2002年4月 SIDE SAKUYA
気付いた時の天井には見覚えがあった。今日は妹の家のソファで寝てしまったらしい。
飲み歩いて、寝ないで仕事に行って、夜になればまた飲んでって生活を送っていると、今何時で、どういう状況に置かれているかっていう認識が曖昧になる。
携帯の画面で時間を確認しようとしたら、メールを何件か受信していることを示すランプが光っていた。
こんな時、少なくとも一か月前だったら、実紗からのメールかもしれないとワクワクした。でも、今はそんな期待すら出来ない。
どうせ、また飲みに誘うオンナたちからのメールだろうと、受信BOXの画面を眺めていると、一件だけ名前が目に飛び込んできた。
『瞳呼』
そういえば出会って二日。今までメールのやり取りをしたことはなかった。どんなメールをよこすのか、ちょっとだけ興味があった。
『昨日はありがとう。お話聞けて楽しかったよ。また、さくやとお話したいな。』
着信時間を見たら、もう一時間も前だった。ヤバい。急いで返信しようとして記憶の端っこがさわさわと音を立てた。
「あれ。何だっけ?」
言葉に出して言わないとそのカケラを取り落としてしまいそうで、気持ち悪いと判っていながらも独り言を言ってしまう。
「さっく。どうしたの?」
まだ幼い甥っ子が俺の独り言に反応しておもちゃを持ってキラキラした瞳で見つめてくる。
遊んでもらえると勘違いしたようだ。
「何でもないよ。一人で遊んでて。」
期待外れだ、と大きく顔に書いてあるんじゃないかと思うくらい落胆して頬を膨らます可愛い甥っ子に「後で、遊ぼうな。」言ってやると、喜んでおもちゃを持って走り出した。
「さっく。」
声に反応する前に投げられたビーチボールを片手で受け取って投げ返す。
「後でって言ったべ。」
もう一度、自分に向かってきたビーチボールが記憶のカケラをつかんだ。
「海、だ。」
そうだ。とーこに「海に行こう。」って確かに自分が言った。
「風弥、ありがと。」
携帯片手に、風弥を抱き締める。「なーんーだーよ!」腕の中でジタバタする彼の頭をぐしゃぐしゃに撫でてから、ソファへと戻ってとーこにメールを返信しようとした。
今から、海に行こうと思えば行ける。何なら深夜に行ったっていい。
けれど常識的に考えたら、夜飯食って、風呂入って寝る時間だ。そしてとーこは、きっとそういう常識的な生活をしているんだろう。
一昨日、昨日と連続で逢ってるんだし、そう急ぐことはない。それに実紗とは違って、どうしても今日じゃなきゃ嫌だと駄々をこねるようなオンナでもないだろう。
酔った勢いでひっかけたオンナなんてみんな同じだと思っていたけれど、とーこは何か違う。
とーことの関係を大切にしたいと思っている自分がここにいる。
また、逢いたいと願ってる。
けれど、そんなこと、周囲に悟られてはいけない。俺には実紗がいるのだから。
なるべくそっけなく、メールを返したつもりだった。
けれど、とーこからの返信にうっかり本心が出てしまった。送信してからちょっと後悔した俺の目に飛び込んできたのは『あたしも、さくやに逢いたい。』甘い誘惑だった。
今からだって逢いに行ったっていい。そこまで思ってから、俺はふと冷静になった。
なんなんだ。この気持ちは。
俺には実紗がいる。実紗を愛してる。何人ものオンナと遊んだが、実紗以外のオンナに興味を持ったことも、ましてや自分から誘ったこともない。
とーこだって、その何人かいるオンナの一人のはずだ。
多分、自分は淋しいんだ。最近、実紗と逢えてないから、その欲求不満を解消しようとしているだけなんだ。
そう自分を納得させながらも、とーことのメールのやり取りが楽しいと思えてる自分がいた。
なんで、こんなにとーこに興味がわくのか判らない。
それは、あの黒くて潤んだ瞳のせいなのか、話を聞いてくれる穏やかな態度からなのか、俺の心の誰も触ったことのない部分に優しく触れてくれるからなのか、今までに言われたこともない言葉を言ってくれるからなのか。
だから、逢いたいと思う。実紗がいない空白をとーこで埋めたいと思う。
今までは誰でも良かった。けど、今は、とーこじゃなきゃダメなんだ。
代わりにしている俺は最悪だ。そんなコト判ってる。
とーこを利用してる。とーこが俺に好意を持ってくれているのはこのたった二日で痛いほど判っていた。
だから、どうした。
これまで、こんなコト何回もしてきた。利用したオンナなんて両手で数えきれない。
ただ……。とーことは本当に遊びでいいのか悩む自分がいた。
それは、とーこに癒されたから。とーこが俺の荒んだ心を温めてくれたから。
こんなことは初めてだ。
どうしたらいいんだ、俺。
考えるのが面倒で、結局、本能の赴くまま行動することにした。




