第9話 ナコントンパークのソウデル
もう?って感じで拍子抜けなんだけど、逆にこの演出が怖いよね。
だって、マーロウ爺さんと歩いて行けそうな距離だから、こんな車で迎えに来る意味がないし。
「もう、到着ですか?」
探りを入れてみるが、お兄さんは微笑を浮かべたまま黙っていた。
車が大きな門に近づくと、自動的に開いていくようだ。警備の人も出てこない。そして敷地の中に車が入ると、門は閉じてしまった。
モルがブルブル震えている。そりゃあ怖いよね。ヤーさんの事務所に連れていかれるより怖いかもしれない。
ただ、敷地は広いものの、贅を尽くした庭園があるわけでもなかった。噴水もなければ石像もない。ただ広いだけだった。
さすがにスラム街だからかな。ここに金ピカの宮殿があるわけがなかろう。
「無駄に広い屋敷だな」
お兄さんには無視されるので、モルに言ってみる。
「だからヤバいって。絶対、悪いことしてる人でしょ!」
「そりゃあスラムのボスだからな。いい人なわけないじゃん」
アハハとモルの頭を撫でていると、お兄さんがなぜか笑いだした。
「モル君が言葉を話すというのも、本当みたいですね」
あ、そうだった。モルよ油断したな。ニャハって顔が引きつってるよ。
「フフフ。心配しなくても大丈夫ですよ、モル君。勘違いしているようですけど、ここは犯罪者の無法地帯ではありません。ちゃんとした自治区なのですよ。制度もインフラも十分ではありませんが、機能しています。ソウデル様はお伝えしたように、統治者なのです。決してギャングのドンではありませんから」
「へ?統治者って?」
モルがポカンとして聞き返す。
「お会いになればわかりますよ。そろそろ降りる準備を」
こうして、車は屋敷の玄関の車寄せに停車した。
降りてみると、やはり建物は年季が入っていた。石造りの外観は古びていて、言うなれば旧家の邸宅という感じ。敷地の広さに比べてこじんまりしているけど、まあそれなりに大きい。
うーん、車が凄いだけに驚きを感じないな。使用人ぽい人も出てこないし、お兄さんだけなのかな?
キョロキョロと見回していると、お兄さんが「こちらへ」と言って歩き始めた。
「あっ」と声に出して引き留める。
「そういえば、お名前を聞いていませんでしたね。もうタイミング逃しそうだし」
お兄さんがまた笑い出す。
「あなたは面白い方だ。まるで動じないのですね。私でも最初にここに来たときには震えたものですが…まあ、それは置いておいて、お教えしますよ。お友達になれるかどうかはわかりませんが、私の名前は、ジェラワットです」
もう面倒な人だな。いちいちもったいぶって。
「ジェラワットさんね。ありがとう」
たぶん友達にはなれないだろうな。モルとは相性が悪そうだし。
そう思いながらついていくと、玄関の大きな扉が自動的に開いた。ジェラワットが魔法か何かで開けたのではなく、中から人が開けたようだ。
中は吹き抜けのロビーのようになっていて、中央に幅の広い階段がある。その階段に続くロビーの両サイドに、階段の幅と同じ間隔で、ずらりと列を作った人たちが待ち構えていたのだ。
合計三十人ほどだろうか。ジェラワットのような礼装ではなく、黒を基調とした制服に身を包んでいる。王立軍の制服みたいな感じで、色合いは違うけど兵士っぽい。銃こそ携帯していないようだが、サバイバルナイフみたいなものを腰につけていた。
さすがに緊張感が高まる。囲まれてまた刺されるなんてことはないよな、なんて思っていると、男たちが一斉に敬礼した。警察官がするタイプの敬礼で、作法は同じらしい。
それにしても、凄いお出迎えだと身構えてしまう。ジェラワットが、その皆さんの前を優雅に歩いて行くから、やっぱり兄さん、偉い人だったんだね。
立ち止まっているわけにもいかないので、あとについていく俺とモル。なんか申し訳ない気になるね。俺はVIPでもなんでもないし、モルなんてただの猫だし。
そして、人の道を通り過ぎ、中央の階段を上っていく。途中から左右に分かれていて、ジェラワットは左側に進んだ。
その先はさらに廊下が続いており、左右に部屋がいくつもあるようだ。次第に装飾が豪華になってくる。アンティーク風の照明や西洋美術のような絵画が不気味な雰囲気を醸し出していた。
