第16話 鉄の扉
俺はようやく得た寝床を失ったのだった。
だがそれも当然のことだと思った。
何しろ俺はまだ職を持っていない。荷運びの仕事はしょせんは毎日得られるかどうかわからない日雇い仕事だ。
仕事を持たない者は、衣食住を手にする資格がないーー父上もそう言っていた。
つまり仮の寝床と仮の食事を得ていたのは、ほとんどアイビーたちの温情だった。哀れみからアイビーたちの得られるべきものを譲られていたのだった。
それがいつまでも続かないのは当然だった。
やはり、なんとしても仕事を手にしなければならないのだ。俺は再度誓った。
一方で、気に掛かることがあった。
アイビーたちのことだった。
アイビーを襲ったミダ一家のラウダとやらが、川に投げ込まれたことへの復讐を考えた場合、俺を探してあの橋の下に向かうと思うのだ。だが俺はそこに俺はいないわけで、その暴力がアイビーたちに向かうことが容易く想定できた。アイビーは「大丈夫」と言っていたが、夜の橋の上の表情は「大丈夫」からはほど遠い恐怖と諦観だった。思い出すだけで胸が迫る表情だった。
恩があるアイビーにあんな顔をさせるわけにはいかなかった。
俺は歩く向きを変え、再度孵化街に向かった。
朝が来て孵化街の殺伐とした町並みを照らし出していた。
整然、という雰囲気からはほど遠く、うち捨てられた廃墟のようにさえ見えた。一体いつから建っているのだろう、というかむしろよく建ったままでいるな、という崩れかけの壁だけがかろうじて残っているような「建物」がところどころに建っていて、その陰に何日も身体を洗ってない男たちがごろ寝していた。
孵化街はもともと、冒険者を目指す少年少女達が集まって造られた街だったという。卵から孵っていないという意味で、孵化街と名付けたらしい。だが冒険者になれなかったものや、冒険者を引退したものたちが増えてきたことで、治安が悪くなり、スラム化していった。
スラムの中で、ミダ一家の住むという建物はひときわ大きく、周囲にそぐわない屋敷、というよりも城に見えた。
高い塀が屋敷を囲み、鉄で出来た門扉が東側に向いてあった。
その前に立ってどうするべきか考えていると、
「おい、あんちゃん。ここはやめとけ」
と見知らぬ初老の男に言われた。
おそらく冒険者であったのだろう。清潔ではあるがボロボロの鎧を身につけていた。顔には深い皺が刻まれ、縮んだように身体は小さかったが枯れてなおかつてはさぞかし強力な戦士だっただろうと思わせる躍動を感じさせた。
「む? どういう意味だ?」
「ここはとんでもない高利貸しだ。そんなところに金を借りたら、尻の毛までむしられる。悪いことは言わん。金は自分の手で稼げ。借りると馬鹿を見るぞ。俺がその証だ」
「忠告感謝する。だが安心してくれ。俺は金を借りに来たわけではない」
「ほう」
「むしろ悪さをしないよう釘を刺しに来たところだ」
「……は?」
訳が分からないという顔の初老の男に背を向けて、俺は戦闘態勢を取った。
俺の背後で初老の男が思いがけない速度で飛び退いたのがわかった。
だが、俺は気にせず、前に進みまず鉄の門扉を引き倒した。
留め金がちぎれて、分厚い門扉が地面に当たってとてつもない大きな音がした。
寝ていた浮浪者も起きて何事かと覗いているのがわかった。
「お、おまえ」
「では行ってくる」
俺はそのままミダ一家に踏み入れた。




