第10話 ヴォルグナート
ジェラワット兄さんの声が、何もない部屋に長い残響を残した。
ヴォルグナート?
銀狼よりはマシなネーミングだけど、ファミリーの通称みたいなものかな。
とりあえず、黙って続きを待とう。下手に質問すると機嫌が悪くなりそうだし。だってこの人、ヒロコより捻くれてそうだからね。
そう思っていたが、どうも『聞けよ』って顔をしているな。俺はまた息をついて、質問することにした。
「ヴォルグナートってなんですか?」
「フッ、知らぬのか」
だから、知らねーよ。もう面倒な人だな。
「ええ…ソウデルファミリーってことですか?」
「そうです」
「………」
うん。ちょっとじわってきて面白いけど、堪えよう。「もうええわ!」も言わないからな。
「まあ…ちょっと違うが、ヴォルグナートとは蒼魂石を守護する者たちの総称だ。お前たちは、これから命を賭してこの蒼魂石を護らなければならない」
そんな感じだと思ってましたけどね。要は、使い捨て要員ってことでしょ?
「はあ、命ですか」
あんたは絶対ヤバくなったら逃げると思うけど。
「そうだ。難しいことはない。隊長の命令で動き、賊が来たら打てばよい。お前は樹氷を使えるそうではないか」
「はあ、ジェラワットさんの命令で突撃するわけですね?」
こう言うと、兄さんは笑った。
「俺はヴォルグナートではない。言わば文官でな。ソウデル様の代理を仰せつかっている。ヴォルグナートの隊長は別にいる」
髪をかき上げるジェラ兄。わかって言ってるんだよ。あんたが安全圏にいるってことは。
「なるほど。俺たちは下っ端ってことですね。まあ、生きていけるのならなんでもいいんで、ありがとうございます」
ジェラ兄は驚いたように目を丸くした。感謝されるとは思ってなかったんだろうね。
「ほ…ほう。大した精神力よな。では説明してやろう。二度は言わぬから、よく聞いておけ」
ハイハイ。長い前置きだったね。俺とモルは頷いて続きを待った。
「灰淵街は四つのボローに分かれていてな、それぞれに首領様がおられる。ここナコントンパークの首領がソウデル様だ」
「ボロー?」
「区のことだ。灰淵街は約20k㎡もあってな、区分けされているのだ。ナコントンパークのほかに、ブルーパーク、シンワンパーク、レイズパークがある」
「では、首領様が四人おられるわけですね?」
「そういうことだ。それぞれのボローにヴォルグナートが組織されているぞ」
なぜかジェラ兄は嬉しそうにニヤリとした。
「はあ…そこは同じ名称なんですね」
「区分けされる前から存在していたらしいからな。今は色で区別されている。ナコントンパークのヴォルグナートは黒だな。ブルーパークが青、シンワンパークが黄、レイズパークが赤という具合だ」
「へえ。じゃあ、あの下にいた兵隊っぽい皆さんがヴォルグナートですね?黒い制服着てたし」
「ああ。お前にも支給してやる。猫は…まあ、そのままでいいだろう」
そうだったな。モルは黒いマント着けてるし。
「で、説明はこんなところでいいか?」
嘘だろ、この人。
「イヤイヤ、待ってくださいよ。蒼魂石のことを…」
うわあ、嫌そうな顔してるよ。でも聞くから。
「巨大なルピートって話ですけど、ソウデル様が作られたのですか?」
「そうではない。首領方の上に盟主様がおられてな、その御方が各ボローに設置されたのだよ」
はあ?そんな大事なことを黙ってるつもりだったのかよ。
「じゃあ、灰淵街の真のボスのような方がおられると?」
すると、兄さんは急に表情を引き締めた。「うむ…」と何やら思わせぶりに溜めてから答えた。
「その御方の名は、盟主バフィットサード様だ」
「バフィットサード…様」
今度こそ男の名前だろう。しかし、どんな人物だろうとマトモではないはずだ。なんせスラムの大ボスだからね。
だけど、下っ端の俺がそんな人物と関わり合いになることもないかな。
「蒼魂石はバフィットサード様が用意されたそうだ。ご自身で精製されたのか、どこかからか持ってこられたのか、それはわからんがな」
「ということは、ルピートって自然の鉱石じゃないんですね?」
「人工石だよ。詳しい製造方法は知らんが、魂液を保存する技術を応用して貯魂器として生産できるらしい。まあ、それなりの整備が必要だろうがな。だから、どこかから手に入れて来られたのだろう」
ふむ。やはりこの世界の鍵は、魂液とそれを保管しておく装置ということだな。
「魂液を保存する技術ですか。確か体内の魂液は、死んだら霧散してしまうとか」
「お前はそれも知らぬのだな。大昔のことらしいが、当時の研究者が魂液を環状の経路に循環させることで、位相を安定させる方法を発見したのだよ。それが位相固定術となり、貯魂が可能になったわけだ。単位が環であるゆえんだな」
は?なんですって?どうした兄さん。
「位相固定術?」
フッ、と兄さんが得意気に笑う。
「俺は頭がいいのだよ。灰淵街には図書館もあるしな。子どもの頃は本に夢中だった。今でも本を読むが…まあそれはいい」