やがて、廊下の突き当りにある扉の前で、ジェラワットは足を止めた。
「さあ、お入りください。ソウデル様がお待ちです」
えっと、お兄さんは入らない感じですかね。
まあいいや。ここはモルを見習って、躊躇なく扉を開けようと思ったのだが、モルが足にパンチしてきた。
「ちょっと待ってよ!まだ心の準備ができてないよ。なんですぐ開けようとするのさ!」
「はあ?」
お前、冥界じゃ幽審殿の扉をあっさり開けたくせに。忘れてないよ。
「いや、死刑になるわけじゃないだろ。大丈夫だって」
「なるかもしれないでしょ!なんで大丈夫だって言いきれるのさ」
すると、ジェラワットがプッと吹き出した。
「あなたたち名コンビですね。とても面白い。本当に大丈夫ですから、お入りなさい」
そして、ジェラワットが扉を開け放ってしまった。
モルが口をパクパクさせて固まってるので、俺が入るしかないじゃないか。
すーっといい匂いが漂ってきた。お香のようなアロマのような落ち着く香りだ。
中は薄暗くて入りにくいのだが、立ち止まっていても仕方ない。そろりと中に入ってみると、予想だにしない光景が広がっていた。
何もないのだ。家具もなければ窓もない。まして絵画や観葉植物といった客をもてなす感じは皆無だった。
だから言ったでしょ!というモルの心の声が聞こえてくる気がするが、それどころではなかった。
ただ一つ、床から天井を貫くほど大きな石があった。それが青い光を放出し、まるで生き物のように光を明滅させていた。
まさか、これって――。
その光を背に受ける人物が一人、一脚だけ置かれた椅子に座っていた。
俺も固まっていたようだ。バタンと扉が閉まる音で我に返った。なんだ、お兄さんも結局入るんじゃん。とは思ったが、口にしなかった。さすがの俺も冗談を言う気にならなかった。
この人がソウデルさんなのだろう。だけど、暗いのと石の逆光で顔が見えなかった。
近づいて顔が見えてくると、俺はさらに驚いた。座っていたのが女性だったからだ。それも超がつくほどの美人で…。
だって、名前からして男だと思うじゃん。まあ、いい意味で裏切られたわけだが、ヒロコともミートクさんとも違うタイプだった。
ゆうに三十は越えているように見えるけど、漆黒の長髪が青い光を含んで、もう女王様と呼びたくなるような、怪しい色気を放っていた。
余部哲雄よりは年下だろうけどね。それに服装もなんか色っぽい。ピタッとした薄手の服で、しなやかなボディラインが強調されている。
「ベルマとモルですね」
女性が優雅な口調で言った。
「はい」と、躊躇いなく返答している俺に驚く。モルはもう片膝をついて服従しているようだ。お前の性格は、わかりやすいなんてレベルじゃないよな。
プッと吹き出す兄さんの声が聞こえる。だが、そんなことはどうでもいい。
「マーロウから聞きました。記憶喪失になってしまわれたとか」
俺も膝をつこうか迷ったが、とりあえず立ったままでいよう。
「はい。じつは気がついたら樹海の先の浜にいまして、王都の方に助けられてここを教えてもらったんです。IDもありませんし、世の中の仕組みとか作法とか、そういったことも忘れちゃってるみたいで…」
アハハ、とお茶目な感じを出してみる。
「マーロウから聞きました。樹氷と治癒魔法を使ったとか」
「え?」
えっと…ん?どうも微妙に会話が嚙み合ってないな。AIと喋っているような…マーロウ爺さんはどうでもいいんだけど。
「そうですね、でもそれもよくわからないんですよ。無意識に出たっていうか、やり方も覚えてなくて…」
「マーロウから聞きました。モルも人語を操れるようですね」
「もうええわ!」
俺は思わずツッコんでいた。なんなの、この枕詞!ちっとも話が入ってこないよ。
ハッとして俺が立ちすくんでいると、女性が立ち上がって近づいてきた。
あ、やっちゃったかな。よそよそと視線を外すと、モルも怯えて俺の足にしがみついていた。ちらりと視線を向けてみると、なぜか女性はアハハと笑い始めた。
え?と思って兄さんを見ると、兄さんも笑っていた。なんだこれ?
