第7話 モルのブローチ①
「あ…アハハ」
もう笑うしかない。
モルと目配せすると、ホントに大丈夫なの?みたいな顔で心配そうにしているが、たぶん大丈夫だ。
腹をポンと叩いて頷いてやると、モルはちらりと樹氷で固まっている男たちを見て、また息をついた。
苦労掛けるね、モル君。じゃあ、そういうことで…さっさと立ち去ろう。
そして、モルと行きかけたのだが、お店のお姉さんの声が飛んできた。
「ちょいと待ちな!」
ですよねー。ダッシュで逃げようかとも思ったが、外まで大騒ぎになっているだろうしね。氷漬けの男たちが涙目を浮かべているし、さすがに放置してとんずらするわけにはいかないか。
「な…なんでしょうか?」
「あんた、何者だい?軽々しく大魔法をぶっ放してくれるじゃないか」
「大魔法?」
「とぼけるんじゃないよ!樹氷なんて、王立軍の将校とか諜報員なんかに与えられる高等術式だろ。普通の人間が使えるわけないんだよ」
「えっと…そうなの?じゃなくて…まあ、いろいろありまして。じゃあ、そういうことで!」
片手でごめんのジェスチャーをして、立ち去ろうと試みる。
「ナメてんのかい?ちょいと腹を見せな。普通なら刺されて平気なわけがないからねえ」
あ、そういえば刺されたんだった。言われると気になるじゃないか。シャツをまくって腹を見てみる。
すると、傷口がどこにもなかった。ツルツルのお肌。ギャランドゥも――って、それはどうでもいいか。
ハッとして腹を隠す。とにかく、ここはとぼけるしかない。
「ナイフが短かくて助かりましたね。アハハ」
「じゃあ、そのシャツの血はなんだい?治癒魔法を使ったんだろ?ここにゃ、いろんな人間がいるけどね、高等術式を連発できる人間なんて、まずいないんだよ。さあ、言いな。あんた何者だい?」
もう、お母さんみたいなお姉さんだな。肝っ玉母ちゃんみたいな喋り方だし。ベルマからしたら美人のお姉さんって感じなんだけど、せっかくの美人が台無しだよ?
しかし、よく見ると握りしめた拳が微かに震えていた。そうか、お店を守るってのは大変なことなんだよな。コークスクリューブローを食らうのも嫌だしね。
さて、どうしよう。モルに助けを求めてみる。モルは小刻みに首を振っていた。
お前はすぐ態度に出るよな。しかし、こんなことじゃバレるのも時間の問題だよ。よし、もう決めた。
「あの、うちの猫は喋れるんで、こいつから説明させますよ」
「はあっ?」
お姉さんは、まだナメてんのか?って顔をしている。わかってますって。
じゃあモル、そういうわけだから頼むよ。俺はこの場を収める自信がない。歯ぎしりするのもわかるが、もう任せた。
店内がまたしーんとなって、猫に視線が注がれていく。
「あ…えっと、ボクの名前はモルだよ!」
ニャハ!って感じで渾身のポーズを決めている。カワイイを演出しているらしいが…さて、これはどう出るかな。
「………」
お姉さんもお店の客も固まっていた。
あ、やっちゃった!スベってるよ!俺は溢れ出てくる笑いを必死でこらえた。
ところが――。
「かわいーっ!」
お姉さんがモルに飛びついて抱きかかえた。
「なんて可愛いんだい!モルっていうのかい?アタイはミートクだよ。よろしくね!」
そして、客たちもざわざわとしている。
「おお、こりゃあ珍しい。どおりで毛並みが違うと思ってたぜ」
「幸福を呼ぶ猫じゃ。ワシも触りたいのう」
などと盛り上がり始めた。
どうよ?というモルの視線がとにかくムカつくのだが…それは置いといて、問題は…だ、お姉さん。
あんたがミートクだったのかよ!
