四
大ババ様はどっしりと腰をすえ、目を血走らせるアフロディーテを見つめる。
彼女が伝説になったのは、いまから四百年ほど前のことだ。
もちろん魔女の里の生き字引である大ババ様といえども、実際に見てきたわけではなく、幼き頃からきかされた話。
かつては魔女も一般人としていたるところに住んでいた。中には当時栄えていた王国につかえた者もいたという。
それが王国に疫病がはやり、多くの人が命を落としたことで、魔女の運命がかわる。
「ようやくまともに魔法を使えるやつがでてきたねえ。平和ボケでまともな魔女はいないかと思ったよ」
獰猛に笑うアフロディーテの言葉に、大ババ様は鼻をならす。
「こっちに準備させる間もなく飛んできといてよくいうよ。人の楽しみ奪いやがって」
「アタシから自由を奪ったのはお前らの先祖だろうが! 魔女狩りから助けてやったのはアタシなのに!」
叫んだアフロディーテが両手をかかげる。彼女の頭上に火の玉がしょうじ、見る間に大きくなっていく。
大ババ様の目には、それがアフロディーテの怒りの大きさに見えた。
魔女の里に伝えられている話に間違いがなければ、疫病をもたらしたという濡れ衣を着せられ、捕えられては処刑されていた魔女たちを救ったのは彼女だ。
「ふん、今も昔も頭に血がのぼりやすいヤツだね。ちょっとは頭冷やしな!」
大ババ様がパンと手を打つ。
渋い顔つきのゴリラの前に水球がうまれ、こちらも見る間におおきくなっていく。
アフロディーテが両腕を振り下ろすのと同時に、大ババ様が両手をつきだす。
ふたりの間で火と水がぶつかりあう。ジュオッっという音が里に響き渡り、一面を白い湯気が埋め尽くす。
「な、なにいまの! なま、また魔力の暴走!?」
「おっ、目を覚ましたか」
「ニコル、落ち着いて。大ババ様がアフロディーテと戦ってるの」
「でもここであのふたりの魔法合戦はちょっと危ないよね~。家が吹き飛んじゃうよ~」
「ああ、大ババ様もそう思ったみたいだぞ。広場の方に向かってる」
「なんで見えてんのよ、アンタは?」
湯気で視界がふさがれているにも関わらず、平然と大ババ様の動きを捉えるキーラに、ミオが呆れた声をあげ、ニコルは羨ましげな視線をキーラにむける。
「アタシは魔力で追うのが精一杯なのに……」
「その方が魔女としては立派だと思うよ~」
「どっちでもいいって。リーゼントも追いかけていったから、ボクらも行こうぜ」
四匹の小さな魔女が動き出した先には、集会などに用いられる広場がある。
巨体を揺らし一足先に広場に到着した大ババ様は、振り返ると飛行魔法で追いかけて来たアフロディーテを、悠然と待ちうける。
「ずいぶん素直についてきてくれたもんだねえ。周囲の制止を聞かずに王国の兵士を皆殺しにしたとは思えないほどだよ」
大ババ様はアゴをさすりつつ、地面に降りたったアフロディーテに声をかけた。
「ふん、久々の魔法戦だからね。周囲を気にされて中途半端に終わったらつまらないだろう?」
「お気遣いありがとよ。ついでにそのままワシの魔法でぶっ倒れておくれ!」
吠えると同時に両手を地面につく。アフロディーテの両脇の地面が盛り上がり、大きな獣の口のようになり彼女をかみ砕こうとする。しかし、アフロディーテが両手を左右に広げると、シャマとは比べものにならない暴風が吹き荒れ、土の獣を吹き飛ばしてしまう。
「平和ボケした魔女のわりにはやるじゃないのさ」
「四百年も封じ込められても改心せん、性悪魔女には負けないよ」
不敵に笑う伝説の魔女とゴリラの姿を、四匹の小さな魔女たちは少し離れたところで見守る。
ふたりはいたって真剣にやりあっているのだが、周囲から見るとなかなかシュールな絵面だ。
「魔法のレベルが違い過ぎて、加勢もできないわね」
「そうか? スキをつけばぶん殴れんじゃね?」
「じゃ、邪魔になっちゃうってば」
「わたし寝ててもいい?」
大ババ様の邪魔にならないように、住宅の陰に隠れながら見守っているが、キーラだけは、いますぐにでも飛び出したそうにうずうずしている。
彼女たちの存在を背後に感じつつ、大ババ様は舌打ちしたい気持ちを押さえていた。
伝説の魔女は、伊達に国ひとつを崩壊させてはいない。
なんとか互角に渡りあっているように見せてはいるが、実はギリギリだ。年齢的に長期戦は無理と魔力をありったけ込めて、強力な魔法を使ったというのに、アフロディーテはゆとりもって対処している。
「封印が弱まってたんだろうね。おまけに私としたことが甘く見ていたよ」
忌々しげに舌打ちする。
封印の管理が甘くなってたのは、当代の管理者である彼女の責任。
四百年も封印の小瓶の中で、アフロディーテが復活へむけて画策していることは予想してしかるべきだった。
