五
大ババ様が石化され、残された小さな魔女たちが途端に騒がしくなる。
「お、大ババ様負けちゃったよ!」
「困ったね~」
「上等だよ、ボクたちでケリつけろってことだろ?」
「お願いだから少し黙って」
キーラが不服そうに唇を尖らせるが、ミオは相手にせず大ババ様に託された二本の小瓶を見つめた。
大ババ様がまともな魔法勝負を諦めた相手。四人で協力したところで勝てるわけがない。
となると大ババ様がやろうとしたように、この封印の小瓶に封じこめるのが最善。
ただそんなことは、アフロディーテも百も承知のはず。
「小瓶をいますぐ割れば、このまま見逃してやるよ。それで他のヤツらの面倒をみて生きるんだね」
アフロディーテが意地の悪い笑みを見せる。
こちらの思惑を見透かした言葉に苛立ちを覚えるが、冷静さをなくせば、ただでさえ低い勝算がさらに低くなってしまう。
「まさか瓶に封じるくらいなら、自分たちでもできると思ってんのかい? もしそれができるなら、このゴリラが手伝わせなかったわけがないじゃないか」
アフロディーテは石化した大ババ様を指さし、小さな魔女たちをバカにする。
突きつけられる容赦のない現実に、ミオはごくりと唾を呑む。
彼女の脳裏に、みんなと合流する前にいだいた不安と不満がよみがえる。
ミオは慌てて首を強く振った。続けて嫌な感情から逃れるように、幼馴染たちに向きなおる。
「みんなわかってるわね?」
「おう、あの性悪魔女をぶっ飛ばせばいいんだな!」
「ど、どうするの?」
「わたし寝てても大丈夫~?」
「バカなこと言ってんじゃないわよ! アイツをこの瓶に封じるの!」
ミオは目を吊り上げ、小瓶の一本をキーラに押しつける。
「先端をおしつけてアイツの名前を叫べばいいだけ」
「この瓶でぶん殴んのか」
「人の話をちゃんと聞いて! 私たちだけじゃなくて里のみんなの人生がかかってるのよ!」
「わ、わかってるよ」
いつも以上にピリピリしたミオに、いつもなら噛みつき返すキーラもまるでニコルのようにどもる。
「もう!、あと二年待てば街に行く許可もおりて、オシャレし放題だったのに、こんなことになるなんて!」
「なに諦めてんだよ。コイツぶっ飛ばして堂々と許可を貰おうぜ。車とか見てみたいもんが沢山あるかんな」
「ほ、本! 街には本が沢山あるって聞いてる。読んでみたい!」
「馬さえ眠りにつく伝説のクッションがあるんだって~。使ってみたいよね~」
魔女の里はアフロディーテが引き起こした事件から、基本的に外の世界とは距離を置いている。それでも十五歳になれば見分を広めるために、一度首都にでることを許される。
危機的状況にありながら、まだ見ぬ外の世界を夢見る四匹。
ミオは伝説の魔女を前でもいつもと変わらない自分たちに、呆れと安心感をいだきつつ、ため息をひとつ吐く。
「いくわよ、キーラ! ニコルとシャマは援護して!」
二匹がうなずくのを待たず、彼女はアフロディーテの右側にまわりこむ。キーラは事前に打ち合わせをしたかのように、左側へと走りだす。ニコルは恥ずかしそうにしながらも、お尻から眠りの香りを出し、シャマが風でアフロディーテへと運ぶ。
小動物の覚悟を決めた動きに、アフロディーテは動ずることもなく、その場から動かない。
「やれやれ大人しくコイツらの面倒をみて、生きていけばいいものを」
面倒そうに呟きながらも口端を吊り上げ、彼女は自身を中心に竜巻を巻き起こす。
四匹がシャマの魔法よりも、はるかに強い風に吹き飛ばされる。
