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第13話 帰還

 ダブソンは激怒した。

 主人であるチュランの両腕の傷は治療の魔石で血が止まったからおそらく死ぬことはない。

 だが、絶対に後遺症は残る。

 ダブソンは目の奥に憎悪の炎を滲ませ、相手を見た。

 顎に力が入り、奥歯が軋んだ。

 弾かれたばかりの剣を構え直す。柄を持つと魔剣の力で途端に心に凪が訪れる。あとはいつものように殺すだけだ。

 ダブソンの構えは特殊なものだった。身体を前に置き、剣身を身体で隠すようにするのだ。

 剣が見えないため、攻撃の出だしが見えない。はじめてこの構えを見ると、相手はかなりの確率で混乱し、結果、初撃を避けるために距離をとろうとする傾向がある。だが、今回の敵は状況が理解できないのか動かなかったのだ。

 つまり、殺される覚悟があると言うことだ。

 目を細めると同時に、剣が動き出した。

 狂うほど繰り返した一撃だった。

 魔剣を使うことで人を傷つけられなかったダブソンがようやく人に振るえるようになった必殺の武器。

 剣精が蠢く。

 筋肉が決まった順序で動き、剣先を加速させる。

 相手からは光が迸ったように見えただろう。

 だが、次の瞬間、


「ふむ」


 何事もなかったように再び剣身が叩き落とされた。

 剣筋がぶれる、と言うレベルでは無かった。打撃は完全なタイミングかつ完全な角度、加えて圧倒する力で実行され、剣は攻撃力を失いそのまま激しく地面を擦った。

 ダブソンは痺れる手をかばうことも忘れて呆然と顔を上げた。

 誰もを圧倒してきたダブソンの剣を、軽やかに素手で叩き落としたのは一人の少年だった。


「たいしたものだ。練度が良く分かる。見事だぞ」


 身体が固まっていた。

 改めて見て、ようやく目の前の少年の身体に満ちた力の流れがわかった。

 自分が鍛えていればこそわかった。

 それは自分が目指していた境地だった。力と動きの完全なる調和。

 慌てて剣を拾い構え直した。

 相手は剣を抜くことさえなく、


「そうか。諦めぬか。だがそれもまた戦士の道。ではかかってくるがいい」


 無手のまま少年は歩み寄った。

 一撃では無い。一撃に全てを込めると、それは容易く阻止される。ならば剣戟を連ねればよい。

 連撃もまたダブソンの鍛え抜いた技の一つだった。

 だが、人相手にはうまくいったためしがなかった。初撃で人は死んでしまうからだった。

 だが、今回こそはその技が生きるだろう。

 剣精が蠢き、手にした剣が再び動き出す。

 右斜め下からの擦り上げ、ほとんど間を置かず、右上からの振り下ろし、そして突き。

 凄まじい速度で攻撃が続く。視界でさえ剣精が制御する。

 一撃一撃が全て必殺だった。

 剣精によって完全にコントロールされた弾幕。

 その剣が無限に続いた。

 そして、全ての攻撃は小虫のように素手で払われた。

 それでもなお攻撃を続けながら剣に魔力を注ぐ。これがダブソンの秘策だった。


「そんな技もあるのか」


 相手の呟きが届いた。

 バレていた。

 だが、かまわなかった。

 ダブソンはひどく昂揚していた。

 この魔剣には三つの隠し要素がある。

 一つは剣を手にした人間に強い殺人衝動を与える『呪い』。

 もう一つは人に傷を負わせた際の魔力の吸収とそれによる剣の自己進化機能。

 最後は、魔石と同様に魔力を注ぎ込むことで発動するスキルである。それは、肉体を強化する極めてシンプルなものであったが、主人の魔力を全て消費し、一瞬に膨大な力を与えることができる、という。魔力を全て消費、というのは命の危機があるため使ったことはない。だが、今回は使うつもりだった。

 かつて初代剣聖は剣で山を斬った。確かに剣精の密度と強度と精度を上げれば、あり得ないことを起こせる。山を斬るのは一見不可能に思えるが、きっと初代剣聖は膨大な魔力を持ち、そしてこの剣に似たような、持ち主の力を一瞬だけ強化する特殊な武器を使ったのだろう。

