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3章 白い男。

「私の名前は八谷夢寿はちやあんじゅ。18歳の高校3年生よ。俗に言う、JKと呼ばれる存在ね」

 頼んでもいないのに勝手に自己紹介を始める。

 別にJKを強調しなくてもいいと思うが。

「身長は161Cm。ちなみにCカップよ」

「あんたの胸のどこがCなんだ。どこからどう見たってまな板にしか見えな―――」

「殺すわよ?」

「―――いわけないよな。はは」

 冷や汗。

 本当の殺気というのを生まれて初めて感じた気がした。

「趣味は読書。右利きで乙女座のB型よ」

「あ、あのさ。自己紹介もいいんだけどさ。僕としてはさっきの話の続きを聞きたいんだけど」

「話の続きって?」

「あんたが死んだとかどうとか」

 さっきの話は気になる。

 僕はこの世界に来るまでの記憶が全くと言っていいほど、ない。

 彼女が死んでこの世界に来たというなら、僕も死んだのか?

 でも心臓は動いてるし、息だって。

 もしかして、ここは本当に天国?もしくは地獄?

「そうよ。私は確かに死んだはずよ」

 僕達はさっきの牛が気絶している場所で話をしていて、また牛が目を覚ましたら厄介だと思い、足を動かし、歩きながら話をしている。

 具体的な目的地というのはないけれど、とりあえず牛から遠ざかるのが目的だ。

「本当に死んだのか?ここの世界に来る前の事を何か覚えているか?」

 そうね、と彼女は言う。

「確かに言われてみれば、記憶は曖昧だわ。でも確かに覚えている記憶はあるわ。それは、私が自分で死を選んだということ」

「......つまり?」

「自殺を選んだということよ。どうして自殺を選んだのかは覚えていないけれど、私は男の人に毒薬をもらって、そしてそれを飲んで死んだ。目が覚めたらここの世界で貴方が牛と手押し相撲をやっていたってわけ」

 いや...手押し相撲ではないだろう。手と角だったし。

 それにいくら友達がいない僕だって牛と遊ぶなんかゴメンだ。

「そうだったのか。自分の家で自殺をしたのか?」

「さあ?」

 さあって、自分が死んだのを覚えていて死んだ場所を覚えていないなんてあるのか?

「本当に覚えていないの?毒薬を飲んで自殺したってことだけしか覚えていないの?」

「本当よ。それだけしか覚えていないの。それより、ここはどこなの?見たところ日本ではないようだけれど。日本にあんな凶暴でブサイクな牛はいないはずだもの」

 ブサイクって。

 まあ確かにブサイクだったけど。

 おまけにもの凄い口臭だった。

 あんなの相手に僕は普通に踏ん張って張り合っていたけど、あまりの臭さに気を失いそうだった。

 その状態であの大きい牛と互角のパワーを持っている僕って、実はものすごく凄いのでは...?

「僕も分からない。僕もあんたと同じでどうやってここまで来たのか分からないんだ。目を覚ましたらさっきの場所だった」

 緑の草原を歩きながら僕達は現在持っている情報を分け合う。

 それにしても...この草原といい、さっきのモンスターといい。まるで本当に『オーズワールド』のゲームの世界に来ているみたいだ。

 彼女が知っているかどうかは分からないけど、もし彼女がオーズワールドを知っていたら僕と彼女の共通点だ。

 僕と彼女がこの世界に来た原因の鍵になるかもしれない。

 だから彼女に一応聞いてみよう。

「それよりさ、あんた、オーズワールドっていうゲーム知ってる?」

「オーズワールド...。聞いたことはあるけれど、実際にプレイしたり見たこともないわ。我が家にはパソコンなんてなかったし」

 一瞬ピクリと反応したようにも見えたけど、どうやら知らないみたいだ。

「そうか。いや、この草原やさっきの牛のモンスターも、オーズワールドっていうゲームの中に登場してくるものとそっくりなんだ。瓜二つ。もしかしたら、ここはゲームの中の世界なんじゃないかなって思ってさ」

「現実ではありえない話ね。私たちは同じ夢でも見てるのかしら」

「夢なら、痛みは感じないはずだろ」

「それもそうね。でも、あなたって変わってるわね」

「ん?」

 彼女は―――八谷さんは不意にそう言ってきた。

 変わってる?