アフロディーテは無様に転がったニコルを見て目じりがさがった。
「どうやら眠りの魔法じゃなくて、眠りの効果を持つ香りを魔力で生み出してるようだねえ」
楽しそうな声をあげ、ゆっくりとシマスカンクに歩み寄る。
「私の魔法障壁を通過させる魔力には驚いたけど、香りを飛ばしてしまえばなんてことはない。だが念には念をだ」
気をつけるのは、彼女の想像以上の魔力をもっていたニコルのみ。
アフロディーテは大ババ様に続いて彼女も石化させようと手を伸ばした。
露骨にむけられた悪意に、ニコルは動けず、その場で震える。
細く鋭い指がその首にかかろうとした瞬間、これまで以上に目つきが鋭くなったアフロディーテが、大きく後方へ飛びのく。
「あれ、バレた」
彼女が立っていた地面から、小瓶の先端が顔をだしていた。遅れてキーラも顔をだす。
吹き飛ばされた先から、掘り進めたものらしい。普通のヨツユビハリネズミでは、短時間でここまで掘削するのは無理だろうが、身体強化された彼女なら容易。
「身体強化の魔法を使ってんのに、出し抜けると思ってんじゃないよ」
伝説の魔女は、小ばかにしたようにキーラを見おろす。
「だったら正面から叩き潰してやる」
鼻を鳴らしたキーラは穴から飛び出すと、目にもとまらぬ速さでアフロディーテとの距離を詰める。だが素早く動いてもヨツユビハリネズミ。軽すぎた。
アフロディーテが軽く手を振る。疾風がキーラだけでなく、ニコルもまとめて遠くへと弾き飛ばした。その様子を嘲笑おうとアフロディーテの口角が吊り上がりかけるが、一瞬で表情がこわばり慌てて首を傾ける。彼女の顔の横を、小瓶が通り抜けた。
「切り札をぶん投げた?」
驚き振り向いた彼女の度胆がさらに抜かれる。目を閉じ集中するミオの周囲に沢山の小瓶が浮かんでいた。彼女たちが持っていた封印の小瓶は二本だったはずなのに。
あんぐりと口を開けたアフロディーテだが、すぐに気を取り直したように首を横に振る。
「水の魔法で作ったダミーか。姿が見えないが、飛ばしたのは鳥娘だね。だが、あの娘程度の風じゃ……」
落ちつきを取り戻した彼女が、慌てた様子で再び飛び上がる。地中に再びキーラの魔力を感じたからだ。
そんなアフロディーテめがけて、ミオが水で作りあげシャマが風で操る小瓶の群れが襲いかかる。
宙に浮いたまま、アフロディーテは小瓶の群れに手をかざす。激しい風に晒され小瓶の群れは形を失い、雨となって地面に降り注ぐ。
「スキありーっ!」
「そんなものあるかい」
アフロディーテのローブから糸が伸び、小瓶を持って飛び上がったキーラを搦めとる。同時にアフロディーテは片手を高々と上げ、小瓶をくわえ高速落下してきたシマエナガを掴みとった。彼女が手に力を込めると、シャマは苦しげにうめき声をもらし小瓶をはなしてしまう。必死で風で操ろうとするが上手くはいかず、ゆらゆら揺れながら地面に落ちた小瓶があっけなく割れた。
「アタシを出し抜けるわけがないじゃないか」
冷たく言い放つと、シャマを地面めがけて投げつける。
彼女が地面に叩きつけられる寸前、走り込んだミオがその背で受け止めた。
「ほら、お前も行ってきな」
糸に搦めとられたキーラが振りあげられる。
「クソがっ! ニコル受けとれ!」
ニコルめがけて小瓶を投げたキーラの体が、地面へと投げ落とされる。そこはシャマを庇ったミオの真上。
「シャマ、曲げろーっ!」
キーラの叫びに応じてミオの上でシャマが顔をあげる。勢いよく突っこんでくるハリネズミが、彼女の頬をかすめ地面にめりこむ。
