第17話 五代目の憂鬱
額に真一文字に入った古い傷口が凶悪に見せている三十九歳のゴネンはミダ一家の五代目頭領である。
背は低かったが小さな身体には筋肉がみっちり詰まっていて、ただ立っているだけで迫力があった。
しかもゴネンは暴力だけでなく頭が良くやり手として知られていて、ミダ一家が王国の中央にも顔が利くまでになったのは彼の功績と言えた。
そのゴネンが今頭を悩ませていることは部下たちの無能さだった。
およそ自分で考える、ということをしないのである。
加えて、失敗しても反省するということがない。失敗は「運がわるかった」か「神のせい」にして、しばらくすると迷いなく同じことをやる。そして当然のように失敗する。
説明してみても、脅してみても、殴ってみても変わらなかったから、たぶん永遠に変わらないのだろう。孵化街から見えるマリガ山の枯れた景色と同じだ。気に入らなくても「そういうもの」として納得するしかない。
ゴネンは念のため、自分は昔どうだったか、と省みた。自分は頭領になる前であっても失敗したらその原因を探り、同じ失敗は繰り返さなかった、と思う。なぜ自分はそうしたのかというと、単に失敗したくなかったからだ。だがおそらく部下たちも失敗はしたくないはずだった。失敗したら、ゴネンに怒られる。場合によっては降格させられる。そんなことにはなりたくないはずだし、少なくともゴネンに怒られて喜んでいる部下はいないように見えた。
失敗したくないにもかかわらず、なぜ失敗するのか。
考え抜いて出た結論は、そもそも失敗するとは思ってないからだろう、というものだった。
予想が出来ないのだ。いや、違う。予想をしないのだ。
説明しても、流れを理解することがないから、この流れが同じ失敗に至る、ということを予想することさえない。
言わばあるがままだった。天然自然なのだった。
そのことに思い至り、ゴネンは愕然とした。
この状況が変わらないのであれば、ミダ一家の未来がとても明るいものとは思えなかったからだった。
自分がいる間はまだいい。
だが、この稼業、脅しが効くには健康体であることが望ましいのだが、仕事柄いつまでも五体満足でいられるわけではない。ゴネンが現場に出ることは減ったが、なくなったわけではない。
加えてゴネンは三十五歳を超えたあたりから身体の不調を感じ始めており、まだ表面化はしていないものの、そのことを含めてなるべく早い段階で自分の仕事を引き継げる後継者が必要だった。
だが暴力ではそれなりの力量を見せる部下たちは、頭脳労働となると途端に使えない置物に成り下がった。多少頭脳がある部下はたいていが女を飯の種にしており、暴力面で弱い。地回りというのは暴力は外せないが、同時に人情を絡めた囲い込みも必要で、そのバランスを取るのにどうしても知恵が必要なのだった。恐れられるだけでは獲物に逃げられてしまう。恐れられ、敬意を払われ、同時に信頼されるという離れ業を実現する必要があった。
そして今日の明け方も、ミダ一家では中堅に当たるラウダという部下が、びしょ濡れかつあちこちに怪我をして様子で足を引きずりながら戻ってきた。腕には人の手形らしき青あざも残っていて、どう見ても、誰かに何かをやられた、という感じで、ただ事ではないことはわかった。ミダ一家と知って襲ったのだとすると、ミダ一家が舐められていることになる。報復しなければ侮られる。だが、ゴネンが治療を受けているラウダに説明を求めても、「この始末は俺がつけるんで」と言うだけで、何も明かそうとしなかった。ラウダをこんな目にあわせた相手にミダ一家が舐められているのと同時に、ゴネンもラウダに舐められていると感じた。
両方ともぶっ殺すと反射的に思った。
その場ですぐに動こうとする自分の身体を、「ラウダの喉を引き裂くのは相手がわかってからだ」となんとか宥めて押さえつけた。