 確かに僕は多少、というかかなり人とはずれた考え方や価値観を抱いていると自分でも思うが、今までの会話で僕が変わってると思われる内容があっただろうか。

「変わってるって何が?」

「自殺したって女の子が目の前にいたら、普通私を見る目変わるんじゃないかしら。普通態度が変わるものだと思うのよ。それなのにあなたは変わらず接してくる。野次馬なんかは、しつこくなんで自殺したとか聞いてくるかもしれないわ。でも、それが人であって、それが普通だと思うの。だからあなたは変わってる」

 確かに、普通だったら自殺したって女の人とはお近づきにはなりたくないと思うのかもな。

 普通じゃなくてもそうなのかもしれない。

 別に僕はこの女とお近づきになりたいなんてこれっぽっちも思ってないけど。

 だとしたら、僕は普通を軽く超越していて、普通じゃないをも超越している、かなり変人なのかもしれない。

 でも、僕からしたら皆、人は他人だ。

 自殺しててもしてなくても。

 変わらず他人。

 他人は皆嫌いなんだ。

 人が人である以上、僕は人を好きになることはない。

 勿論、僕自身も僕は大嫌いだ。

「...誰にだって触れられたくないことくらいあるもんだろ?」

「そうね。そういえばまだあなたの名前とか聞いてなかったわね」

 今更と思うかもしれないが、向こうが勝手に自己紹介を始めたからな。

 名前くらいなら教えてもいいかな。

 じゃないと変な名前で呼ばれそうだからな。

三谷宰汰みたにさいただ」

「...それだけ?私にはスリーサイズまで言わせておいて」

 いや、あんたが勝手に余計なことまでベラベラ言っていただけで、僕が何か聞いたというわけではない。

 それに、スリーサイズなんか言ってたっけ。

 嘘のカップを教えられただけのような。

 僕は人に情報はあまりあげたくない。

 それで僕を知った風に話されるのも気に食わないし、何より人に弱みを握られる機会を与えるかもしれない。

 どこまで人間不信なんだお前は、と思われても仕方がないかな。

「あんたに言うことなんか別にないよ」

「さっきから思ってたのけれど、あんたって誰かしら?もしかして私のこと?私にはきちんと八谷夢寿という親につけてもらった立派な名前があるのだからきちんと名前で呼んでくれないかしら?」

 なんなのよあなた。自分で自分の名前立派とか言ってんじゃないわよ。

 ちょっと動揺してオカマ口調になっちゃったじゃないか。

「八谷...さん?で良かったっけ」

「そうよ、三谷くん。それにしても惜しかったわね。もし私が八谷ではなくて九谷だったら、私は三谷くん、あなたの三倍も優位に立てたのに」

「名前だけで優位に立てると思うな。たとえあんたが九谷だったとしても、僕とあんたは対等だ」

「今は私はあなたの2.66666666666666...倍優位に立ってるわ。例えるなら奴隷と女王様よ。だから気安く話しかけないでちょうだい」

「そんな頑張って言わなくても、約分や有効数字を使えばいいだろ!」

 どんだけ頑張って6を言ってるんだよ。

「なぜ今、有効数字なんて出てきたのかしら。まるで知ってる数字の単語をとりあえず知った風に述べただけのような匂いがするわ。それに、約分ではなく、この場では四捨五入と言う方が正しいわ」

 ギクッ。

 今のはぎっくり腰の音じゃないよ。

 やばい、このままでは僕が対して頭が良くないということがバレてしまう。

「どうやらあなたは知能が猿以下のようね。仕方ない、私が調教してあげるわ」

「言葉が危ないぞ!それにさすがの僕でも猿よりは知能いいぞ!いいはずだ!きっとそうだ!」

「言葉にどんどん自信がなくなっていってるわ」

 うっ...悲しい。

 初対面なのに早速馬鹿がバレた。

「それに、話は変わるけれど、さっきのパンチ。全体重がのっていて腰もちゃんと使っていた。素人とは思えないパンチだったわね」

 この女...。

 意外と勘が鋭いようだ。

「そうだよ。僕はボクシング部に所属している」

「中学校にボクシング部があるとは、私の知る限りほとんどないわ。ひとつもないとは思わないけど。ボクシングクラブではなく、ボクシング部に入っていると言うのであれば、あなたは高校生の確率が高いわね。3年生?2年生?」

 ...あっさり年齢バレた。

 どうやら僕の知能は猿以下とはいかないようだけど、猿並ではあるようだ。

 悲しい。泣きたい。

「大丈夫よ。猿以下ってことは、猿と同じかそれより下ってことだから、猿以下も猿並も対して変わらないわ。すなわちあなたは人間とは思えないくらい馬鹿なのよ」

「人の心を読んで、更に暴言を足さないでくれないかな!僕はこう見えても精神もろいんだぞ!」

 毒舌すごいな。

 少しだけだけど、Mの要素が入った僕は興奮してしまうじゃないか。

「17歳だよ。別にあんたが年上だからって、敬語使ったりしないから」

「男のツンデレなんて可愛くないわよ、そんな言い方しても」

 ツンデレって。

 さっきからどんだけ僕を馬鹿にすればいいんだよ、この女。

 本当にドSだな。

 

 そんなやりとりをしながら目的地もないまま二人で歩くこと数十分。

 すると、今度は牛のモンスター、モータンが2匹、急に僕たちの目の前に現れた。 

 まるで僕たちを待っていたかのように。

 僕たちが牛たちの罠にはまったかのように。

 明らかに僕たちを敵と認識している。

 今にも突進で攻撃してきそうだ。

 1匹でも手こずるのに、2匹なんて...。

「あら、今度はブサイクな牛が2匹ね。2匹だから気持ち悪さがさらに2倍だわ」

 強さも2倍だけどな!

