遅れたクリスマスパーティー
分厚い雲から雪が降り、館里の町を薄白く染めていた。
深い森にひっそりと建つ洋館の二階。津ケ原透理は自室から雪を見上げていた。階下から聞こえる賑やかな声はキャストールを初めとした悪魔達。そんな喧騒を耳にして小さく笑う。
「あはは、みんな元気だなぁ」
しみじみと今ある幸福を噛みしめる透理の冬休み――毎年クリスマスは一人寂しく、ボロいアパートの一室でバラエティー番組を眺めながら小さなカットケーキを味気なく食べていた。それが透理の日常だった。今は違う。一人で寂しくご飯を食べることも、誰にも挨拶することなく夢から覚める事もない。
数多くの仲間がいる――十三世界の悪魔、オキニウス、荻、聖羅、ウォル、ライナ、ルア。全員が裏社会に生きる者達。彼等との出会いは透理にとって大きな人生の分岐点だった。普通の日常を生きていたら、魔術師を志すことも、悪魔と契約することも、寿命が残り十三年になることも、そして、両親と話すこともなかった。
淡々とした平凡な日常を生きるより、時間は短くても楽しい人生を送りたいというのが透理の信条。だから、これで良かったのだ。過去と現在の生き方の違いから進むべき未来を考えていると、部屋がノックされた。
「おい、透理。クリスマスパーティーを始めるから降りてこい」
扉を開けたのは聖羅だった。
悪魔に乗り移られていたとはいえ、両親を殺した相手。だが、もうそんな事はどうでもよくなっていた。彼女が心から両親を愛してくれていて、両親もまた彼女を愛していたから。邪道を生きてきた彼女が、これからどのような人生を歩み出すのかは分からない。でも、今の聖羅であれば己の歩み方をしっかりと生きていけると思っていた。誰にも惑わされずに、己の正道を見つけられると。
「だいぶ遅れちゃってるクリスマスパーティーだよね」
「まぁ、色々とあったからだろうよ。こういうイベントに食らいつきそうなお前自身も忘れていたじゃないか」
「あはは、そうだね! あと数時間で新しい年が始まるし、お正月だよ? お年玉ちょうだい!」
「クク、明日を楽しみにしていろ」
この時の透理はまだ後悔をしていなかった。純粋に一万円のお年玉という軍資金を手に入れて、ちょっと都内に遊びにでも行こうと思っていたから。高ランク魔術師の金銭感覚を忘れていて、後にルアと聖羅合わせて、数千万近い札束を渡されて困惑する事となる。
聖羅に続いて階段を下り、リビングに足を踏み入れた――。
「――うわっ!?」
一斉に鳴らされるクラッカー。部屋中を舞う紙テープが透理を歓迎した。これは何事かと目を丸々とさせていると、ウォルが歩み出て、透理を真っ直ぐに見上げる。
「クリスマスパーティー。私達、トゥリと祝う」
「ボ、ボクと……」
先ほどまでこの屋敷には、ルア、聖羅、十三世界の悪魔、オキニウスしかいなかった。この二時間半の間に、ウォル、ライナ、荻、が駆けつけてクリスマスパーティーの準備をしてくれていた。立派なクリスマスツリーが部屋の中心にそびえ立ち、カラフルな電飾や雪を模した綿で飾られている。
「ありがとう! ボクも皆とクリスマスを祝いたい!」
「ふふん、先生たちが透理君とウォル君にプレゼントを買ってきているよ」
荻が指さす先には二か所に分かれたプレゼント。普段が無表情に近いウォルの頬も薄紅色に染まってる。誰かからこのようにプレゼントをもらうのが初めてなのだろう。彼女も裏世界で得物を振るって生きていたから、パーティーというのには無縁だったのかもしれない。透理はウォルの両手を握って万歳させた。
「と、トゥリ……?」
「喜ぼうよ! こんな楽しい日はそうは無いんだし、ねっ」
笑いと優しさに包まれている洋館。
「透理、キミには感謝してもしきれない。歪みを消滅させ、私の師を取り戻してくれた。本当に、ありがとう」
真面目な表情で手を差し出すルアの手を小さく払って、爆発させた感情を体現させたように強く抱きしめた。暖かな体温。ちゃんと生きている鼓動を感じる。ルアも透理の背に腕を回して受け入れた。
「ルア……ううん、ルア師匠。これからもボクの魔術師としての指導、よろしくね」
「キミはすでに私を超えている……が、そうだな。まだ色々と教えたいこともある。こちらこそ、よろしく頼む」
「はいはい、ここまでにしておけ。独身者には毒だ。クク、荻やライナを見てみろ」
魂が抜けたように呆然と立ち尽くす大人たち。聖羅の表情もどこかひきつっていた。ウォルは一人、小首を傾げている。
「私も、店長と結婚、する」
とどめの一撃とは惨たらしく三人の胸を抉り出した。
「ははは! ウォルは店長と一緒になるんだ。じゃあ、ボクもルアと一緒になりたいな」
「やめておいた方がいい。私ももういい歳だ」
「いいんだもん! ルアがいいんだもん!」
「そ、そうか……私がいいのか」
透理の見えないところで勝ち誇った顔を独身者三名に向けた。荻、ライナ、聖羅の笑みが凍り付く。それは悪鬼の類。異形や悪魔さえ逃げ出してしまうような底冷えした表情。その恨みがましい空気を払ったのはオキニウスだった。
「我の作ったチャーハンと、早朝から狩りに出て捕まえた鳥が冷める」
可愛いピンク色の前掛けをした悪魔が腕組みをしている。これはとてもおかしな光景で、十三世界の悪魔と対等な異界の悪魔が、人の為に腕を振るって料理をしたのだ。そして、オキニウスの言葉を継いだのがキャストール。
「主らは、ワシ等をこき使うだけ使っておいて、飯をいつまで待たせるつもりじゃ! 従順な犬猫とて、空腹には勝てぬぞ!」
そんな我慢の限界を訴える悪魔達に、年内最後の日は始まった。
こんばんは、上月です(*'▽')
残り二話で完結します!
次回の投稿は明日の23時から24時を予定しております。




