三
四匹が魔女の里まであと数分ほどの距離まできた時だった。
「あの緑頭、どんだけ足速いんだよ! まったく追いつかねえぞ」
「ニコル、魔力は探知できる?」
「ア、アタシの探知魔法じゃ目の届くくらいの距離じゃないと。でも……」
「でもなんだよ?」
「え、えっとあの人の魔力の残滓みたいなのは近くにあるかも」
「残滓ってなによ?」
「たぶん目の前にいる子のことじゃないかな~」
シャマの指摘にミオとニコルが急ブレーキをかける。
「なんなのよ、アレは!」
「つ、使い魔だよ! あの魔女さんの!」
四匹の小動物の前で鎌首をもたげたのは白い蛇。ただし、その体躯は四匹をまとめて丸呑みできるほど巨大なものだった。
大蛇がのそりと大口を開けたかと思うと、一気に彼女たちとの距離を詰める。
「ニコル、右に走って!」
ミオとニコルがふたてに分かれ左右から大蛇を迂回する。
「ミオちゃ~ん、そっち行ったよ~」
「もっと早く言って!」
後ろを振り返りもせず速度を限界まであげたミオと、吹き飛ばされないように彼女の赤毛に必死にしがみつくキーラの耳に、バクンという口が閉じる音が届く。
彼女らの後方には、巨大な白色の蛇が迫っていた。
「こんな蛇、召喚できるなんて反則じゃないの!」
「こんなの呼びだせるってことは、あのパーマディーテって本当に伝説の魔女なんだな」
「マリモディーテよ!」
キーラに誤ったツッコミをいれながらも、ミオは足をとめない。
初撃を外した大蛇は、すでに身体をくねらせながら追跡を再開してる。立ちどまってるヒマはなかった。
「ミオもっと急げ! アイツ早いぞ!」
「これで全速力よ!」
必死で走るミオを嘲笑うように、大蛇は草木をなぎ倒しながら彼女に迫る。
距離をつめた大蛇が再び大きく口を開いた。
「ミ、ミオちゃん!」
「あぶな~い」
ニコルとシャマの悲鳴があがる。
それに反応したのはキーラ。ミオの背中をトテトテ移動し尻尾を掴むと地面に降りて急ブレーキをかける。
その目に恐怖心はなく、闘志に燃えていた。
「うきゃ!」
「うおりゃぁぁぁぁ!」
大きくのけぞったミオの苦しげな声には耳を貸さず、キーラは後ろ足で器用に立つとその場で回転する。そのまま遠心力をつけてミオを投げ飛ばした。
彼女が弾丸のごとく道の先へと飛んでいく。
「覚えてなさいよーーーっ!」
森の向こうへと消えていくミオの捨て台詞を聞き、安心したように口角を持ち上げたキーラだったが、瞬間、大蛇に丸呑みにされる。
「キーラちゃん!」
「ニコルちゃん走って~。今度はこっち来るよ~」
シャマの声にニコルはとめかけた足を動かす。
大蛇もそれに反応し二匹を追いかけてくる。
しかし数メートル進んだところで、大蛇が突然のたうちまわった。驚いたニコルの足が今度こそ止まる。
「ど、どうしたのかな?」
「一番呑みこんじゃいけない子を、呑みこんじゃったね~」
シャマがいつも通りの、のんびりとした口調で断言する。幼馴染が呑みこまれても彼女は変わらない。はたしてこれは彼女の性格ゆえか、それとも生まれてからずっと一緒に過ごしてきた幼馴染を信じるがゆえか。
やがて動かなくなった大蛇が霧のように消え、残されたのは長く鋭い針の玉。
「死ぬかと思った!」
緊張をほどいたキーラが大きく息をつく。そそり立っていた背中の針も彼女の気持ちを表すように寝かせられていく。
「いきなり消えちゃったんだけど?」
「た、たぶんあの魔女さんが魔法で作りだしたんだと思う」
「それより今は急いだ方がいいよ~」
ふたりの会話を中断させたシャマが、風魔法で大蛇の体液でべっとりと汚れたキーラの身体をふわりと浮かせる。
「えっと浮かせたまま? ボクを乗せても、いまのニコルなら平気でしょ?
