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第7話 戦士とは

 孵化街の浮浪児であるアイビーは自分の過去についてアーシュに流れで話した翌日の朝、一人でこっそり内心身もだえていた。

 

(……どう考えても話しすぎてしまいました)


 絶対に父親のこととか言う必要が無かった。

 それでも話してしまったのは、たぶんアーシュが優しかったからである。

 アイビーは自分のことを冷徹な人間だと思っている。

 家族が《《アイビーのことで混乱したとき》》も、その解決に際してアイビーは自分が犠牲になるという手段を選ばず、自分を虐げてきた父や義理の母が滅びるのを黙って眺めていた。

 たぶん自分が持って生まれた『力』のせいで、何かを期待する、という心が摩耗してしまったせいなのだと思う。

 人にも自分にも期待しない。それがアイビーの生き方だった。

 孤児になったあとも、何度も下心のある優しさは向けられてきた。すべて期待せず適当に受け流してきた。

 孤児仲間はアイビーを利用し、アイビーもまた孤児仲間を利用する。孤児以外も全て利害で結びついている。それだけの関係だ。

 だが、アーシュの優しさはそういう優しさとは違うように感じた。ただひたすら相手を尊重した結果として出てくる丁寧さだと思えたのだ。

 丁寧にされただけで浮ついてしまうなんて、なんて愚かなのだろう、とアイビーは自分が情けなくなった。

 もう少ししっかりしないと、と強く内省する。

 とはいえ感情を隠すことに長けたアイビーであるから、内心は身もだえしつつも、外面はややどこかぼんやりとしているだけにしか見えず、それでもグループの面々はアイビーの変化に気づいており、チラチラとアイビーの様子をうかがうように見て、それから慌てて仕事に向かう。

 アイビーは最後まで残り、外に出る仲間を見送ったあと、自分の仕事を得るために出かけようとしたところで、飛び込んできたハルプの、


「ガサが殺されてる!」


 という言葉に固まった。

 一瞬で冷静さを取り戻したアイビーはすぐに日雇い仕事を探すのを止め、ハルプの案内で、孵化街と普通の街を隔てる川に向かった。

 その普通の街側の川岸に、孵化街とは異なり、建築物が一切無い川岸に数人が集まっていた。その集団の汚い物を見る視線の先に、死体が転がっていた。

 ガサの死体だった。

 思わず倒れそうになるのを何とか耐えた。逃げ出したかったが、逃げ出した方が面倒になることがわかっている。

 ゆっくりと息を吐き、まっすぐ死体を見た。

 驚いた顔が目を見開き歪んだまま固まっていた。何かの勘違いを期待していたが、ガサに間違いなかった。加えて死んでいることは明確だった。下半身が無かった。

 死体の扱いに困っていたらしい人たちに、死体が自分の知り合いのものであることを伝えたあと、引き取る旨を申し出た。当然のことのように、「そういうことならさっさと持っていけ」といわれた。ここでは浮浪児の命の価値など塵芥に等しいのだ。

 アイビーは近づき見開いたままのガサの目を閉じさせ、小さく神に祈ったあと、血が流れ出てひどく軽くなったガサの遺体を戸板に乗せていつもの橋の下に運んだ。

 いつもの橋の下には孤児達が戻ってきていた。ガサが殺されたことを知っていて、ひどく興奮していた。柄に布を巻き付けて血で濡れてもすべらないようにした棒を手に、十五歳のボリバスが怒鳴った。


「絶対にリーゴの奴らの仕業だ!」


 ボリバスはアイビーのグループの中では一番大柄で血の気が多い少年だった。周りの男子たちからも次々と同意の声が上がる。リーゴとはやはり孤児グループの一つで、規模としてはアイビーたちと同じ二十人前後。孤児グループは百人規模ものが二つあり、それ以外は二十人前後と二回りほど小さい。そのため、二大グループ以外は常に目立たぬよう身を潜めて暮らしている。小グループは縄張りも小さくそれぞれ外れのごく短い通りのみだ。そしてリーゴのグループの縄張りとアイビーたちの縄張りは隣り合っており、一部が微妙に重なってもいて、争いが絶えないのだった。

 ぶっ殺してやる、と騒いでいるボリバスに向かい、アイビーは、


「待ってください」

「ガサの復讐だ! 止められないだろ!!」

「ガサを殺した相手を許すことなどもちろん出来ません。ですが、待ってください。仮にあなたたちがリーゴを殺したらどうしますか? すぐに見つかるように放り出しておきますか? 喧嘩した勢いで殺してしまって、たまたま誰にも見られなかった状況を想像してみてください」

「そりゃあ……隠すだろ」

「そうですね。私でも隠します。最終的にグループ同士の喧嘩になったとしても準備が必要ですからね。逆に言えば、死体を誇示するような状況はどういう状況でしょう?」


 ボリバスは短気だが馬鹿ではないから、アイビーの言葉にハッとした顔をした。


「……準備が出来ている可能性があるってことか。つまり誘いか?」

「あるいは第三者がリーゴのグループと我々が争うように仕向けている可能性もあります」


 アイビーの言葉に、威勢のいいことを言って気勢を上げていた男子達が困惑した顔を見合わせ始めた。まだ怒りは表面的に示しているものの、その表情の裏に怯えがあることがアイビーは正しく読み取った。