もうちょっとなんかね、奥まった暗いところにいる老人みたいな人を想像していたよ。まだ灰淵街の入り口みたいなところだし。
まあ、あのヒロコがスラムの奥の方に行くとは思えないけど、逆に出ていけなくなっちゃったよ。
「まあ、ちょっと落ち着いてくださいな。俺の腹もたいしたことなかったみたいだし、モルも逃げないので、ここはひとつ、お料理を提供していただけないでしょうか?」
「はあ?」
「だって、ここはレストランでしょ?今日は何も食べてないんですよね」
なあ、モル。という視線を送る。
「そ…そうなんだ。ボクもベルマも樹海でハイタンに襲われて逃げてきたんだ。王都の人に助けられてね。ミートクさんを訪ねるように言われたんだよ」
「え?どういうことなの?」
「じつはね…」
モルはヒロコに話した作り話を同じように語った。
落ち着いているとモルは話し上手なんだよな。ヒロコもそうだったけど、モルの話はどうも信用されやすい。猫だけに。
聞き終わると、ミートクは涙を流してモルを抱きしめていた。
「なんてかわいそうな子なのさ…主人がトチ狂ったのかい?わかったわ。よく話してくれたね」
なんかミートクもヒロコと同じ匂いがするな。類は友を呼ぶというか。
「で、あんたベルマだっけ?モルにはミルクをあげるけど、あんたは雑巾のしぼり汁でいいかい?」
「え?うっそ…」
これはさっきのナイフより殺傷能力が高いんじゃなかろうか。俺が言葉を失っていると、店内から笑いが起こった。
「おい、ベルマさんよ!ミートクに認められたな。メシを食わせてくれるってよ」
「そういうことじゃ。一緒に食おう。ここじゃ、同じ飯を食ったら仲間なんじゃよ」
え?そうなの?
ミートクに目をやると、少しだけ頷いてから奥の方へ行ってしまった。
こうして俺は、その場に居合わせたベイスンという大柄な男と、マーロウという爺さんとテーブルを囲むことになった。モルも椅子にちょこんと座って、顔だけをテーブルの上に出している。
通りに面したところに、氷結にされた二人の男が並んでいるから、もう客は入ってこないだろう。それにしても、あいつらどうしようかな。ミートクさんが貰ってくれるとも思えないし。
「で、ベルマよ」
ベイスンが口を開いた。てか、もうタメ口?
「ここはレストランなんて洒落た場所じゃないぜ。メニューなんてないのさ。ミートクが作るもんをありがたく食うんだよ」
「メニューがないんですか?」
「あいつ一人で店を回してるからな。そんな余裕はねーのさ。ま、こっちは考えなくてすむからありがえってもんだ」
「そうじゃ。言わば会員制の料亭よ。ミートクに選ばれた人間だけが食べられるんじゃ」
「はあ…」
料亭って。ただの母ちゃん食堂じゃん。まあそれはいいけど、ミートクさんって人望あるのかな?