「え、えっと今のキーラちゃんはちょっと……」
「あとでミオちゃんに洗ってもらお~ね」
「……好きにしてくれ」
力なく四肢を投げ出したキーラを引きつれ、ニコルはミオが飛んでいった魔女の里の方角へと駆けだす。
一方、キーラに投げ飛ばされたミオは、一足先に彼女たちの住む魔女の里に戻ってきていた。
「まったくあのおバカ。投げるなら投げるで先に言いなさいよ! この身体じゃなかったら受け身もとれなかったわ。本当に考えなしに動くんだから!」
ひとりになったせいか、十三年間ずっと抱き続けてる幼馴染への不満が爆発する。考えなしに行動して問題を引き起こすキーラ。自分たちよりはるかに魔法の才能に恵まれてるくせに、臆病で先に進めないニコル。誰よりも冷静に行動できるくせにちっとも動かないシャマ。
ミオが率先してまとめ引っ張っていかないと、ろくなことにならない。貧乏くじを引くのはいつも彼女だ。
次から次へと湧いて出る不満。だがこれは不安の表れでもある。いつも一緒の三人がいない。それでも先に村の様子を見ないわけにいかない。
そんな不安にゆれる彼女の瞳に、とんでもない光景が飛び込んで来た。
「何よこれ……」
ミオは思わず後ろ足で立ち上がり愕然としてしまう。
里の中を牛、馬といった様々な草食動物が闊歩していたのだ。
「おやおや、折角見逃してやったのに追いかけてきちまったのかい?」
聞き覚えのある声が空から降ってきて、ミオはハッとし顔をあげる。
なだらかな三角屋根の上。腰を下ろしていたアフロディーテが彼女を見おろしていた。
コツメカワウソの赤毛が自然に逆立つ。怒りのためではない。恐怖の為だ。身体が震えだすのもとめられない。本能的に相手との力の差を感じとり、強がることさえできなかった。
「それにしても驚いたね。他の三人を囮に逃げて来たのかと思ったら、アタシの作ったオモチャの魔力が消えちまったよ」
楽しそうに目を細め立ち上がる。そのまま宙に身を投げるとふわりと地面に降り立つ。
「でも丁度良かった」
彼女の口角が意地悪く持ち上がる。
「里の連中が簡単に変化の魔法にかかっちまってね。これじゃあ王国の子孫どもを滅ぼす、準備運動にもなりゃしない」
アフロディーテが指を一本たてると、その先端に炎が生まれる。
「少しばかりアタシのリハビリにつきあいな。未熟とはいっても魔法のひとつやふたつ使えるんだろ? もちろん拒否権はないよ。かかってこないならコイツがどうなるかわかるね?」
言いつつのんびりと道草を食む青い鹿のような生き物の、首飾りのさげられたクビに手をかける。
青い鹿が逃れようともがき、苦しげにいななきをあげるのと同時だった。
「ママ!」
悲痛な叫びがミオの背後から響いたと思えば、彼女の横をシマスカンクが駆け抜けた。
ニコルだ。青い鹿のさげた首飾りは間違いなく彼女の母親のもの。そもそも姿が変えられても、身体の内の魔力は間違えようがない。
「ダメよ、ニコル! ひとりで突っこんじゃダメ!」
ミオがとっさに叫ぶがニコルは止まらず、彼女の横には転げ落ちたシャマとプカプカ浮いてるキーラが取り残される。
「そうかいそうかい。コイツはお前の母親かい。それじゃあこれからたっぷり苦しめてやらないとね」
アフロディーテが開いている手をニコルに向けると、彼女は見えない壁にぶつかりその場にしりもちをつく。
しかしすぐさまシッポを持ち上げお尻をアフロディーテにむけた。
「ママを離してーーーっ!」
お尻から青い光吹き出したかと思うと空気に溶け込むように消えていく。
「スカンクの分泌液かい? そんなものこの壁を通過したりは――」
嘲笑する彼女の身体がぐらりと揺れる。
たたらを踏んだアフロディーテの手が青いシカとなったニコルの母親の首から離れ、自身の顔を押さえる。
意識をしっかりさせようとしきりに首を振った
「まさか眠りの魔法? 私の魔法の壁を通過する程の魔力?」
先程の余裕の表情が消え失せ、力を使い果たしぐったりと地面に付しているニコルを、指の隙間から苦々しげににらみつける。
「小娘のくせに生意気な!」
咆哮をあげ青い鹿から手を放し、ニコルに掴みかかる。だがその手が彼女に届く前に、アフロディーテの四方の土が三角形の形に盛り上がりピラミッドとなって、彼女を封じ込めてしまった。自由を得た青い鹿は急いでその場を離れていく。
「ミオ、ニコルをこっちに引っ張ってきな! キーラとシャマも来るんだよ。早くおし。ニコルの魔法の効果はじきに切れる。そうなればあんな土壁足止めにもならないよ」
野太い声に三匹が弾かれたように振りむく。
そこにいたのはゴリラ。
エプロンをしたゴリラ。
「大ババ様!」
途中で小さな2匹が、ミオを手伝いニコルを大ババ様のもとまで運ぶ。
「大ババ様も意識を保ってるんですね!」
「なんで裸エプロン?」
「大ババ様あまり変わってないね~」
「いっぺんに喋るんじゃないよ、この悪ガキどもが! 人が風呂入ってる時に封印解きやがって。お蔭で着れるのがエプロンしかなくなったんだよ! あとでたっぷりとお仕置きしてやるからね。あとシャマ。可愛いアタシがゴリラになってんだから驚きな! この寝ぼすけが!」
まくしたてる大ババ様に、三匹は心から安心する。姿こそゴリラになってしまっていたが、他の里の魔女と違い、人としての意識を残している。さすがは齢百歳近い里一番の魔女。数多くの魔法を使いこなし、魔法の質も超一流。相手が伝説の魔女だとしても、少女たちの信頼は揺るがない。
「時間がないから手短にいうよ。封印の仕方は瓶の先を対象につけて対象の名前を唱えるだけでいい。アタシの持ってるものも含めて三本だけ。しっかりもってな」
そう言ってニコルを地面に寝かせたミオに二本の小瓶を渡す。その小瓶には見覚えがある。洞窟の魔方陣に置かれていたあの小瓶だ。
「アタシでなんとかするつもりだが、腐っても伝説だからね。念のためにキーラを洗って備えときな」
大ババ様の言葉を合図にするように、大きな音をたてて土のピラミッドが崩れ落ちる。
エプロンを身にまとったゴリラは、目を血走らせた伝説の魔女と正面から向きあった。




