第45話「血濡れの聖女」
「ケイト!」
「うぅ!」
久しい。あまりにも懐かしい。
肉が刃物で斬られる音。
人の体が傷つき、大量に血が出る音。
人が死へと向かう、濃厚な匂い。
サラティスの目を、耳を、鼻を駆け巡る。
ケイトの左脇腹を剣が切り裂く。
ケイトは痛みのあまり気を失い床に倒れこんだ。
即死はしてないが、このまま放置すれば直ぐに死ぬ。
『プチン』
だろうか。
『ブチ』
だろうか。
サラティスの頭の中で確かにそんな音が聞こえたような気がした。
そしてサラティスは生まれて初めて激怒した。
サラティスは実に恵まれており、怒りを覚えることとは無縁の生活を送っていた。
「許しゃない!」
「目が」
「な、何だ」
「おい」
部屋の中が白くなった。
そして男たちは次々と困惑した悲鳴を上げた。
サラティスは光魔術を使った。
周りが見えなくなるほど、強烈な光をだ。
手を縛っていた縄を風魔術で断ち斬る。
サラティスは男に一瞬で近づき、体に触れる。
『バチッ』
「ぐあ!」
という音と共に男の体が跳ね上がり、そして倒れこむ。
連続して四回ほど同じ音が部屋に奏でられた。
五人の男達は気を失い動かない。
使ったのは雷魔術。
本来これは心肺停止している患者に使うために開発された魔術。
それをうまい具合に応用すると、人間程度なら簡単に気絶させることができるのだ。
水球を使い、窒息させて意識を奪うこともできるが、時間がかかりすぎるのでこちらを使った。
「ケイト、絶対に死にゃせましぇん」
すぐさまケイトの容体を確認し、回復魔術を使う。
傷口は一瞬で無くなり、綺麗な肌が露出しているだけになったがサラティスは焦っていた。
回復魔術で傷を治すことはできるが、失った血はどうしようもできない。
なので、血を大量に失った場合は速やかに輸血する必要がある。
サラティスの知る限りでは、血を生み出す魔術は存在しない。
使えないのだから、病院に行くしかない。
サラティスは立ち上がり男たちに近づく。
『ザシュ』
するどい風が斬る音がした。
そして、回復魔術を使う。
サラティスは気絶している男たちの右足をくるぶし辺りから、風魔術で斬り落とし、血が出る前に回復魔術で皮膚を治した。
これは八つ当たりなどではなく、明確な理由がある。
これから脱出する際に男達が目覚めたら、最悪挟み撃ちされる。
それを防ぐのに片足を斬り落とせば、自分たちの後を追ってくることは暫く叶わない。
サラティスはドアを蹴破る。
身体強化を最大限にしたサラティスの前でドアは開くどころか、番ごと破壊されドアは前の壁に叩きつけられる。
どうやらここは盗賊のアジトとして改造されているようだ。
左側は壁なので、右側の通路を向かう。
通路は直線ではなく曲がってばかりいるので先に何が待ち構えているかは、確認できない。
音を聞きつけたのか二人ほどの男がやってきた。
「ガキが外出てるぞ!」
大きな声で男が叫ぶ。
天井、つまりは一階で、どたどたと足音が聞こえだす。
こちらに向かっくるようだ。
『ドン』
「ぐえっ」
二人の男の体は唐突に宙に浮き壁に叩きつけられた。
木製の壁は勢いでへこんだ。
体はそのまま床に落ちる。
二人は叩きつけられた衝撃で気絶したようだった。
今使ったのは風魔術だ。風を塊にして男の体に叩きつけたのだ。
風魔術は敵を斬ることに使われがちだが、かなり応用がきく魔術である。
そして、室内で使うならまず風魔術だ。
火魔術は当然火事の危険性がある。
「おい、二人やられてるぞ」
「ガキ、何しやがった」
今度は男が三人ほどやってきた。
一人は風魔術で壁に叩きつける。
腹ではなく、顎にあたり顔が変形し、口から血を流しながら倒れた。
二人に対してはあえて風魔術を使わなかった。
「どきなしゃい!」
サラティスの言葉は二人には届いていなかった。
男二人からすれば仲間二人が倒れこんでいる現場に、少年を抱きかかえた少女が立っていた。
仲間の一人がふっとび驚いた瞬間、既に目の前に少女の姿はなかった。
ありえない。そう思った刹那二人の意識は闇へと静かに落ちていった。
サラティスは普段バレない程度に落としている身体強化魔術を最大限にした。
姿が消えたのではなく、目で追えない速度で二人足元に接近。
ジャンプして二人の顎を蹴り上げ、二人の体は放物線を描き床に落ちた。
二人は上着の下に金属製のアーマーを着ているのが見えた。
風魔術で装備ごとダメージを与えることも可能だが、通常より魔力を使うので接近戦に切り替えた。
「化け物だ!全員武器もってこい!」
二人が吹っ飛ぶのを後方から確認した追加の仲間が大声で叫ぶ。
そして、剣や短刀など武器を持って現れた。
が、逆に好都合ではある。
通路は大人三人が通れるほどのサイズではあるが、剣を振ることはできても十二分に振り回すことはできない。
武器を使うということは、仲間にも怪我させる危険性があるため同時に仕掛けられない。
一対一の繰り返しになる。
「じゃまくしゃいわね!」
戦闘に関しては深く深く、静かに冷徹にこなしているが、怒りは頂点に達していた。
大規模魔術で周辺を吹っ飛ばすことも可能性に入れるくらいには激高している。
防具をつけている相手には接近で蹴りを入れて倒す。
武器防具を整えている相手には躊躇なく風魔術で体の一部を斬り落とす。
腕が、首が、足が宙を彷徨い地に落ちる。
吹き出た血が壁、床、天井を綺麗に装飾していく。
サラティスの服は髪の毛と同じくらい紅く紅く染まっていた。
血濡れの聖女。
負傷者の血で真っ赤に染まり、血濡れの聖女と呼ばれるようになったとか。
それは事実であるが、真実ではない。
当時そう聖女を呼んだ人々は、怒り狂った聖女が敵陣につっこみ相手を殲滅し返り血で染まる姿に恐れを込めて血濡れの聖女と呼んだのであった。
後方から大規模な魔術を行使するのが定石だった戦場で、魔術師が最前線で味方を回復させ前線を維持しつつ、斬った張ったの大立ち回り。
この光景を一度でも目にした味方、降伏した敵は一同皆、聖女を怒らせないように細心の注意を払ったのであった。




