第96話「森での出来事」
風呂を出て、ダヴァン特製のお昼ご飯を三人で食べた。
本当の意味で慣れ親しんだ味である。
少々早く食べてしまったが、この時は誰も作法を注意することはしなかった。
その後三人はセクドの仕事部屋に向かった。
「一ヶ月弱……何があったか改めて教えて欲しい」
サラティスはまず、トスタトタタンに攫われたことを話した。
着地の手段は暈した。
そして、次は悩みに悩んだ。
ディスサルの素性である。
稀少な種族であること、人間を探していること。
サラティスのことを信用して、個人的事情を明かしてくれたと思っている。
なので、全て話すことは憚れる。
怪我した魔族と出会った。
治したお礼として森を出るのを手伝ってくれることになったとだけ暈して伝えた。
それから、ニャニャント族との出会い。
仲良くなり、鞄や服などを貰い、友好の証を貰った。
その後ヘルゥトス族と出会い、歓迎を受けた。
魔族との戦いはこれまた省いた。
そして、よく分からないが何かの魔法でヘイレーゼに飛ばされたと。
「サラティスの魔術の技術が優れていて本当に良かったよ」
「これがニャニャント族の手作り……王都で売られている高級品より質が良いかもしれないわ」
「鞄も耐久性あるようだしね。それにしても、森にも魔族は住んでるみたいだね」
「はい。森は誰のものでもない。だから、他の魔族と関わりたくない魔族が移って独自に暮らしているそうです」
「なるほど……」
セクドはふと、王との会話を思い出していた。
それだけの隣人がいるのなら、やはり仲良くするにこしたことはない。
「因みにサラティスの事は騎士達と、ケイト君しか知らない。フィーナ様から手紙が届いていたけど、魔獣が出てきて返事が遅れると伝えたよ」
余りにも不確定要素が多すぎた。
それに事故とはいえ、禁足地に踏み入ったことはできれば伏せておいたほうがいい。
「早く帰れてよかったです」
全てはディスサルのお陰である。
「サラティスには申し訳ないんだけど、一連の事は口外禁止にできるかい?」
「はい。聞いて森に行かれても大変でしょうし」
「そうだね」
「でも、私もニャニャント族に会ってみたかったわ」
「こちらに来れば会えるかもだけど、集落から出ないようだしね」
「そうね。いつかの楽しみに取っておくわ」
「そうだね。本当は助けて貰ったお礼をしたいけど、さすがにね」
サラティスも機会があればまた会いたい。
「それと、サラティス」
「何ですか?」
「剣を習う気はあるかい?」
「……」
セクドはいつになく真剣な表情だ。
「サラティスはきっと歴史に残るような魔術師になるかもしれない」
人のいない森の中で魔術のみで生存できるか。
大人ですら、無事でいれる保障はどこにもない。
それを五歳で成しえたのだ。
「こんな事は二度と起きて欲しくないけど、きっとサラティスはいろいろな事が起こると思うんだ」
良い事だけとは限らないだろう。
「その時、剣が使えれば魔術が使えない状況でも、生存率が上がる」
「……」
サラティスはしっかり、明確に断った。
「剣は遠慮します」
「……分かった。一応聞くけど、怖いからとかかい?」
「いいえ」
サラティスは少しだけ考え、言葉をまとめる。
「確かに、剣を習ったら選択肢が増えると思います。でも、私は剣に向いていません」
五歳児だからではない。
「剣だけではありません。槍だって弓もそうです。命懸けで訓練しても恐らく扱えるだけのレベルかと」
反射レベルで魔術を使う癖が沁みついてる。
そこを今更、武術を習得した所で、咄嗟に使うことが想像できない。
確実に魔術を選んでしまう。
「中途半端であるなら、選択肢が邪魔になると思います。なら、初めからない方がスムーズです。一瞬の迷いが命を落とす場面であるなら、猶更です」
「……」
セクドは言葉に詰まる。
練習が面倒臭いから、剣を扱うのが怖いから。
それなら容易に理解できる理由であった。
しかし、耳に入ってきたのは、まるで歴戦の兵のような矜持。
自身を知り、その場を冷静に見て最適解を出せるほど経験を積んだ熟練の。
「そっか。そこまでしっかり考えているなら、私から言うことはないよ」
魔術だけで生き残る。
幼い無謀な自信。
そうではないことは十二分に知っている。
サラティスがそう言うのなら、少なからずとも根拠があるからだろうし、そもそも森から生還を果たしている。
なら、剣を愛する身としては少し寂しいがここは諦めるべきである。
「あ、でも時々、強化魔術での素手の特訓はして欲しいかもです」
一応ネイシャは前衛ではないのだ。
最前線にはいたが、剣士のレクスルがいたのだ。
魔族相手に素手で格闘などそうそう、なかった。
だが、先の戦いを思い返すと意外と有効なことが分かった。
剣はともかく、格闘術ならある程度慣らしても、魔術と併用がしやすいので、今後役に立つ可能性がある。
「もちろんだよ。よし、着替え……ごほん、今度休みの時に試してみよう」
すぐさま試そうとしたが、アレシアを見て思い留まった。