きっと性格が悪くて友達がいなかったんだろうな、と思ってしまうが言わないでおこう。
「位相固定術とは、魂液を安定した状態に固定する術式のことだ。魂液は体内から出ると不安定になって拡散してしまう。術式で位相固定場を形成すると、この力場の中では魂液が拡散せずに維持できるのだ。つまり貯魂技術は、魔法技術と物質工学の結晶というわけだな」
うーん、凄そうだが、さっぱりわからん。
「だが、その位相固定術式を容器に定着させることが難しいのだ。特殊な素材が必要らしくてな。だから、ルピートは貴重なあのだ。まして、蒼魂石ほどの大きさなら、その重要性が理解できよう」
「な、なるほど。とにかく誰でも作れるわけじゃないってことですね?」
「うむ、それに魂液には個人差がないからな。IDを紐づける術式も必要になる。一度しか付与できない術式というものがあってな、その技術を使っているわけだ」
「ははあ、それを初期化する術式を開発されたんですね?」
ここで、兄さんが目を見開く。
「よく知っているな。そうだ。だが、開発というほど特殊な術式でもないぞ」
「え?マーロウ爺さんが得意気に言ってましたけど」
兄さんが舌打ちした。
「あの爺さんの話は、半分以下に聞いておけ。盛りすぎマーロウと呼ばれておるわ。その術式は不可逆性だ。少しの状態変化で瓦解する。要するに壊れるのだ。魂液は位相固定で残るがな。IDが確認できなければ、他国では使えぬ」
そういうことね。まあ、俺には魂液がないから関係ないかな。
「だいたい理解できました。蒼魂石は巨大な金庫って感じなんですね?」
「うむ。ソウデル様が魂液の量を見て、分配を調整されているのだ」
「じゃあ、ソウデル様の仕事は超重要じゃないですか。モルが悪いことしてる人だなんて言って失礼しました」
モルのパンチが飛んでくるが、それを見て兄さんが鼻で笑う。
「わかればよい。これからは失礼のないようにな」
まあ、とんでもなく利権が絡んでそうだけど、兄さんならともかく、ソウデル姉さんなら賄賂などに屈したりしないだろう。スラムだから、わからないけどね。
「ところで、普通のルピートに溜めておけるのはどれくらいなんですか?体内の魂液よりも多いんですよね?」
「それは、大きさによってまちまちだな。二十万環程度のものが一般的だろう。大きくなると持ち運びに不便だしな。体内の容量は…まあ、個人差はあるが、数万環というところだろう」
ふむ。ようやく理解できてきたな。ミートクさんの料理が五百環だったから、体内に数万環しか保有できないのなら、お父さんのお小遣い程度のものだ。そりゃあ、魔法を連発したら驚かれるはずだ。
樹氷ってどれくらい消費するんだろう。あ、そういえば見えるやつがいたな。
「おいモル。ジェラ兄って、どれくらい魂液ありそうなんだ?」
モルにこっそり聞いてみる。
「え?わからないよ。ボクが見るのは、魂の器に魂液がどれくらい満ちているかだけだから…」
「はあ?だいたいわかるだろ?」
「わからないって!数字が見えるわけじゃないんだよ。有るか無いかしかわからないんだって」
うーん、そうなのか。じゃあ仕方ない。まあ、魂液の量がわかったからといって、どうということもないしな。
「お前たち、何をごちゃごちゃ言っている」
ジェラ兄が口を挟んできた。
「では、説明は終わりだ。これから隊長のところへ行く。ついて来い」
不機嫌そうに言って立ち上がると、椅子を魔法で消して歩き始めた。
もう、忙しい人だな。まだ聞きたいことがあったのに。俺とモルは立ち上がって、あとに続く。
来た廊下を戻り、玄関ホールまで戻ってきた。そこにヴォルグナートの人たちがいた。出迎えてくれた兵隊さんたちだ。しかし、油断しきっているようで、床にだらりと座ってお喋りしていた。
俺たちが階段を下りてくる足音に気がついて、慌てて整列していたのだが、その様子を見てジェラ兄が足を止めた。あ、段取り間違えた、みたいな?
あんた、どうも詰めが甘い感じだね。だが、もう引き返せないので降りていく。
ヴォルグナートたちは、また同じように階段の幅と同じ二列で整列したが、ジェラ兄はそれが気に食わないらしく、俺とモルの前に三列横隊で整列させた。
しーんと静まり返り、微妙な空気が流れている。その静寂の中で、あっと声が出そうになった。一人だけ列の前にいる隊長っぽい人に見覚えがあったからだ。
いや、マジで驚いた。男は、ミートクの店にいたベイスンだったのだ。
ジェラ兄が威厳ある感じを出して言う。
「ヴォルグナート隊長のベイスンだ」
ええ、それはわかってるんですよ。向こうも気づいてますし。険しい顔をしているけど、その目が笑っているから。そういえば、マーロウ爺さんがワクワクしていたな。こういうことだったのか。
「ベルマです。よろしくお願いします」
「おう、よろしくな」
あくまで初対面を演じるわけですか。でもね、俺はなんだか怒りが沸いてきてるんですよ。
その真面目くさった顔もだけど、あんたが天下のヴォルグナートの隊長だったってのに、俺、あの店で刺されたんだよね。ポンコツなのかな?
