第4話 テーブルと空腹
冒険者小屋というのは冒険者専用の宿である。
暁の虹という宿を始めたのは冒険者を最近引退したベルケスだった。
ベルケスは四十二歳。既婚。子持ち。レベル27。
A級の冒険者パーティ『悔恨の暁』でタンクをやっていたが、二年前、任務中に大怪我を負い、それでも騙し騙し続けたものの、年齢も年齢だったのでついに引退となった。ある意味いいタイミングであったとも言えた。
『アポリオンの傲慢』に挑戦する冒険者たちが暮らす街アルカサールにちょうどよく不動産の出物があって、ベルケスはそこを買い取り、改築して、冒険者小屋を開業しようと決めた。A級冒険者パーティに所属していたので、冒険者ギルドとの太いルートもあり、そこから客を紹介してもらう予定だった。
家具は中古の市場で揃えるつもりだったがすぐに頑丈そうなテーブル、椅子、ベッドが見つかった。どうやら近くの屋敷から入荷したばかりのものらしかった。迷っていたらすぐに売れてしまうだろう。
ベルケスは値切りに値切ってその場で金を払い買い取った。だが暁の虹まで持っていくのに当たって頭を抱えた。値切る過程で、搬入は「自分でやる」と宣言している。かといってベッドや椅子はともかく、巨大なテーブルがどうにもならなかった。
値切りすぎたせいかあからさまに邪魔そうな顔をしている店主を残してベルケスは古巣ーー冒険者ギルドに行って、知り合いに声を掛けて回った。ベルケスは冒険者生活も長く人望もあったため、すぐに八人以上が集まって運び始めたが一番大きなテーブルが三人がかりでも持ち上がらなかった。高レベルの冒険者であるベルケスといっても1.5人力が精々であり、それを見越したように、
「そいつを運んできたときは二十人がかりだったぜ?」
嫌みな口調で店主が言った。
「そいつはもうあんたのものだ。そしてここは俺の店だ。俺の店にあんたの物を置く道理はないよ。これ以上置くなら置き賃をもらうよ。それに倉庫じゃないからね。ここに売り物を置いたらきっと売れたんだ。そいつも補償してもらおうか」
そのあとは素知らぬ顔でそっぽを向いた。
これ以上人を集めるのは難しいとベルケスが頭を抱えていると、
「なんだ困っているのか?」
という声が掛かった。そちらを見れば、浮浪児のような格好をした少年がいた。汚いわけではなく、植物繊維で編まれた鎧下はかなり古いものを何度も洗って着ている感じがあった。さらに歴史を感じさせる今はほとんど見ない形の革鎧を鎧下の上に着けている。背中に背負った剣は少年が扱えるとは思えないほど大きかったが、鞘を見る限りやはり年代物に見えた。
治安が悪いアルカサールである。
ダンジョンで栄えている街は、冒険者が多く、冒険者は暴力を生業にしているものであり、当然あちこちで事件が起こる。
手伝いで小金稼ぎをしようとしているのかあるいは盗もうとしているのか、とベルケスは一瞬警戒しかけ、それからそんな自分を鼻で笑った。
盗もうにも盗める重さではないのだ。
「買ったのだがな、重くてどう運べばいいのか悩んでいるところだ」
「そうか。なるほど。これだな?」
少年は巨大なテーブルを両手で掴み、
「ふん」
と力を込めた。少年の腕の筋肉が膨れあがり少年の背の数倍はあるテーブルがあっさりと持ち上がった。
ベルケスは仰天した。
「あ、お……お前……」
「重いな。ちょっと持ち方を変える」
少年は背負っていた剣を前に持ってきて、改めてテーブルの平らな部分を背中に当てるように背負い直した。
「よし。さて、どこに持っていけばいい?」
「え? あ? あ、ああ、そこをまっすぐ行ってーー」
少年は歩き出した。
異様な光景だった。
少年が巨大なテーブルを背負い、一歩一歩足が地面に沈み込む感じで進んでいくのだ。
道を行く人々はあっけにとられた顔つきで立ち止まりそれを見た。見る瞬間、息さえ止めていた。
ベルケスにはその気持ちが良く分かった。最初から見ていたベルケスもまだ信じられないでいた。
二十分ほど掛けて、大テーブルはたった一人の少年の背中に乗ったまま、暁の虹にたどり着いた。そして暁の虹の一階、食堂に運び込まれた。
テーブルを据え置いた少年はさすがに疲れた様子で長い息を吐いた。
その場にいた誰も何も言えなかった。何となく少年の歩みに着いてきてしまったベテランの冒険者たちでさえ言葉にならなかった。人によっては置かれたばかりのテーブルを持ち上げようとして動かず、改めて少年に驚愕の顔を向けるものもいた。
ベルケスもまたなかなか現実を納得できずしばらくしてから、
「た、助かったよ」
というのがやっとだった。
「困った人間がいれば助けよ、と父上から言われている」
「ほ、ほう。立派な方だな」
「うむ」
少年は笑顔を向けた。なんのてらいも無いふしぎなほど明るい笑顔だった。
何となく気後れしたベルケスは視線を逸らした。
「改めて礼を言う。運び賃をーー」
「不要だ。気にするな。これは仕事ではなく人助けだ」
「ううむ。どこに住んでる? せめて食事なりをご馳走したいが」
少年の腹が鳴った。少年は顔を赤らめ、
「礼など不要だ、と言いたいところだが食事か。うむ。心が揺らぐ。何しろ朝から何も食べていないのだ。仕事が無いからな」
「どこで寝ているんだ? 親はどうした?」
「ん? ああ。皆、孵化街と呼んでいたな。親はここにはいない。一人で修行の旅の途上だ」
孵化街というのは最底辺のスラムだった。板を立てかけただけの屋根が並び、浮浪者や浮浪児の居場所となっていた。
ベルケスは少し驚いたあと納得した。
「ここは宿だ。開業前だが食事くらいは出せるぞ」
「ありがたい。だが、修行の妨げになるから諦めよう。いつか仕事を得た後に、そちらの気が変わらなければ改めて好意を受け取ろう。さらばだ」
ポカンとしているベルケスを残して少年は去った。去り際、少年の腹が五ガルデ(メートル)は離れたベルケスに聞こえるほどの大きさでぐぅと鳴った。