ゴネンは殺人を決めた時にいつも浮かべる満面の笑顔をラウダに向けて肩を叩いた。
「そうか。気をつけろよ? おめぇももうすぐ一家の幹部なんだからよ」
「……すんません」
お互い底光りをする目を向け合った。
ラウダの目の奥に怒りを見つけて、やはりこの場で殺しておくか、と思った直後、轟音が外から響いてきた。
ゴネンは即座に一番奥の部屋の扉の内側に身体を隠し、外の様子をうかがった。
時間的には早朝だ。日の光も既に差し始めており、あまり襲撃に向いた時間ではなかった。
破壊音の後、金属が硬い何かにぶつかる甲高い音が響いた。
二階には若い者が寝泊まりしており、襲撃を感じ取って彼らが一斉に降りてくる足音が五月雨のように響いてきた。
だが、彼らが一階に着くと同時に、別の轟音が響いてきた。
正面扉が破られた音だと即座にわかった。
敵対組織からの攻撃を見越して分厚い木材で作ってあったのだが、おそらく破城槌のようなもので叩き破ったのだろう。
相手が今回の襲撃に対して充分に準備していることを理解して、ゴネンはいったん自身は奥の部屋に留まるべきと判断した。
二階で寝泊まりしている若い者はそもそも「暴力専門」だ。有事の矛であり盾であると言える。侵入者に対して彼らは躊躇なく反撃するだろう。侵入者の戦力を測るのに極めて都合が良かった。
ゴネンは片時も離さない刃渡り六小ガルデ(六十センチ)の剣の柄を緩く握り、いつでも抜けるようにしながら、気配だけで表の様子を伺った。
見えはしないが聞こえてくる範囲では、怒声と困惑の声が混じり合う奇妙な状況のようだった。
殺意が部屋から溢れだし、なぜか数分で、消えた。
ゴネンは驚愕した。
気配を読む力についてはゴネンは自信があった。
殺意も音もないということは殺されたか意識を失ったということを意味する。
つまり乱闘の音がほぼないまま、二十人はいたはずの部下たちが無力化されたのだった。
あり得ないと否定した後、職業暗殺者が十人単位で攻めてきたのかもしれない、とゴネンは考え直した。
気づくと汗が流れていた。ゴネンは背筋に冷たさを感じながら、自分がいる部屋を無意識に見回した。見回してから、自分が逃げ道を探していることを自覚した。その自覚をした後、ラウダと目が合った。こちらを伺うラウダの視線が自分を責めているように感じて、カッとなった。
「てめぇ! なんだその目はァ!?」
「あ……いや、命令待ってるんですが」
「……お、おう、そうか」
「はい。ど、どうしましょう?」
ゴネンはラウダの全身を眺めて確認するそぶりをしながら逃げることを諦め、覚悟を決めた。ここは意地の張りどころだった。
「怪我人の出る幕じゃねぇよ」
そう言ってゴネンは剣を手に表に続く扉を開いた。
自分がラウダの目にどう映るかを意識しながら、胸を張りゆったりとした足取りで廊下を進む。なぜかラウダもびっこを引きながらついてきた。
その間も、ゴネンの思考はこの状況を乗り切るためにフル回転していた。
建物は、正面扉を開けると大広間に出るようになっている。
暗殺者の集団であれば、ゴネンが付き合いがある最高位の貴族の名前を出して交渉するしかないだろう。それ以外に決定的なアイディアを思いつかないままゴネンが大広間に到着すると、そこには想像していた悪夢のような光景が広がっていたが、一つだけ想像と違っていた。
想像通りだった累々と広がる部下たちの身体。武器を持ったり持っていなかったりするが、全員動いていなかった。だが、わずかに胸が上下しているということは殺されてはいない、ということを意味していた。
想像と違っていたのは、侵入者は一人だと思われたことだった。
その侵入者は、まだほんの少年に見えた。
少年はゴネンに視線を向け、
「忠告をしに来ただけだが、襲ってくるなら容赦なく倒すぞ」