 無謀な吶喊を止めることに成功したと確信したアイビーは改めてグループの皆に待機を指示し、状況を把握するために伝手を頼って情報を集め始めた。だが想定以上に情報は集まってこなかった。まるで他のグループもまた同様の状況で様子をうかがっているかのような静まり具合だった。

 まだ仕事から戻ってこないグループのメンバーもアーシュを含めて五人ほどいた。

 最初に帰ってきたザンスは荒れて手製の板棚を引き倒した。次に帰ってきたのはアーシュだった。アイビーはアーシュが現れたことで安心した自分に気づいた。

 話を聞いたアーシュはガサの死体に歩み寄り切断面を詳細に確認し、それからわずかに瞑目したあと、


「死は別れではあるが、避けられないものでもある。戦士はいつか死ぬ。その時に、満足できる人生であったかどうかを自ら判断しなければならない……」


 と独り言のように呟いた。

 その呟きを聞き取ったビナートが叫んだ。


「そういうことを言ってるんじゃない! かわいそうじゃ無いの!?」


 ビナートはガサと仲が良かった少女だった。アーシュは困惑の表情を浮かべた。


「む」

「冷たすぎるよ! アーシュは!」


 アイビーもアーシュの落ち着きには驚いていた。驚くと同時に感心もしていた。荒れるのは死体に対して過剰に反応することで自分の落ち着きを取り戻す代償行動であるはずだからだ。それを必要としないアーシュはどんな人生を送ってきたのだろう。

 アーシュは重々しく頷いた。


「そうか。そうなのか。これは冷たすぎるか」

「そうだよ! 冷たすぎるよ! 仲間が死んだんだよ!?」

「その通りだ。仲間だ。そしてガサもまたこの人生を戦う戦士だった。であるならば仲間である俺たちが自らの死で混乱し滅びに向かうことを望まぬだろう。戦友とはそう言うものであるべきだ、と俺は教わっている」


 ビナートは全てを否定するように激しく首を振り、泣きながら叫んだ。


「だから! ちがうって!! 言ってるでしょ!! もう! アーシュは仲間じゃ無いよ!!!」


 アーシュはわずかに眉をひそめた。


「そこまでです」


 止めたのはアイビーだった。


「ビナート、それ以上はダメですよ」

「で、でも……」

「ビナートはガサがいた過去を思い出している。アーシュはガサがいなくなった未来を見ている、その違いです。それだけです」

「でもでも! ガサが殺されたのよ!?」

「それはとても残念なことです。そしてアーシュもそれを哀しんでいます」


 ビナートはアーシュを見た。アーシュは無表情だったが、確かに傷ついているように見えた。

 そのことに気づいたらしいビナートが口ごもった。

 同時にアイビーの目配せでテンキーが動いた。

 テンキーは目端が利く少女で、アイビーのことを強く信頼してくれている。今回も慰めるようにビナートの肩を抱き、耳元で何か囁きながら橋の下に連れて行く。

 たぶんガサの思い出を語りながら、皆が哀しんでいることを伝え、上手く共感状態に巻き込んでくれているはずだ。

 テンキーに感謝しながら、アイビーはアーシュの方を向いた。


「割り込んでしまい失礼しました」

「いや。また助けられてしまったな。しかし発見もあった。そうか。俺は冷たいのか」

「そんなことはないと思いますよ。それぞれの願いがどういう形かという違いだけだと思います。アーシュは戦士として成長することを願い、ビナートは今の生活がずっと続くことを願っています」

「うむ。そうか」

「はい」

「俺たちの願いはともかく、敵は強力な戦士のようだ。アイビー殿も気を付けた方がいい」

「……どういうことですか?」

「先ほど見た死体の切断面に乱れが無い。皮から内臓、骨に至るまで、まったくぶれなく刃が高速で通ったことを意味する。これは長く厳しい訓練と極めて高品位かつ研ぎたての剣でなければ不可能だ」

「なる……ほど……」


 新情報にアイビーは考え込んだ。

 それはひどくおかしなことだったからだ。

 孤児の中にはそのような技術を持ったものはいない。それほどの技術があれば、孤児の境遇を抜け出すことが可能だからだった。

 アイビーが思考の渦に入り込んでいると、アーシュが困った顔で言った。


「俺が護衛には入れればいいのだが、明日の仕事もあるのだ……」


 アイビーは驚いた。


「仕事が決まったのですか!?」

「うむ。ありがたいことにダンジョン攻略を手伝うことになった。明日一杯は潜ることになる。だが今の状況でーー」


 アーシュは周囲を見回した。そのアーシュの肩を掴み、刻み込むように言った。


「行きなさい。いえ、行かなくてはなりません。絶対に」

「いや、しかし」

「命令です。これはグループの」

「う……うむ。わかった」

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