「まだ終わるんじゃないわよ、このおバカ」
四肢を踏ん張り、なんとか立ち上がったミオは、キーラの埋まった穴にちらりとだけ目をやり、シャマを乗せたままニコルの元へとむかう。
「ニコル! それが最後の一個よ!」
「わ、わかってる!」
ミオの叱咤に、彼女はなんとか受け取った小瓶を守るように前脚でしっかり包み込む。
まだ抵抗する意思を見せる彼女たちに、アフロディーテは深くため息をつき地面に降り立つ。
「これ以上は時間も魔力ももったいないね。遊びはお終いにするか」
彼女の最後通告に、振り向いたミオは息を呑む。それでも前脚で自身の顔をパンと挟み込んだ。髭がプルンと震える。
髭の震えがやむと彼女の周囲に無数の水の玉が浮かび上がり小瓶の形をなした。
アフロディーテは小瓶の群れをにらみつける。
「またそれかい? 学習能力のない娘だね」
なんと言われようとミオに迷いはない。
彼女にできるのはこれだけ。あとは十三年間ともに歩んだ幼馴染たちに任せるだけ。
「頼んだわよ、シャマ、ニコル!」
「は~い」
緊迫した状況でも、のんびりとしたシャマの返事に思わず口元が綻ぶ。
ニコルの返事はないが、彼女なら大丈夫という確信がミオにはある。臆病なところはあっても、彼女がミオの期待に応えなかったことなどない。
それに……。
「決める時は決めなさいよ、このおバカ!」
生まれてから一番ケンカしてきた相手への心からの叱咤。
四人はできることも違えば性格もバラバラ。生まれながらの不協和音。
それでも、ずっと一緒にやってきた。
いまではこれが当たり前。不協和音だからこその完全調和。
「それいけ~」
シャマが翼をめいっぱいひろげ、水の小瓶の群れに、先程までニコルが持っていた小瓶を混ぜ、次々に伝説の魔女へと打ちだす。
「無駄だって言ってんだろうが」
アフロディーテは右手を飛んでくる小瓶の群れにかざすが、視線は足元へと注がれる。
彼女はまたもや後方に飛ぶと、しゃがみこみ地面に手をつく。
「地面の中なら、安全だとでも思ってんのかい? 」
土の剣山が何本も突き出して水の小瓶を下から撃墜していく。その剣山の一本にヨツユビハリネズミが突きあげられていた。
「キーラ!」
ミオの悲痛な叫びに、ぐったりとしていたキーラの顔が持ちあがる。彼女の鼻がひくひくと動いた。嗅ぎ慣れた友人の香りに、うつろだったキーラの瞳に光がもどる。
「うがーっ!」
咆哮と共に剣山を足場にキーラが跳ぶ。跳んだ先には今まさに小瓶の一本を撃墜しようと突き出た剣山があった。
「うりゃ!」
気合一閃。小さな拳が剣山の先端を打ち砕く。
危機を回避した小瓶が、かがんでいたアフロディーテに襲いかかった。
「ちぃっ」
舌打ちしながらも辛うじて顔の前で小瓶を掴みとる。形が崩れないところをみると、これが本物で間違いない。
「アフロディーテ!」
ミオがとっさに叫んだが、アフロディーテが掴んだのは小瓶の側面。先端でなければ、封印の魔法は発動しない。
「ふにゃ~!」
シャマが珍しく気合の入った声を上げ、ミオの頭の上で激しく翼をはためかせた。
彼女の魔力がすべて込められた風が、アフロディーテの掴んだ小瓶の底にぶつかり、強引に小瓶を押し込もうとする。
「小娘どもが悪足掻きすんじゃないよ」
小瓶を掴んだ手に力と魔力がこめられ、甲高い音をたてて小瓶がわれた。
ミオとシャマの顔が引きつる。
希望すら握りつぶしたアフロディーテの拳が力強く握りしめ……られなかった。
彼女の手を白と黒の毛皮が押し広げる。アフロディーテの目の前にシマスカンクの可愛いお尻が現れた。