と落ち着いた声で言った。その落ち着きは年齢にふさわしくなく、歴戦の戦士のような風格さえ感じた。
ゴネンはその威に撃たれた。
加えて感嘆していた。予想外を目にした驚きは感動に変換されていた。
圧倒的な暴力。だがその暴力をひけらかさず、静かに使うだけの落ち着き。知性と気品を感じさせる顔立ちは部下たちからは得られなかったものだ。
気がつくと言葉がついて出ていた。
「見つけた……俺のあとを託すのはあいつしかいねぇ……」
そこへ、追いついたラウダが少年を見て、
「あ!! 俺を川に投げ込みやがった奴だ!!!」
ゴネンはぐるんと振り返った。
「たぶんてめぇが悪い!」
殴りつけると、ラウダは「ぐあ」とか「ぎあ」とか妙な声を出して倒れた。
ゴネンは笑顔を浮かべてみせた。
「すまねぇな。客人。部下が迷惑掛けちまったみたいだ。一家の五代目の俺が謝るぜ。申し訳なかった。さて、客人の名前を聞かせてくれ」
「アーシュだ」
「そうか。アーシュさん、か。ともあれ話を聞こうじゃないか。ミダ一家は筋を通すぜ? えらいことになってるみたいだが、これだってどうせこいつらが話も聞かずに襲いかかってきたんだろ? ならしょうがねぇやな」
「そうか。わかった。俺は俺が要求することさえ通ればいい」
ゴネンはまだ呻いているラウダを蹴っ飛ばした。
「おい、寝転がってないでさっさと茶でも入れてきやがれ」
「え? あ? もしかして毒ッスか?」
「馬鹿野郎! 普通の茶だ! 俺も飲むんだから!」
「は、はい!」
ラウダが必死の形相で飛び起きて足を引きずって歩き出した。
ゴネンは倒れたままの部下たちを跨いで応接用の椅子に座った。テーブルの前に置かれたもう一つの椅子を示すと、アーシュもまるで当たり前の様に歩き、当たり前の様に座った。
凄まじい胆力だった。
ゴネンはまだ起き上がらない頼りない部下たちを眺め回した。
「……こいつらをどうやって倒したんだい?」
「普通に叩いただけだ」
「普通? いやいや、そうはならんだろ。寝転がっている奴らの中には喧嘩はそれなりの奴もいるんだがなぁ。アーシュさんにとっちゃあ、虫みたいなものか」
「そんなことはない。虫と人は違う」
「そりゃそうだろう」
「虫は危険だ。殺しても腹から無数の子が溢れてくることがある。だから一体一体焼く必要があるのだ」
「……お、おう。そっちの方かい。ちなみにそりゃダンジョンの魔獣のことかい?」
「そうだな。だから第四層は苦労した」
ゴネンは内心、首をひねった。リスミア王国に住むゴネンは当然ダンジョンの知識はある。だが、そんな危険な魔獣がいるとは聞いたことがなかった。そもそもリスミア王国のダンジョン『アポリオンの傲慢』は二層までしか攻略されておらず、ゴネンは『傲慢』しか知らないため、別の国のダンジョンの話の可能性もあった。
『傲慢』以外のダンジョンに潜った経験があるというのであれば、目の前の少年は冒険者である可能性が高かった。冒険者は戦闘用魔術を使う。戦闘用魔術も基本的には生活魔術と同様にダンジョンから産出される魔石の力を借りるものであるが、複数の魔石を組み合わせることで攻撃と防御に高度にアレンジされている、らしい。ゴネンは戦闘用魔術は使用することが出来ないため良く分かってないが、もう一度倒れた部下たちを見た。火傷をしているようにも濡れている様子もなく、さらに血が流れた様子もない、とそこまで考え、ゴネンは考えるのを無理矢理やめた。今重要なのは目の前の少年の過去を疑いその力を推し量ることではなかった。信頼を育み、取り込むことこそがやるべきことだった。目の前のアーシュという名の少年をミダ一家の六代目にするために。
ラウダが茶を運んできた。
淹れ慣れてないせいか余り美味くないそれで舌を湿しながら、ゴネンは腰をすえ脳をフル回転させ覚えた手練手管を全て使って、アーシュの勧誘を開始した。