 ダブソンが注ぎ込んだ魔力を叩きつければ、この屋敷を含む街の一部は破壊されると思われた。そしてダブソン自身は魔力欠乏で死ぬ。

 それでも自分の全力を出すことが出来ることが嬉しかった。

 既にダブソンの頭にはチュランの死は消えていた。

 自分の全てをぶつける相手が現れたこと、そしてその全てをぶつける機会を得られたこと。

 そして、


「それは良くない」


 光が走り、ダブソンがたった今振るった剣が破壊された。

 一瞬だった。

 ダブソンが注ぎ込んだ魔力が雲散霧消した。

 自らの体内に育っていたはずの剣精までもがまるで何かに恐怖したように萎縮していた。

 ダブソンは激しく混乱した。

 前を見ると、少年の手には抜いていなかった剣があった。

 何が起こったのかわからなかったが、頭の片隅で理解は出来ていた。少年が魔剣が何を実行しようとしているのか気づき、その発現を阻止するために魔剣を破壊したのだ。

 手に残った柄を見た。

 剣の刃の部分が引きちぎられるようにもげていた。

 一体どのような力が加わったらこのようなことになるのか。

 動く鋼の速度が上がれば、相対した鋼は液体のように振る舞うことがあることは知っている。それが起こったというのか。

 呆然と少年を見た。


「その技は寿命を縮める。戦士が使うべきものではないぞ」


 そう言った少年は既に剣を鞘にしまっていた。

 ダブソンに興味を失ったように隅に寝かせていた少女ーーアイビーという名の孤児をやさしく抱えあげると、そのままドアを開け、出ていった。

 入れ替わりにアーグスが入ってくる。少年とアイビーを指さし、


「あれ、よく知らない人が出てきたのですが、大丈夫ですか? それからすごい音がしてましたが……」


 そこでチュランの両腕が転がっていることに気づき、


「ウゲェ!!」


 と声を上げた。


        @


 アイビーに攻撃を加えていたなんだかいかがわしい感じの少年はまだ幼いためか残念ながら見るべき所は無かったが、黒鎧の騎士はなかなかの戦士だった。

 父上の軍であっても十分兵士が務まるであろう。

 とはいえまだまだ真の戦士とは言えなかった。技能も心も弱い。

 かくいう俺もまた弱いのである。

 今も激しい動悸息切れ理由の無い興奮と戦っている。

 意識を失ったアイビーの身体はずっしりとした重さを感じさせるが、俺にとって行動を妨げるほどのものではない。抱えたまま走ることだって出来る。

 それでも俺に対するデバフ効果は止まってない。

 通常、魔術は特殊なもの以外は意識が無い状態では継続しない。

 つまりこれはおそらく呪いのようなものなのだろう。

 一度発動したら、対象がどのような状態であっても接触・近接等の条件でデバフが続くという恐るべき呪いなのであれば、国に持ち帰れば『兵器』として使用できるかもしれない、と新たな気づきを得たところで、ねぐらの橋にたどり着いた。

 橋の上に橋の下にいるべきグループの皆が出ていた。

 そしてその中心にいるボリバスは奇妙な格好をしていた。どういう意図か、複数の鍋を身体からぶら下げていた。なんだろう。何かの儀式だろうか。

 俺が近づいてきたことに気づいたのか、ハルプもサイズの揃っていない板を縄で身体に巻き付けた姿で、


「アーシュかよ! おせぇよ! お前も手伝え!」


 俺は立ち止まり、眉をひそめた。


「手伝うのはいいが何が起こったのだ?」

「カチコミだ! 取り返すんだよ! 行くぞ!」


 奪われたものを暴力で取り返す、ということか。ならば取り戻すのは権利と言っていいだろう。


「なるほど。そういうことなら手を貸そう」

「おう。武器はなんだ? あ、そうか。お前、剣を持っているのか。ちょうどいい。それ俺に貸せよ。お前が持ってるより絶対役に立つから!」

「それはダメだ。父上から預かったものだからな」

「お前が持っていても役に立たねぇだろうが」

「そうは言っても、許可を取らねば渡すことはできん」

「……なんだ、お前の親は生きてんのかよ」

「生きている、かどうかはむずかしいところだが……とりあえずアイビーを置いてくる。少し待て」

「おう。アイビーを取り返しに行くんだから急げ!……急げ?」


 ハルプがまじまじと俺の顔を見てから、それから俺が背負っているアイビーを見た。


「え? は?」

「誰か、アイビーの世話をしてくれないか? 俺は宝物の奪回戦に参加せねばならぬ」


 全員が一斉に俺の方を見た。

 そして次の瞬間、全速力で駆け寄ってくる。

 俺をそっちのけで、俺が背負っているアイビーの顔を覗き込み、


「アイビー!!!?」


 代表してテンキーが悲鳴のような声を上げた。


「うむ。世話を頼む」

「ど、ど、ど、どうして」

「何かの奪還に向かうのだろう? 俺はそちらに手を貸す」

「違う! いつ助けてきたの!!!!?」

「む?」


 アイビーの身体が俺の背中から下ろされるのを手助けしながら俺は説明に窮していた。報告は正確にするべきだが、助けた場所も助けた時間もはっきりとはわからなかったからだ。そこでアイビーが身じろぎをした。


「アイビー!?」


 テンキーの高い声が最後の一押しになったのか、アイビーは意識を取り戻した。

 ゆっくりと周囲を見回し、ちょうど俺と視線があったところで、


「アーシュ……」


 と柔らかい口調で呟いた。


「生きてた! アイビーが生きてたよぅ!! よかったぁ……」


 テンキーが泣き出し、他の仲間達も一斉に歓声を上げた。


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