2002年4月 SIDE TOOKO
昨日の約束を覚えているか確かめたくて、けれど、結果を知るのが怖くて、あたしはさくやにメールする勢いをつけるために先に斗亜さんにメールした。その時の時刻が既に二十時過ぎ。今から海になんて行けるはずもない。
『昨日はありがとうございました。とーこ、さくやさんにメールしたらウザいと思われると思いますか?』
送信してから三分もたたないうちに返信が来る。
『瞳呼へ。そんなこと桜夜に聞けよ。少なくとも、桜夜はそんなヤツじゃないけどな。』
斗亜さんなりに背中を押してくれているんだって勝手に解釈して、あたしはさくやへのメールを作成する。
昨日の約束には触れないでおこう。確かめて傷付くのは自分なんだから。
『昨日はありがとう。お話聞けて楽しかったよ。また、さくやとお話したいな。』
何度も短いメールを読み直して、唇をかみしめて、右手で勇気の握り拳を作って、震える指でメールを送信した。
返信が来なくたっていい。自分の思いは伝えられたんだから。けれど、送信したそばから携帯の画面がメール受信を告げないかとドキドキしている。
でも、五分経っても十分経っても返信は来なくて、あたしは微苦笑した。
やっぱり、昨日、覚えていてくれたのは賭けがあったからなんだ。本当に酔ったら全部忘れてしまう人なんんだ。あの甘い言葉も、痺れるような抱擁も、タバコの味がするキスも、さくやにとっては「何度もあるオンナとの夜」の一部に過ぎなかったんだ。
彼女がいるのを判っていて好きになったんだから、こんな日は遅からず来ることは予感していたんだし、さくやを好きって思ったのだってきっと忘れられる。
「ひよりちゃん。とーこ、本当にさくやが好きだったんだよ。」
お部屋に入ってきてじっとしている飼っている猫のひよりちゃんに話しかけている自分が泣いてるなんてその時は気付かなかった。ただ、目頭が熱くて息が上手く吸えない。
携帯の画面に涙が落ちて初めてあたしは、さくやとの出会いと一緒にいた短い時間が本当に大切で泣くほど失いたくなかったんだと気付いた。
ひよりちゃんが傍に来て、流れる涙をなめてくれる。
「ダメだ。泣き止まなくちゃ。」
言ってティッシュを取ろうと立ち上がった時に、メールの受信音が鳴った。
ビックリして、涙も息も止まる。でもきっと、このメールはさくやからじゃない。いったん気持ちを落ち着かせようと、本来の目的のティッシュを取って、涙を拭いて、ため息ついて携帯を持つ。ボタンをいくつか操作して受信メールを見る画面まで行って、あたしは固まった。
「さくやだ。」言葉にして言わないと、もしこれが夢だったら覚めてしまいそうで、何度も画面を見返す。でも、さくやからメールが来たからといって期待しちゃいけない。『もう、お前とは話したくない。』って内容のメール化もしれないんだから。
さっきさくやにメールを送信した時よりも震える指で、メールを、開く。
『返信遅くなって悪い。疲れて寝てた。』
「疲れて寝てた。」という言葉は「忘れてた。」より、余程優しい。
『身体、大丈夫?』
まずは、さくやの身体が心配だった。海の事なんてどうでもいい。さくやが身体を壊してしまったら、逢うことすら出来なくなってしまう。
『大丈夫だ。海は今度な。』
さくやは酔った勢いの約束でも二度も覚えてくれていた。それだけで十分だ。あたしはそのメールを保存して、何度も何度も読み返す。
『今度があるの?』
恐る恐るした返信に今度はすぐメールが返ってくる。
『俺はお前に逢いたいけど?』
反則だ。さっきまで返信が来なかったらさくやを忘れられるって自分に嘘を吐いた。
でも、そんなこと有り得ない。あたしはもうさくやが「大好き」なんだから。
『あたしも、さくやに逢いたい。』
とうとう、あたしの感情の蓋は開いてしまったようだ。
でも、あたしが人を好きになると一直線になりすぎて他が見えなくなる。本当は良くない傾向なんだと思う。
ただ……今回の「好き」はいつもと違う気がする。こんな「好き」のなり方は初めてだ。
この「好き」はあたし一人の」ものではない。
きれいごとかもしれないけれど、あたしがさくやを「好き」な気持ちは、さくやの「幸せ」を祈る気持ちなんだ。
もし、さくやが彼女といることが幸せと思えるなら、今なら、今であれば、きっと笑って送り出せる。だってさくやが「幸せ」ならあたしも「幸せ」になれるだろうから。
そのくらいさくやのことが「大好き」だった。
メールのやり取りをしながら、改めてどんなに好きか思い知る。たった二日逢っただけの人。
しかも、その大半は酔っぱらってた人。
本性なんて本当は知らない。
けれど、知ってることも沢山ある。
「普通」って言いながら、してくれる優しい行動の数々。ふと見せる甘くて穏やかな顔。欲しい時にくれる心を温めてくれる言葉。
さくやはあたしを幸せにしてくれる天才だと思った。




