第14話 集金日
三日間アイビーは半分寝て半分起きているような状態が続いた。
そして三日目の夜、アイビーはようやく起き上がった。
つきっきりで看病していたグループの全員が歓声を上げた。
「心配を掛けましたね。もう大丈夫です」
皆、涙を浮かべながら首をぶんぶん横に振った。テンキーに至っては泣いていた。
アイビーは俺の方をちらっと見てから、立ち上がった。
テンキーがアイビーに飛びつき、アイビーはその頭を撫でて、
「アーシュに助けられました」
「でもでも怪我してる!」
「すぐに治りますよ、これくらい」
「アイビーが、アイビーがいなくなっちゃうって思って」
「申し訳ありませんでした。でも大丈夫です。私はここにいます」
女子達が集まっていく。何か話しあっている女子達を俺は見て、腹が空いた、と思った。だが空腹は我慢するべきものだ。ここで食事のことを口に出すと怒られる。そのくらいの予測は出来るようになっていた。食事よりもアイビーのことを心配するのが正しいのだ。
アイビーが起き上がって、俺は正直少しホッとしていた。
これで明日は再びポーターとしてダンジョンに潜れるかもしれない。
それで三日前にダンジョンを出たあと与えられた給金の存在を思い出した。
それを取りだし、泣いている女子に取り囲まれて困った様子のアイビーに渡す。
「確か給金は渡す必要があったな。少し遅れたが、これがそうだ」
「あ……はい」
「そんなのあとでいいでしょ! アイビー、今日は食事したらすぐに休んでね!」
アイビーは、「そうですね」と頷いたあと、
「……あ、ごめんなさい。無理です。今日は、週に一度の集金日でした。行かなくてはなりません」
「え」
「収めるものを収めないと……ここを出ていかなくちゃいけなくなってしまいます……」
全員が戸惑った顔を向けた。
「それは……困る」
「屋根がないと……」
皆が落ち込んだ。
ボリバスはひときわ落ち込んでいた。
「ごめん。俺たちが力が無くて……」
アイビーが笑顔を浮かべた。
「いいえ。大丈夫です。気を失ってたのはつまり休んでたわけですから、元気いっぱいです」
「そんな……そんなわけはないと思うけど……」
ボリバスが何かに気づいたように俺の方を向いた。
俺に目配せをするが、全く意図が読めない。
業を煮やしたのか、ボリバスは俺を隅の方に連れて行き、
「悔しいけどよ、ほんとにこんなこと言うのは情けないけどよ……お前がアイビーを護ってやってくれ。アイビーは俺たちの女王だから」
「わかった」
「くそっ。俺も、鍛えて、いつか絶対アイビーを守れるようになる!」
「そうだな。努力は必ず結果に繋がる」
「なんでお前は上からなんだよ!」
頭をはたかれた。避けることは出来たが、避けないのがこの集団のルールだ。俺も成長しているのである。
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孵化街にはそもそも灯りは無く、夜となればひどく暗い。雲越しのわずかな月明かりの下、アイビーは懐を押さえてゆっくりと歩いていた。
あんなことがあったばかりで不安はあったが、これはアイビーが前のリーダーであるコーティから引き継いだ仕事であり、どんなにイヤでも週に一度やらなければならなかった。公権力が及びにくい孵化街では、代わりに治安を維持する組織として『地回り』が存在する。秩序を担う暴力装置があってはじめて、小さな暴力は抑圧されるのだ。
孵化街で一番大きい『地回り』がミダ一家であり、アイビーたちが上納金を収めているのもそこだった。
つまり浮浪児たちは金を払って橋の下を借りているわけである。もちろん橋がミダ一家の所有物であるわけもないのだが、勝手に縄張りを宣言して、自分の持ち物であることのように振る舞っていて、それが当然と見なされていた経緯があった。
上納金を支払わなければ追い出されることは間違いない。抵抗したとしても、暴力によってアイビーたちの意志は容易く挫かれる。
だから行かねばならないのだ。
(それに……)
とアイビーは考える。ボリバスからの提案でアーシュが護衛についてくれることになった。そう考えるとそれだけで安心出来た。アーシュはアイビーが助けを求めるまでは隠れていて声を掛けたらすぐに現れて助けてくれる約束だ。
今もこの暗闇のどこかに身を潜めているはずだが、アーシュの姿は全く見えない。だが試しに呼ぶと湧き出るように隣に立っているのである。
アーシュがいる。そのことに胸にぽっと灯った火のような暖かさを感じながら歩いていると、やがて目指す「入口橋」にたどり着いた。だが、相手は既に約束の場所で待っていて、そのことがアイビーを緊張させた。
相手の男ーーミダ一家のラウダはアイビーを見ても、視線をわずかに動かしただけだった。欄干に座ったまま一言も発しなかった。
ラウダは三十歳前後の大柄な体つきで、細い目が恐ろしい男だった。
アイビーはとにかく頭を下げて謝罪した。
「待たせてしまって申し訳ありません」
ラウダは返事をすることもなく黙って座ったまま右手を出した。
アイビーは慌てて懐に入れておいた小袋を掴みだし、ラウダの手に乗せた。
小袋の中には仲間達が集めた金が入っていた。
アイビーの仲間が苦労して稼いで貯めた小銭がじゃらりとラウダの手のひらに溢れた。
ラウダは舌打ちをして、数え始めた。
四十二枚の銅貨を数え終え、
「これだけか?」
「……はい」
「足りねぇよ。あの橋の下も追い出されたいのか?」
アイビーは慌てた。
「し、仕方が無いのです。これは約束していた半分です。たくさん入ったときはちゃんと渡しているはずです」
ラウダはもう一度舌打ちした。
それから歪んだ笑みをアイビーに向けた。
「……なぁ、妙な噂を聞いたぞ?」
「何ですか?」
「お前が妙な力を持っていて、それを王都のえらい奴らが狙っているって。それで『互助会』どもが動いていて……失敗したってさ。どうだ? 身に覚えがあんだろ?」
「……そんなことはありません。私は孤児ですよ?」
「いや、その口調。孤児はそんな口の利き方はしねーんだわ」
それから値踏みするようにアイビーを見た。その視線が自分の胸元に止まったことにアイビーは気づき、思わず嫌悪感から腕で身体を隠した。
だがラウダは笑みを浮かべてアイビーの身体をねっとりと眺め回し、
「……お前、けっこうでかくなったな」
「……」
「なんか返事しろよ」
「足りない分は次回がんばって払いますので」
「そりゃ無理だ。待てんなぁ」
「お願いです」
「ダメだ」
「で、でも……」
「だがない袖はふれんわな。仕方がねぇか」
「え? じゃあ、」
「足りない分は身体で払え」