しばらく待っていると、奥からミートクさんが皿を手に戻ってきた。右手の大皿に変わった形の魚の姿煮、左手の大皿には唐揚げのような揚げ物料理が山のように盛られていた。
「おお!うまそう!」
姿煮のビジュアルは熱帯魚と深海魚が混じったような感じだけど、とにかくうまそうな香りに涎が出てくる。モルはもうダラダラ垂れそうだ。
「魚だけはいいのが手に入るからね。あら、モルも食べたいのかい?アタイがよそってあげるよ」
なんで皆、モルには甘いのかね。まあいいけど。俺はその光景が微笑ましかった。
それから、モルとの無言の大食い競争が始まった。よくもまあ、これだけ腹が減っていたもんだと感心するぐらい貪った。大皿の料理はあっという間に消えてしまったのだった。
ベイスンとマーロウが口をあんぐりと開けたまま、呆然としていた。
「お…おい、俺たちの分がなくなっちまったじゃねえか」
「ありゃま、よく食う猫がいたもんじゃ」
ミートクは豪快に笑っていた。
「いい食いっぷりじゃねえか。気に入ったよ、ベルマ。その二人の分がなくなっちまったし、もっと持ってきてやるよ」
「ゴチになります!」
思わずそう言ってしまったのだが、ミートクは笑いながら空になった皿をひょいと持ち上げた。
「どうしようかねえ。あんた記憶喪失だって言っても、魂液はいっぱい持ってそうだしな」
なんか嬉しそうですね。さっきまで不機嫌極まりなかったのに。魂液ゼロの件については、言っても信じないと思うよ。
「あのですね、魂液は本当に少ないんですよ。もうカツカツって感じで」
「まあ、あんたほどの強さなら隠す必要もないんだろうけどさ。モルにルピート付けてるじゃないか。ちょっと教えなよ。どれくらい貯めてるんだい?」
ミートクは自分で言って気になったのか、皿をテーブルに置いて座った。
いや、だからね――。
俺はモルに視線を送る。マントを脱いでブローチをよこせと。
以心伝心で察したモルは、テーブルの上に二本足で立ち、どうぞと言わんばかりに俺に向き直った。
ブローチを外してマントを脱がせてやる。そのブローチをテーブルに置いて、ミートクに差し出した。
実際のところ、俺もこれがルピートなのかどうかわからない。でも、モルがそんなものを持っているわけがないし、知らずのうちに持たされていたなんてサプライズもないだろう。だって、あれが上司だしね。
「ただの石ですよ」
ミートクが手に取ってあらためる。
「うーん、言われてみると、確かにルピートじゃなさそうだね。でも不思議な感じ。なんていう宝石なんだい?」
宝石?そっちの価値があったのかな?モル君、説明しなさい。
モルに視線を送ると、裸になって恥ずかしいのか、モジモジしていた。
「こ…これは、カルマエギ様…じゃなくて、ボクのご主人様がくれたんだ」
演技下手っ!そりゃ、カルマエギに支給されたんだろうけど、ご主人様ってなんだよ。まさか、マントを脱ぐと調子が出ないのか?
「ご主人様って?」
「うん…前にいたところのね。ボクには兄弟がいてね、よく似てるから見分けるために付けられたんだと思う。弟のジルは赤色のブローチだったから」
「ベルマはご主人様じゃないのかい?」
ベイスンが口を挟んできた。それな、俺も疑問に思うよ。
「ベ…ベルマ?ああ、ベルマはただの友達だよ。どういうわけか、二人でここに来ちゃったんだけどね」
俺は思わず目を閉じる。ニャハ!のポーズはもういいから。でもまあ、ベストではないがベターってとこだよ。ここはもう勢いで押し切るしかない。
「そうそう。俺も記憶があやふやなんですけど、たぶんモルが俺の家に遊びに来てたんですよ。そのときに言葉を与えちゃったような気がしてきました」
「なるほどのう。ベルマなら可能じゃろうて。宝石じゃなくて残念じゃったのう」
マーロウ爺さんが乗っかってくれた。ナイスだ。ミートクに微笑みかける顔が神々しいよ。
「仕方ないね。魂液をいただくのは、次からってことにしとくよ。ありがと、モル」
ミートクはブローチをモルに返すと、皿を持って奥へと行ってしまった。
どうよ?という視線を向けてくるモル。いや、半分は俺の力だよ。そう思いつつも、俺はモルとテーブル下でグータッチを交わしたのだった。
