第3話 剣聖は慄いている
双剣騎士団団長のヒルダが率いるパーティの封印ダンジョン攻略は失敗に終わった。
だが攻略を中断し、ヒルダが持ち帰った双頭の狼型魔獣の牙と毛皮の一部が研究機関に持ち込まれたことで、驚くべきことが判明した。
魔獣はレベル45だった。
現在発見されている地上の最も強い生物は竜種であるが、それでさえ、レベルは44だとされている。そしてレベルは一つ違えば、1.5倍の戦闘力があるとされる。
つまりレベル45の魔獣は現存する全ての強者が立ち向かっても勝てるかどうかわからない、という圧倒的数字だった。
封印のダンジョンは故なく封印されていたわけではない、と言うことがはっきりした。
とはいえ、封印されていたダンジョンにパーティが入れたのは極めて政治的な動きの故であり、撤退は当然のことながら政治問題に拡大した。
双剣騎士団の出資者であり後見人を自負しているマルパス公爵は直ちに口さがない宮廷人に対して公爵の影響が及ぶ範囲に箝口令を敷き、一方、秘密裏にヒルダを呼びだした。
だが謝罪も早々にヒルダが口にしたのは、
「私を遥かに超える実力の持ち主が見つかりました」
というものだった。
ヒルダは剣聖であり、このリスミア王国で最高の戦力の一人とされている。周囲に敵を多く抱えるリスミア王国にとって、戦力とはすなわち政治的影響力を意味する。双剣騎士団に出資し、パトロンとなっているのは趣味ではない。当然実益があるのだった。
だが、詳細を聞き出し、マルパス公爵は最初にヒルダの正気を疑った。
封印のダンジョンの中に、ヒルダのパーティが敗北した相手ーーレベル45の魔獣を一刀で両断した少年がいたというのである。
あり得ない話だった。
そもそも封印のダンジョンにヒルダたちを侵入させることでさえ、多方面との極めて複雑な交渉を経た承認を得る必要があったのだ。マルパス公爵ほどの政治力をもってなおヒルダほどの自他共に認める強者を送り込むという条件で初めて実現出来たのである。
少年が強者だとしても、どのようにそれを封印のダンジョンに関わる侍従府長官、教会幹部を納得させるというのか。ヒルダのようにその強さが周知されているのであれば、当然マルパス公爵のもとにも届いているはずであり、もちろんそんな少年の存在など噂レベルでも聞いたことがなかった。
だが、ヒルダは撤回しなかった。
「間違いなく我々はその少年に救われたのです」
「その少年が今私の目の前にいる剣聖より強いと?」
「はい。レベル45の魔獣と戦い、大怪我を負いながらその素材を持ち帰ってきたことこそその証左ではないでしょうか?」
「む?」
「我らではレベル45の魔獣に勝つことなど出来ません。実際、魔獣が悪知恵を持ち慎重であったので一撃で殺されることさえありませんでしたが、我らの攻撃はまったく効いていませんでした。パーティの最高レベルが私の38、当然です。そんな我々が、大怪我を負いながら撤退したにもかかわらず素材を持ち帰ってきた矛盾はどう解かれますか? 悔しい話ですが、レベル45の魔獣を倒したのは我々以外の我々よりも遥かに強い何者か、なのです」
マルパス公爵はその言葉を噛みしめ、しばらくして首を振った。
「……だがしかし、それでもその方ら以外の人間が封印のダンジョンに侵入するなどあり得ぬのだ。封印のダンジョンは文字通り封印されている。中にいるのはその方らと魔獣くらいだ」
ヒルダがわずかに目を見開いた。
「魔獣……あの少年が魔獣……」
「うむ。そのような存在があったとしたら……それは人型の魔獣でしかない」
「では」
「そうだ。だが、ありえぬ。それが現れる時期は過ぎた。今さら現れるわけが無いのだ」
「ありえるありえないではないのです。我らは、私は見たのです。それを」
「では……その方は古より伝えられてきた災厄の魔王が十年遅れて現れたというのだな」
吐き捨てるようにそう言ったマルパス公爵の言葉ははっきりそうとわかるほど震えていた。
ヒルダは頷いた。
「魔王の強さと言われれば、確かに彼の強さは納得出来ます」
マルパス公爵は大きく息を吐き、頷いた。
「剣聖の言葉として受け取ろう。そのように動く」
「それがよいかと」