「ちょっと…なんですか?」
「いや…悪い…」
女性は、ヒイヒイと腹を抱えていた。
「まさか、『もうええわ!』なんて言うとは思わないじゃないか。なんだい?流行ってるのか?」
「確かに。『もうええわ!』は斬新な発言でしたね」
二人は俺のツッコミを面白がっているようだ。まあ、地球の――それも日本だけの文化だろうけど。
「あの、俺の国では『ツッコミ』と言うんですよ。説明が難しいですけど、非常識なことを言うのがボケで、それを正すのがツッコミって感じで。ツッコミがボケを引き立てるんですよね。面白かったのなら何より…って、なんの説明してるんですか?」
「………」
二人は俺を見つめてしばし固まっていたが、また吹き出すように笑った。
「もうええわ!」
「いや、まあ…そういう使い方ですよ」
女性は気をよくしたらしく、俺の肩をポンポンと叩いた。
「いやあ、悪かったね。わかってると思うけど、私がソウデルだ」
でしょうね。もう驚きませんよ。男だと思ってましたけどね。
「あ、はい。よろしくお願いします」
「モルもよろしくな」
ずいぶんフランクな喋り方だな。女王様っぽいのかと思ったけど、どういう人なんだろ。
モルは言葉にならないようで、ニャハのポーズも忘れている。たぶん、この人はお前に手に負えないよ。
「さて」と言って、ソウデルは指を鳴らした。
すると、部屋全体に明かりがついて、ソウデルの座っていた椅子と巨大な石が消えていた。何もない、がらんとした広い部屋になった。
「驚いたかい?」
ソウデルが微笑を浮かべている。ええ、あなたの美しさに驚きましたよ。小じわひとつないんですね。
って、そんな場合ではないな。
「はい…あの石はどこへ?」
「隠蔽魔法さ。石はこの部屋にあるよ。見えなくしただけ。とても大事なものだから」
至近距離で言わないでほしい。話がまったく頭に入ってこない。
「はあ…」
ソウデルが笑みを深める。
そして、さっと距離を置いた。
「これでよくわかったよ。お前が記憶をなくしているのは本当らしいね」
「え?」
「わざわざこんな演出をしたのは、お前の反応を見るためだよ。お前に裏はなさそうだ。精神魔法でいじられた人間は、ツッコミなんかしないからな。いいだろう。入隊を認める」
うーん、この人は何を言っているんだろう?
「入隊…ですか?」
「説明はジェラから聞け。相棒の猫も一緒でいい。喋る猫を連れてくるスパイもいないだろうよ。いや、この場合は逆かな。猫が記憶喪失の主人をお守しているようだな?モル君」
ソウデルが微笑みかけると、モルは全身の毛が逆立つように身震いしていた。
どうした?と思ったら、どうも感動していたらしい。
「そうなんです!ソウデル様。ボクはベルマのせいでこんなことに…」
涙まで浮かべている始末だ。去っていく感じだったソウデルが、膝をついてモルを撫でた。
「よしよし。これからお前もファミリーの一員だ。頼りにしているぞ」
あーあ、手なずけられちゃった。「はい、ソウデル様」なんて言ってる。カルマエギはいいのかよ。
なんか今日は俺が溜め息ついてるな。ソウデルは、さっさと部屋から出て行ってしまった。
じゃあ、とりあえずジェラ兄、説明をお願いしますね。
「あの、俺たちはこれからどうなるんでしょうか?」
ジェラ兄はソウデルが出て行っても頭を下げていたが、スッと上体を起こして髪をかき上げた。
続けて、「は?」と妙なセリフを吐く。
ん?それは俺が言いたいんだけど、人が変わっちゃったのかな。
「俺は、ナコントンパークの銀狼と呼ばれる男だぞ」
「………」
えっと、どうした?
