第8話 孤児達の集まり
翌朝、後ろ髪を引かれる様子のアーシュを有無を言わさず仕事に送り出した後、アーシュの忠告を思い出し急に不安になってきた。正当な技術と道具を使った暴力には孤児では到底対抗できない。アーシュを送り出したことは間違いではなかったと思うがアーシュの言葉が正しければ圧倒的な暴力がガサを殺したのだ。同じ殺意が向けられたら一人では絶対に逃れられないだろう。
恐怖を覚えたアイビーはスキルを使うかどうか迷った。だが、使えば一日は完全に無防備になってしまう。この状況で一日動けないのはそれこそ命に関わる。
とりあえずスキル無しで動く。いざとなれば逃げ出す。
アイビーはそう決めた。
孤児として生きグループ同士の小競り合いの調整をしている中で、当然グループ外にも人脈が出来ている。
アイビーはいくつかの小グループのリーダーと面会を求め、状況を確認した。会った者は皆、異常な気配に気づいていたり、あるいはガサ同様の被害者があるグループさえあった。やはり鋭利な刃物で斬り殺されていたのだという。だが、アイビーにはアーシュのように切断面を評価する能力はなかった。
とにかく孤児全体としての対策を考える必要がある、という話を順番に説き、共有しているうちにアイビーたちのグループの本拠地に孤児の第二グループ『赤』の人間が五人の護衛を引き連れてやってきた。百人を超える『赤』でナンバー2を務めるギュンターだった。『赤』の人員は潤沢なはずだったが、護衛の体格はそれぞれで、護衛にふさわしい大柄な者が三名、残り二人は痩せていたりひどく小柄で肺が悪いのか定期的に咳をしたりと護衛として役に立たなさそうな者たちだった。咳をしながらもアイビーたちの顔を瞬きの少ない視線でじっくりと順番に見ていたので、情報収集担当なのかも知れなかった。
ギュンターは少年にしては背が高く落ち着いた顔で、アイビーに向かって言った。
「孵化街に異常事態が起こっている。知っているか?」
「……手練れによる殺しがあったということでしょうか。周囲とその対策について話しているところです」
「そうだ。さすがに普通に殺しじゃ無いことはわかっているか。三つのグループで五人が殺された。そのうちの一人はお前たちのグループのガサという奴だ。間違いないな?」
「間違いない、ですが……五人、ですか……多いですね」
「想定外だったようだな。まぁ、いい。我々は自衛のための連合を組むことになるだろう。お前たちは参加するか?」
「助かります。参加させてください」
「わかった。では今夜……気に食わん話だが『互助会』の持っている家でやる。場所は知っているな? 出られるのは一グループ二人までだ」
それだけ言うと、ギュンターは去った。
『互助会』というのは第一グループの名だった。
その日の夕方、相談してアイビーとボリバスとで向かうことになった。グループのナンバー1と2が同時に本拠地を離れることになったわけだが、この異常事態に臨機応変に対応出来る頭脳の持ち主はアイビーだけであったし、そのアイビーを曲がりなりにも守れる可能性があるのは今はボリバスだけだった。とは言っても、別のグループが殺す気で強い二人を用意していたならば、戦闘力が低いアイビーがいる段階で、殺されてしまうだろう。
だから決死の覚悟を持ってアイビーとボリバスは第一グループーー『孵化街互助会』、通称『互助会』と呼ばれている孤児グループの拠点である家に入った。
『互助会』の背後には、孵化街に影響力を持つ地回りであるミダ一家がいる。一方、第二グループは『赤』と名乗っており、ラスターン子爵家が背後にいた。
板張りの広い部屋の中は緊張感に満ちていた。
約束通り、各グループは二人ずつ。『互助会』のリーダーであるイェニとナンバー2のフサールが一番奥にいた。二人とも年齢にしては圧倒的な体格をしており、大柄なボリバスより頭ひとつ分は大きかった。そしてなにより場を支配する圧力のような気配を発していた。
アイビーたちが来たのは三番目だったようで、丸テーブルの三番目の席にアイビーが座り、背後にボリバスが立つ。ボリバスは表面的には平気な顔をしているが、しきりと身じろぎを繰り返しており、雰囲気に飲まれているのは明白だった。
アイビーたちより先に来ていたやはり二十人規模のグループも二人も落ち着かない様子だった。
半刻ほどで全員揃った。
十組二十人。全員十八歳未満だが、そうとは思えない目つきや体格をしていた。孤児の中で頭角を現すのには、暴力か知力かあるいはその両方が必要だということだろう。だが会が始まる前に、扉が開き複数の大人が入ってきた。どう見ても堅気ではなく、『互助会』の背後にいるミダ一家の人間であることはすぐにわかった。
孤児達がざわつき、『赤』から出席していたギュンターと見たことがないもう一人が立ち上がる。
ギュンターが不満を言う前に、イェニが立ち上がって声を上げた。
「座ってくれ。彼らはあくまでオブザーバーだ。何の発言も許していない。問題が起こったときのみ、その鎮圧に動く。俺たちが動くと場合によっては戦争になるからな」
ギュンターはイェニをにらみ付け、残った面々は顔を見合わせる。続けてイェニが、
「俺たちは問題を解決するためにここに集まったんじゃ無いか? 違うか?」
ギュンターが舌打ちをして座り直すと、ようやく会議が始まった。
そこでわかったのは、昨日もまた一人殺されたとのことだった。新たな被害者は『赤』のメンバーであり、やはり下半身と上半身を分断されていたという。
これで被害者の数は六名。
犯人の目撃情報は全く集まらなかったが、その技能については共有された。剣を学んだ者による優れた武器を使った斬撃であることは間違いないという。
頭のおかしい殺人鬼がおそらくその趣味から孤児相手に攻撃を加え続けており、その攻撃は終わる様子がない。
結局、具体的な対策は出なかったが、それでもチームを組んで孵化街をパトロールすることが決まった。また一人で出歩くことが無いことを徹底することが共有された。
会議が終わり、ミダ一家の男たちが去り、入れ替わりに給仕の人間が入ってきて軽食と酒が出された。ほとんど全員、歓声を上げて飲み始める。潜在的な敵の前での飲酒は貴族であれば極めて高度な政治的な行動であるが、とてもそんなことを考えているようには見えず、この辺は子供だとアイビーは感じた。
アイビーは酒を飲むつもりは無かったので、夜が更けないうちに帰路につこうと立ち上がったところで声を掛けられた。
振り返るとギュンターと一緒にいた見覚えの無い『赤』所属と思われる少年だった。