 この状況でなんでそんなにのんびりでいられるんだよ。

 まず、この勝ち目がほぼ0のこの状況で僕がするべきこと。

 それは、僕が囮になってその間に彼女が逃げきるまで時間を稼ぐことだが。

 果たして僕ひとりでこの2匹同時にどれだけ時間を稼げるか。

 僕はただではすまないと覚悟している。

「おい、女」

「あら、さっき言ったことがまだ理解できてないみたいね。私の名前、ちゃんと呼んでくれるかしら?呼ばないって言うなら私はあなたの手足を縛って私の名前を呼べるようになるまで調教しなければいけないのだけれど」

「八谷さん!」

 全く、この状況にも怖気付かないその度胸、感服いたしやした。姉貴と呼ばせてください。

 と、冗談はともかく。

「ここは八谷さんに任せる。僕が逃げ切るまで時間を稼いでくれ」

「ちょっと何を言ってるか分からないわ。せめて人間に分かるような言葉を使ってくれる?」

「ちょっとひどくないか!?まあいっか。んじゃここはお互い同時に逆方向に逃げだそう。この牛たちがどちらについてくるか、それは僕と八谷さんの運比べだ。もしかしたら僕に2匹来るかもしれないし、八谷さんに2匹来るかもしれない。お互い1匹ずつ行くかもしれないし、両方共追ってこないかもしれない。まあそれは、本当に運任せってことで。どう?」

「いい度胸ね。この私に知能で勝てないからって運で勝とうっての?いいわ。のってあげる」

 あの、僕は知能で勝てないなんて一言も言ってないんですけど。

 そりゃ、多分勝てないと思うけども。

 そのタイミングで牛が同時に突進の準備をし始めたのか、ひづめと思われる足裏で足場をならし始めた。

「んじゃ、いくよ。いっせーのーが...せっ!」

 と、僕がそう言った瞬間、彼女は全力ダッシュと思われる、勢いのあるダッシュで僕の向いている反対の方向へ走り出した。

 僕は、彼女が振り向かずに走っていくのを確認し、立ち止まる。

 これで彼女は逃げきれるだろう。

 この世の中だって、社会の役に立たないゴミのような僕より彼女が生き残ったほうが、確実に良いはず。

 僕が囮になるって言ったら、多分彼女は逃げなかったかな。

 たとえ逃げたとしても、僕に借りを作ったと言って一生僕に負い目を感じて生きることになるだろう。

 僕なんかのために、そんなことさせたら彼女に申し訳ない。

 ここは、彼女の運が良かったということにして、僕だけが犠牲になればすむ話だ。

 牛も彼女よりも僕に意識が傾いているようで、彼女を追いかけるような素振りは見せなかった。

「よし。ブサイクな牛ども。僕は正義の味方って器でもないけど、ていうか正義というより悪の塊だけれど、僕が同時に相手してやる。かかってこい」

 僕の言葉が理解できるのか分からないけど、多分これが僕の最後の言葉になる。

 最後の言葉を言う相手がこんな牛2匹ってのも嫌だけど、まあそれは僕が適当な人生を過ごしてきたツケなのかもな。

 僕の最後の晴れ舞台。そう僕は覚悟した。

 牛が突進の構えをとるのを確認し、僕も避けやすいように腰を落として構える。

 こう見えても僕はボクシング部。

 反射神経や動体視力は一般人と比べたら結構高いほうだと自覚している。

 右側にいるもう片方よりちょっと小ぶりな牛が先に突進を仕掛けてくる。

 僕はそれを右側に転がるようにして回避する。

 が。

 転がって体制を整えようとしたら、もう片方の牛は既に突進を仕掛けてきていた。

 流石に回避から体制が整っていないため、避けきれない。

 もうダメか。

 そう覚悟したとき、牛が眠ったようにドシンと倒れた。

 倒れて1、2秒たったくらいで牛は綺麗に蒸発したかのように消え、もう片方の牛もいつの間にか倒れていた。

 僕は何が起こったか全く理解できないでいると、不意に真後ろから低くもなく高くもない男性と思われる声が聞こえた。

「やあ、久しぶり、友梨くん。ヒーローは遅れて登場するもんだからね、と」

 振り向いたら、頭も含めて全身真っ白の服を着た、天然パーマで、長い前髪で目が完全に隠れているのではというくらい長い前髪をした30代前半くらいの見た目をした男性が立っていた。

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