「はあ?」
「ニコル、歯ぁ食いしばれ!」
「うきゃ!」
戸惑うアフロディーテを尻目に、華麗に跳んだボロボロのキーラが、短い後ろ足でニコルの額を蹴り飛ばす。
シマスカンクがアフロディーテの手からすっぽりと抜け、彼女の鼻にニコルの可愛いお尻が押しつけられた。
フローラルな香りがアフロディーテの鼻腔をくすぐり、彼女の身体をニコルの魔法が駆け巡る。
「油断……したねえ」
前回とは違い直接魔法を叩きこまれ、伝説にさえなった魔女は、口元をほんの少し持ち上げ、深い眠りに落ち、その場に崩れ落ちた。
瞬間、四匹の小さな魔女が四人の子供の魔女へと戻る。
「満足そうな顔で寝てんじゃないよ。アフロディーテ」
倒れたアフロディーテに、いつの間にかエプロンをしたいかつい顔の老婆が歩み寄り、小瓶の先端を彼女につけていた。
とたんにアフロディーテが小瓶の中へと吸い込まれていく。
複雑そうな表情で小瓶を持つ大ババ様のエプロンが、クイクイと引っ張られた。彼女が目をやると、キーラが不思議そうな表情を浮かべる。
「あの人って本当に悪い魔女なの? なんか大ババ様に稽古つけてもらってるみたいな感じした」
キーラの感じたことは、おさらくあたりだろうと大ババ様は思う。
四百年分の怒りをぶつけてはいたが、明確な殺意をかんじなかった。
動物にしたり石にしたりと、とんでもない変化の魔法ではある。だが、魔力の繋がりが切れた時点で解除されるのは、ずいぶんと甘い仕様だと言わざるを得ない。
大ババ様の瞳が不安にゆれる。アフロディーテとキーラは、感情で突っ走る似た者同士。
伝説の魔女のしたことは、許されることではない。
だが彼女が動いたのは、同じ魔女たちを救いたいという強い感情だった。
また魔女狩りが起きれば、アフロディーテと同様に直情的なキーラも、彼女のようになる未来があるのかも知れない。
「バカじゃないの? 危うくみんな一生動物のままだったのよ」
「なんだと!」
「ミ、ミオちゃん。バ、バカは言い過ぎだよ! せ、せめて小バカくらいにしたほうが……」
「そろそろお昼寝しない?」
いや、やはりない。キーラには彼女たちがいる。
大ババ様は、人の姿に戻った里の魔女たちに、ローブを着せられている四人を見回し破顔した。
「言いつけを守らず封印を解いたのはお仕置きだが、自分たちで解決したのに免じて、明日にしといてやるよ」
「うげっ、大ババ様のお説教、無駄に長いんだよな」
「余計なこと言わないでよ。もっと長くなるでしょ」
「ダ、ダメだってふたりとも。大ババ様に聞こえてる!」
「大ババ様だけ変化の魔法とけてない?」
「ごちゃごちゃうるさいよ、小娘ども! それからシャマ! 元に戻ってるよ! 可愛い私に戻ってるよ! いい加減に目を覚ましな!」
いつも通りのとぼけたシャマの言葉に三人の幼馴染が笑い出す。顔を真っ赤にしていた大ババ様も、やがて吹き出し大笑い。
周囲を囲んでいた大人の魔女たちにも笑いの波は広がり、最後に不思議そうにしていたシャマもにっこりとほほ笑む。
大ババ様の手の中の小瓶も、つられたようにキラリと輝いた。
ここは深い森に隠れた魔女の里。
四分の一人前の魔女たちがすくすく育つ、心優しい魔女の里。
時には怒って喧嘩して、泣いて謝り仲直り。
不協和音な魔女たちは苦難乗り越え、今日も笑顔の完全調和。
2幕もだいたい2万字で書きます。今度は4人が街に飛び出し騒ぎをおこします。お待ちいただけると幸いです。