しかもいまと昔では時代が違う。彼女への恐怖が薄れている現代では、掟として禁止事項にしておくだけではなく、子供たちにも洞窟に近づいてはいけない理由をきちんと話しておくべきだったかもしれない。もっとも、キーラはそれでもやらかしたかもしれないが。
「封印の中でも歳をとるように改良しないといけないね」
苦々しげに呟く。大ババ様はすでに齢百歳を超える老魔女。対して初めて相対する四百年前の伝説の魔女は、全盛期のままの姿を維持している。
なにか手をうたなければ、このまま押し切られるのは明白だ。
「やっぱり封印に頼るしかないね」
片手で牽制の火の玉を飛ばしつつ、人間の時よりもはるかに太くなった指で、封印の小瓶をつまむ。
四百年前、アフロディーテは魔女狩りをした王室や軍隊だけでなく、黙認した者たちも同罪と、殺戮の手を力のない国民にも伸ばした。
魔女狩りを逃れた魔女たちは彼女の暴走を止めるため、アフロディーテを殺すことではなく、封印する道を選んだ。それが長年彼女を封じ込めた洞窟の小瓶。手の中の小瓶はその改良バージョンだ。
アフロディーテを倒せずとも、封印して魔力を遮断してしまえば、変化の魔法は解けるだろう。
「はん。そんなものにはもう引っかからないよ。名前を呼んだところで返事なんてしてやるもんか」
アフロディーテも大ババ様の手の中の小瓶に気が付いているようで、火の玉を突風でかき消す。
「そんなのわかってるよ。いつまでも一発芸みたいな道具を使ってるわけないだろうが」
かつては名前を呼び、相手に返事させることで封印した魔法の小瓶。もしも封印がとければ二度とは使えないことは昔の魔女たちもわかっていた。だから先端を相手につけ名前を呼べば封印できる小瓶を、百年かけて一本ずつ作りあげて来たのだ。本当はもう一本あったが、どこかのおてんば娘が大ババ様の家に忍び込んだ時に割ってしまっている。
「そもそも何もしてない私らを追い詰めたのは、王国の連中じゃないか。私はケジメをつけただけ。事情も知らないくせに、封印してこようとしてんじゃないよ」
攻撃から口撃へと切り替えてきたアフロディーテに、大ババ様も応じる。
「キーラと同じ脳筋だね、あんたは。命を奪わずに封印なんて手間のかかることをしたんだ。あんたの事情とやらも里長にはしっかりと受け継がれているさ」
小瓶を持っている側の腕を、ほぐすようにグルングルンとまわす。
「国に抵抗するまではよかったさ。だが、アンタはやり過ぎた。奪わなくていい命まで奪ったんだからね」
腕の動きをとめた大ババ様が力強く地面を蹴り、アフロディーテとの距離を詰める。
「私のやったことが気に食わなかったなら、あのときに命を奪っとけばよかっただろうが。封印なんて中途半端なことをするから、子孫たちが動物にされちまうんだよ!」
迫りくるエプロンゴリラの迫力にも動じず、今度はアフロディーテが手を地面につける。ゴリラの眉間のシワがさらに深くなり、横に跳ぼうとするが、一瞬早くゴリラの足が地面に沈む。
「魔力も体力も続かないとみて、短期決戦での封印を狙ったんだろ。みえみえなんだよ」
つまらなそうに呟きながら、足を引き抜こうともがく大ババ様に歩み寄る。
大ババ様はとっさに小瓶を突きだすが、あえなく手首を掴まれた。振り払おうとするが、身体強化の魔法を使っているらしく、ゴリラのパワーをもってしてもピクリとも動かすことができない。
「だいたい見当がつく。小瓶を相手の身体につけて呪文を唱えるといったところだろ? 残念だったね、そんなことさせないよ」
アフロディーテは口元を歪め、小さく呪文を唱える。すると彼女が掴んでいる箇所から、大ババ様の身体が石化していく。
「大ババ様!」
彼女は小さく舌打ちすると、悲痛な声をあげた四匹を振り返る。
「封印の仕方はさっき教えた通りだよ。自分たちのケツは自分たちで拭きな」
不安な表情を浮かべながらも、彼女たちがうなずく。
「いいね、あたしたち里の魔女は家族だ。アンタらが死ぬことも、コイツを死なせるのも許さないよ。家族には反省する機会を与える。忘れんじゃないよ」
「ごちゃごちゃうるさい。あんなチビどもに私をどうにかできるわけないだろ。さっさと石になっちまいな」
不遜な態度のアフロディーテに、大ババ様は不敵に笑ってみせる。
「アンタは上出来だよ。恨みだのなんだの言いつつ、里の誰も死なせてないんだからね」
「裏切り者には、生き地獄を味あわせてやるって言ってんだよ!」
アフロディーテの叫びには耳を貸さず、まだ辛うじて動く指でサムズアップしてみせる。
そのまま笑顔で、石化裸エプロンゴリラと化した。