「なんで俺が、お前みたいな記憶喪失のマヌケにへりくだらなきゃならんのだ」
お前もたいがいだな!ホントに人が変わってるよ。
通り名もダサいし。どうりでモルが敵意を剥き出しにするわけだよ。なんか頭が痛くなってきた。
「そうでしたか。で、我々は一体どうなるので?」
銀狼はハアと溜め息をついた。
「ソウデル様の演出好きには困ったものだ。しかもすべて俺に丸投げされる。副将の務めとは言え、やりきれぬわ」
何言ってんだろ、この人。大丈夫かな。
「えっと、俺の話、聞いてます?やっぱり、あなた猫かぶってたんですね?猫の前じゃ通用しませんよ」
シラーっとする銀狼。ここは笑うところなんだけど?
「あの…ご面倒でしたら、我々は帰ってもいいですよ。帰っていいですか?いいですよ。じゃあ、さようならって、そんなわけあるかい!」
バシッと銀狼の腕を手の甲でシバく。
「これが、ノリツッコミってやつです」
銀狼の鋭い視線が俺を射抜く。その直後――。
ブッと銀狼が吹き出した。ガハハと上品さの欠片もなく笑った。予想どおり笑いのツボは浅いらしい。俺も合わせて笑っておく。モルは忌々しそうに俺と銀狼を見ていた。
「クフフ。お前、なかなか油断ならんな。俺を前にして大した度胸だ。よし、俺が直々に説明してやるから、ありがたく拝聴しろ」
機嫌が直ったようですね。じゃあ、しっかり説明をお願いしますね。
ジェラワットは大きく息を吸い込んだ。いつの間にか、紳士然とした使用人の表情に戻っていた。どっちが本当の顔なのだろうか。
彼の胸のあたりが光っている。服の中から青い光が漏れ出ていた。ルピートから魂液を取り出しているようだ。
「結界相殺…『月食』」
次の瞬間、また部屋が暗くなり、巨大な石が姿を現した。
おお…兄さん、やはり只者じゃないのね。
「ルピートのことは知っているな?」
「はい。だいたいのことは」
「これはナコントンパーク全域の貯魂器だ。ソウデル様がお護りしている要のルピートなのだ」
「貯魂器?」
「そうだ。大量に魂液を貯蔵しておける装置でな、『蒼魂石』と呼ばれている。王都の銀行にあるものと同じだよ」
「へえ。ソウデル様が作られたのですか?」
この質問がまずかったのか、ジェラワットは術を解いて、また室内に明かりが灯ると、蒼魂石は姿を消してしまった。
「いや、あまり時間はないが、説明せねばならぬか」
そこはめんどくさがらないでお願いしたいのですがね。
ジェラワットは両手を前にかざして、ブツブツと呪文を呟いた。すると、何もない部屋の中央に一脚の椅子が現れた。そこにドカッと座って、床を指差す。
俺とモルは床ってことですね。もうわかりましたよ。あなたが上に媚びて下に厳しい最悪の中間管理職ってことは。
俺とモルはジェラ兄の前に胡坐をかいて座った。
「説明の前に言っておく。お前たちはこれから、ここに住み込みで働くことになる。ソウデル様と蒼魂石を護るのが仕事だ」
「は?」
「お前たちは誇り高き、ヴォルグナートの一員となるのだ」




