第12話 三人+一人
地下の部屋の中に、三人の人間がいた。
その一人であるダブソンが剣を振るい、その度に、服と皮一枚が切られ、血が舞った。
それがひたすら繰り返されて、辺りはアイビーの血と、ダブソンの汗と、チュランの笑みでいっぱいになった。既に縄は切られあちこちに散らばって落ちていた。
それでもアイビーはチュランをにらみ続けた。
アイビーの中にあるのは恐怖ではなく、怒りだった。
本当に嫌な相手だった。ラゾーン公爵家の人間なのだろう。人を人と思わない暴虐さが高位貴族にふさわしかった。
そしておそらく自分は殺されるのだろう、とアイビーは考えた。
死ぬのは仕方が無い。
死んで当然の人間だ。今まで生きていたのが変だったのだ。
そう考えると恐怖は消えていた。ラゾーン公爵家の跡継ぎを睨み続けながら、問うた。
「あなたは自分が何でえらいと思っているのですか?」
チュランは驚いた顔をしてアイビーを見た。
それから笑みを浮かべて答えた。
「強いからだ。私の言葉で、兵が動く、軍が動く。つまり武力が動く。わかるか? 人を上下を決めているのは、どのような暴力を振るうことが出来るかだ。没落貴族はその暴力を持たぬ。だから、平民と変わらぬ。王国の始祖が武によって立ち、我が先祖がそれに協力したころから変わらぬ」
「……あなた自身はとても強そうではありませんが」
チュランの目に怒りが浮かび、その直後に笑い出した。
「……そうだな。だが、まぁ、ご病気の陛下も似たようなものではないか」
アイビーはゾッとした。信じられなかった。国王は不可侵。それは国民全員の総意である。まして、貴族であるならなおさらだ。貴族は国王との関わりで優劣を決める。浮浪児として生きてなおさらそれを確信できた。
「あなたは陛下に対する、王国に対する忠誠はないのですか!?」
「忠誠? それは受け取るものであって払うものではないな」
「なんという……」
「それにしても面白い視点だ。私は個人的な戦闘力としては確かに弱い。父上とて私よりは強いかも知れぬが、ダブソンよりは遥かに弱い。ふむ。ではなぜ私はダブソンより、そして父上は私より強いと言えるのか」
チュランは手を翳し空を掴むような仕草をした。
それから笑みをアイビーに向けた。
「我らは支配者だ。支配者の強さを決める尺度は支配できる人の数であろう。支配できる人の数で強さは決まる。だから犀竜騎士団を支配している父上には私は及ばぬ。まだ、な」
「……支配など意味はありません!」
アイビーの言葉をチュランは聞こえないのか、独り言のように続け、
「その数で未だ父上も陛下も私よりも遥かに多い……」
突然、顔を上げ、アイビーに妙にぎらつく目を向けた。
「だが、お前の生得スキルを使い、未来を知ればその限りでは無い」
「なにを……」
「ミズーオ家の至宝よ、このチュランの至宝となれ、そして、やがては王国の至宝となれ」
「……あなたのその考えは呪いです。陛下を頂点にした秩序があなたに力をもたらしている。その自分自身の力の源泉を否定して何が残るというのですか?」
「その通りだ。私はだからこそ私自身を力の源泉として再度定義し直す。そのために力を貸せ」
「破滅しかありません」
「ふはは。それを避けるための方策もまたお前だ。未来さえ知れば、何をどうすれば私の夢を現実に出来るかよいか、どこをどう歩めばよいか、容易くわかるではないか!」
「未来視はそのように都合のよいものではありません」
「いいや! お前が我が手に入ったこともまた運命。さぁ、視よ。未来を! さすれば納得するであろう!」
狂人だと思った。実際、その目には狂気を帯びていた。
その狂気が伝染する。アイビーの心に狂気が宿った。
チュランがカリスマがあるのは間違いないだろう。
気がつくと自然とアイビーの手がチュランの手に伸びていた。
肌が触れる。
その瞬間、アイビーは自分の中の奥底に眠る魂、そこに魔力を注いだ。
突然、凄まじい思考の奔流が脳を焼き、唐突にそれが終わった。
アイビーは目を見開いた。だが話す言葉は無かった。
「どうした! なぜなにも言わぬ!?」
アイビーは今、見えたものではなく、見えなかったものを伝えた。
「あなたの未来はありません」
「!」
チュランはよろめき、それから狂気に歪んだ顔を上げた。そのまま手を伸ばしアイビーの首を締め上げる。
「私の死が見えたというのだな! 私の未来に立ち塞がるものは誰だ! 父上か! それとも陛下か! そしてそれはいつ来る!?」
アイビーは首を絞められながらゆっくりと手を持ち上げた。
「なんだ? どういう意味だ!」
指が天を指さした瞬間、屋根に亀裂が入った。
その亀裂は一瞬で一ガルデほどに拡がり、そこから何かが落ちてきた。
それは、落ちながら光を発した。白い光が空を走り再び何かに吸い込まれる。
同時にチュランの両腕がずれた。
一瞬遅れて血しぶきが上がり、そのままアイビーの首を絞めていたチュランの両腕が落ちた。
人と獣のそれが交じり合ったような絶叫が上がった。
チュランは痛みから転がり回る。
それをダブソンがあわてて駆け寄り押さえ込む。
アイビーは見ていなかった。
かつて屋根であった瓦礫がバラバラと落ちる中、それもまた瓦礫と同時に地面に降り立った。
だが瓦礫とは異なりわずかな音もしなかった。
アイビーのすぐ隣だった。
アイビーは顔を上げた。横顔に見覚えがあった。
「アーシュ……」
アーシュの腕がアイビーを守るように身体に回される。
アイビーの手がアーシュの手に触れた。
次の瞬間、再びスキルが発動した。無数の光景がめまぐるしく変わっていく。
それは長かった。一瞬が永遠に続いた。
そして、アイビーは微笑みを浮かべた。
「ああ、あなたは世界を救うのですね……」
そのままアイビーは意識を失った。
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俺は頽れるアイビーを抱き留めた。
意識の無いアイビーの肉体の重さはデバフに満ちていた。空気でさえ俺に激しい動揺をもたらす何かを含んでいた。
そうでなければこのようなかぐわしさを感じるはずが無い。
ただの空気に体臭が混じっただけで、なぜこんなに胸がドキドキするのだろう。
俺は精神修養が未だ至らぬ自分に哀しくなりながら、なぜか大きく息を吸い込んでいた。
きっとデバフのせいだった。
おそらく俺のそれよりは柔らかいことは間違いないが、普通の肉体の柔らかさであるはずが、なぜか異様に柔らかく感じたアイビーの肉体を、名残惜しく思いながらそっと床に寝かせた。あれだけ柔らかいとそのまま液状に広がったりしないか心配だったが、大丈夫だった。
抱きかかえたまま橋の下まで連れ帰りたいところだったが、そうできなかったのは俺に向けられた剣に対応するためだった。
「殿下の腕を……」
細く甲高い声で黒い甲冑を身につけた大柄な男が俺に剣を向けながら言った。
「許さぬぞ」
剣が振るわれた。
俺はそれを素手で弾き返した。