どうやら、じーっと凝視していたらしい。またモルのパンチで我に返った。そうそう、お前のことを紹介しないとな。ベイスンじゃなくて、他の方たちに。
「こいつは相棒のモルです。喋れるんで意思疎通が可能です」
すると、隊員の皆さんがざわついた。ホレ、ご挨拶しなさい的な視線を送ると、モルはお得意のポーズで声色を変えて言った。
「こんにちは!ボクの名前はモルだよ」
「………」
ん?どうした?隊員の皆さんがシラーっとしている。
あ、今度こそやっちゃったかな!モルよ、男には通用しないようだぞ。込み上げてくる笑いを抑え込んでいると、ベイスンがブッと吹き出した。
「ベルマとモルよ。お前たちのことは知っている。マーロウから聞いた」
またその枕詞かよ!もういないほうが存在感ある爺さんだな。
「ああ、そうでしたか。今日からお世話になります」
俺とモルはベイスンたちに頭を下げた。顔を上げると、ベイスンを筆頭にヴォルグナートの皆さんがビシッと敬礼していた。
おお、なんか感動するな。これって俺とモルに対してだよね。こっちも敬礼したほうがいいのかな、なんて思っていると、ベイスンは敬礼を解いて近寄ってきた。
「ジェラワット閣下、あとのことはお任せください」
軽く頷く兄さん。
「うむ、任せる」
偉そうだな。しかも閣下て。絶対ベイスンが陰で悪口言ってるやつだよ。
そして、ジェラワットが去っていく。また階段を登ってどこかの部屋へ行くようだ。
姿が見えなくなるまでコツコツという足音を聞いていたが、それが聞こえなくなると、ベイスンが肩を叩いてきた。
「ハッハッハ。おい、上手くやったじゃねえか」
「え?」
驚く俺の肩をグイグイ揺すってくる。
「いやよう、お前が入隊できるように黙ってたんだわ。あの野郎に変に勘繰られても面倒だからな」
「あの野郎?」
おっと、といった感じでベイスンは口に手を当てた。
「今のは黙ってろよ。閣下のことだ。チマチマうるせ…じゃなくて、指摘が鋭いんだ」
これには俺も笑いがこぼれた。さっそく悪口言われてるよ、兄さん。
「大きな声で笑うんじゃねえ。それにな、ミートクの店に俺はあとから駆け付けたことになってるから黙っとけよ」
「はあ?」
この男もたいがいだな。そんなやつばっかりなのか?
ベイスンは肩を組んで顔を近づけてくる。
「お前さんがシメた二人組がいるだろ。あいつらは、シンワンパークの賭場で大借魂こさえて逃げてきたお尋ね者さ。最終的には俺が捕らえたことになってるから、そこんとこよろしく頼むぜ」
くっ、抜け抜けとまあ。豪快そうに見えて、セコイやつだな。
まあいいか、俺の知ったことじゃないし。
「そりゃあ、もう」
「よし。お前とモルは気に入ってる。俺のもとでがんばってくれや」
ベイスンがモルにウインクする。気持ち悪っ!モルは毛を逆立たせて身震いしていた。感動しているのかな?
そして、ベイスンは隊員たちに向き直った。
「お前たち、よく聞け。弱そうに見えるが、ベルマは強い。樹氷の威力は知っているな?ベルマは樹氷使いだ。からかって怒らせんように注意しろよ。いろいろ教えてやってくれ」
ハッハッハと豪快に笑うと、ヴォルグナートたちはクスリともせずに敬礼した。
いや、俺ってそんなたいしたやつじゃないから、ハードル上げないでほしい。ただ仲良くできたらそれでいいのに。
「よ、よろしくお願いします。隊長がこうおっしゃいましたけど、基本的に肉体労働は苦手でして、後方支援を主に担当させていただければと思います」
隊員たちが少しざわついている。まあ、そういう反応になるだろうね。
おい、モル。お前もなんか言え。視線で合図すると、モルは後ろ足二本で立ち、器用に敬礼のポーズをした。
「モル隊員、がんばります!」
おいおい。なんだよ、お前。態度に出るのは知ってるけど、どういう心境?
隊員たちのざわめきが止まらない。それどころか膨れ上がっていく。まさか――。
「か…可愛い」
誰かが呟いた。その直後、堰を切ったように歓声が上がった。「ウオオーーッ!モルよ、俺が教えてやるぞ」的な。
モルは敬礼ポーズを崩さない。ビシッとして。
そういうことかよ。こいつ、軍隊のノリが好きなんだな。敬礼が気に入っているらしい。
ワハハとベイスンも笑っている。
こうして俺とモルは、ボローの首領ソウデル直属部隊、ヴォルグナートに入隊したのだった。




