第44話「初めての誘拐」
普通の少女ならこの時点で、慌てふためき大声を出していただろう。
しかし、サラティスは動くことはせず視線だけを動かし、静かに周囲を観察する。
目の前には眠ったまま、同じく縛られているケイトの姿。
サラティスはほっとした。
恐らく自分達は誘拐されているのだろう。
誘拐の時点で犯人の目的が達成するまでは、殺されないことが確定したようなものだ。
なら、それまでに逃げればいい。
サラティスは周囲を伺い魔術の仕込みを始めた。
サラティスとして誘拐は初めてだが、ネイシャは誘拐を経験済みである。
あの時は誰が味方で誰が敵も分らない状態だったが、今は敵は誘拐犯。身内や騎士は味方。これが判明しているだけ今回は、楽だ。
暫くすると、獣牽車が止まった。
サラティスは寝たふりをする。
恐らく、ここはシンシアだと判断した。
リステッド領からバインド領に入る時と、バインド領からリステッド領に入る時は事情が違う。
親しい間柄ではあるが、当然別の領なので関所が設置されている。
リステッドは領地が隣接しているのがバインド領のみなので関所は一つだけである。
リステッド領からバインド領に入る時は簡単だが、バインド領からリステッドに入る時はそれなり身分を確認される。
何故差があるかというと、リステッド領はバインド領以外から人が入ることを想定していない。
何故なら北部は森で、空白地帯と王国の最北端であるため、リステッド領からくる場合、一度バインド領から入った人間なのだから。
港は港できちんと管理している。
つまり、関所を通ったのならこの異常事態に気づく可能性が高い。
サラティスは担がれ素直に運ばれる。
きちんと魔術は発動させた。
二人はどこかの地下の部屋に運び込まれた。
サラティスは寝たふりを続け、誘拐犯達を伺う。
部屋にドアは一つ。窓などはなく、部屋の明かりのみ。
机と椅子しか置かれてない。
そのうちの二つにケイト、サラティスが座らされている。
部屋には男が五人。
剣など武器を装備している。
サラティスは大枠を理解した。
この男たちは犯罪者である。誘拐しているのでもれなく全員犯罪者であるが、これが初めてではなく、犯罪で日々生き抜いているという意味での犯罪者たちだ。
仲間がまだ他にもいることのも分かった。
バインド家と何か取引をしようとしていることが聞こえてきた。
これだけの情報があれば簡単であった。
今朝、ガルヴァが言っていた盗賊の残党なのだろう。
なので誘拐の目的はケイト。サラティスはおまけだろう。
敵の状態が分かったので対策を考え始めた。
一番簡単なのは五人の男を殺して脱出することである。
因みに貴族を誘拐し捕まったら、まず死刑である。
この場合、サラティスが全員を殺めたとしても逃げるためであるし、何らかの罪に問われることはない。
政治的懸念は両家の関係性が非常に近く良好のため、まず発生しない。
不意をついて魔術を使えば恐らく全員対処可能である。
が、まだ他の仲間がどれくらいこの建物にいるかが分からないのと、ケイトがいるので慎重に行動する必要がある。
「うっ」
いろいろと思考している最中、どうやらケイトが目を覚ました。
「ようやく目覚めたか」
首、顔に傷跡があり、貫禄のある男がケイトに向かって剣を向ける。
「え?」
ケイトは剣を向けられているため、体を固まらせていたが大混乱していた。
「安心しろ。殺すつもりはねぇ。素直に言うこときくなら、帰してやる」
凍えるような声でケイトを脅す。
ケイトも貴族の男子である。
自身が何らかの目的で誘拐されたことを理解した。
大声を出したり、泣きわめくことなく恐怖を飲み込み静かに頷いた。
「お前に聞きてぇのは、お前の親父が手に入れた指輪のことだ」
「し、知らないよ」
「あ?」
『ダン』
男は机を拳で叩きつける。
「いいか?知らない訳ないだろ。机にしまったとか、金庫にしまったとか、くらいなら分るだろ?あの屋敷の中にあることはわかってんだ」
「で、でも」
ケイトは本当に何も知らされてなかった。
盗賊を捕まえた話は聞かされていた。
が、目的やどのような相手だったのかなどは聞いていない。
『ダン』
再度机を叩き、男は椅子から立ち上り、ケイトに剣を向ける。
剣を近づけ刃先はケイトの頬に触れる。
「動くなよ」
加減されているため、まだケイトは皮膚一つ怪我していない。
ケイトの目からとうとう涙が零れた。
目の前で子供が脅され泣いている様子を、ただ眺めることなどサラティスにはできなかった。
「貴方達、恥ずかしくないの」
「お?」
サラティスは椅子から立ち上がり男に近づく。
「リステッドのガキだろ?」
男は剣をケイトから離し、サラティスに向ける。
「そうです。貴方達と違い私はきちんと身の上をあかせます」
「んだと」
「おい、まだ殺すなよ。確かリステッドの領主は親バカって話だ。たんまり金をくれるはずだからよ」
サラティスの背後にいる男が注意する。
当然皆サラティス達より身長があるため声が上から降ってくる感じだ。
それもあり、ケイトの恐怖は増しているのだろう。
「今自首するなら、罪を軽くしてあげてくださいってかけあうけど?」
サラティスは知っている。
自分勝手に好き好んで自ら行う卑劣な者もいれば、生活に苦しんで仕方なく手を染める、誰かに脅されて仕方なく犯罪に加担する者など事情は様々であることを。
なので同じ罪でもその事情を考慮するべきだとサラティスは思っている。
現状、判断できないため交渉として妥協を提示してみた。
「なめてんのかガキが!」
恐怖や命乞いではなく、自首しろと諭される。
それがこんな子供にだ。バカにされている以外ないと男は激高した。
「短気な男はモテないって聞きましたよ」
シェリーからである。
ここでサラティスの想定外な事態になった。
そして咄嗟のことで対応ができなかった。
ケイトから自分に意識を集めるように発言していた。
が、ケイトが男を発揮したのだ。
「サラちゃんに手を出すな」
サラティスとケイトは手を後ろで縛られているが、それ以外は特に不自由はしていない。
ケイトはサラティスが斬られると思い、一世一代の勇気をふり絞り、剣を向けている男に体当たりした。
「痛て、糞ガキが!」
本能かどうかは判断つかないが、手を縛られている状態で相手を攻撃する手段は限られている。
ケイトは勢いのまま男の手に思い切り噛み付いた。
肉食魔獣と違い人間の歯は尖っていない。
赤ん坊が無邪気に噛み付く、愛情表現の一種で噛み付く。
人が人に噛み付くことなど余りに限定的すぎて想像は難しいが、実際人間が本気で噛み付くとかなり大怪我になる場合がある。
噛み痕ができるではなく、肉を嚙みち千切ってしまうことだってあるのだ。
男の手は噛み千切られはしなかったが、血がだらだら流れだした。
痛みと怒りで男は剣を振りかざした。




