた、次回作でお会いしましょう

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