それから、またミートクが大皿に料理をのせて戻ってくると、彼女も座って俺たちの今後について話し合う流れになった。
「それで、ベルマとモルが記憶をなくしたってのはわかったけど、ヒロコはなんて言ってたんだい?」
ミートクは自分だけに持ってきた、ワインのような赤い飲み物をクイっと喉に流し込んだ。
「特に何も。ただ、訪ねて行けって言われました」
「はあ?あいつ、アタイに丸投げってことかい!」
グラスがドンと音を立てる。俺にキレられてもね。
カルマエギだって俺を擦り付けたがっていたし、わからないでもないけど。
「それで、ヒロコさんとはどういったご関係で?」
「あん?そうだな、幼馴染みたいなもんかな」
ミートクはグラスの液体を遠い目で眺める。そんなシリアスな場面かな?と思うが、とりあえず続きを待つ。
「昔…つっても十年そこそこか。ここもまだこんなに大きくなかったんだ。ある事件があって、王都と断絶しちまった。橋の往来も自由にできなくなってね。ヒロコが小さい頃の話さ。よくここに来てたんだ。あいつが飼ってたサンゴって猫がさ、アタイと仲良くなって、アタイに会いに来ちまうんだよ。ほんと、モルにそっくりだった」
ミートクの視線がモルに移る。モルはポカンとしていた。そういうわけね。モルに過去の飼い猫の姿を見たわけか。
「ここらの人間にとっちゃ、ヒロコは今でも仲間さ」
ふむ。というか、反応に困るな。いろいろあったってことだろうけど、言いたくないんだろうな。
「そうでしたか…」
「で、あんたはどうしたいんだ?ここで生活していくつもりなんだろ?」
「え?まあ、成り行きでこうなってしまって、何も考えていないというか…」
ミートクが険しい顔を近づけてきた。酔っぱらっているのかな?
モルが慌てて口を開く。
「ごめんね、ミートク。ベルマは能天気なだけなんだ。バカとも言えるけど…だから、なんとかしてあげたいんだよ」
すると、ミートクの目に涙が浮かんできた。もう絶対、酔っぱらってるよね?
「そうなのかい。お前は本当に健気だね。よし、わかった!アタイが面倒をみてやるよ!」
ミートクはグラスをドンと置き、ベイスンとマーロウに向かって言った。
「あんたら、ベルマの仕事を世話してやりな。ちょうど、ソウデルさんが人手を探していただろう?こいつは抜けてそうだけど、強さは本物だ。明日にでも連れて行ってくれよ」
こう言われた二人も、なぜか涙目になっていた。
「モルよ、お前が不憫でならぬ」などと、ベイスンがのたまっている。
「承知した」と、マーロウ爺さんがテーブルを叩いた。
「ワシがソウデルさんに引き合わせよう。久しぶりにワクワクしてくるのう」
やる気になってるけど、何者だよ、あんた。
「ソウデルさんって?」
「まあ、行けばわかるでな。ペラペラと口にできないことなんじゃよ。ここら一体のボスってところじゃの」
「はあ…」
ボスねえ。まあなんでもいいけど。
「とりあえず、あんたは今夜ウチに泊まりな。奥に一つ部屋があるからさ。今後のことは、明日ソウデルさんに会ってからだね」
ミートクさんが立ち上がった。話は終わりってことらしい。俺とモルは目を見合わせる。
あ、大事なことを聞くの忘れてた。
「そういえば疑問だったんですけど、ルピートがなかったら、どうやって支払いするんですか?これからミートクさんには、お世話になると思うし」
「あんた、ほんとに記憶がないんだな」
ミートクは、やれやれといった感じで振り返った。
「アタイのルピートに手をかざせば、あんたの体内にある魂液を使って支払えるんだよ」
ミートクがポケットから取り出したのは、ヒロコと同じようなガラケータイプのルピートだった。
「今日の料理だと五百環だから、これで数字を入力して、あんたが手をかざせば支払い完了さ」
「環って?」
「ああ、魂液の単位のことだよ。ピルクンの煮付けが三百環、ミーダイの油揚げが二百環さ」
「なるほど。じゃあ、こっちもルピートを持ってたら、それで支払いできるってわけですね?」
「そういうことだな」
フムフム。だいたいわかってきたぞ。でも、魂液って個人差ないんだったよな?
「ルピートって、誰のものか識別できるんですか?」
ミートクは息をついた。そうですよね、もう説明が面倒ですよね。
ここで、「ホッホッホ」とマーロウ爺さんがバトンを受ける。
「ここは灰淵街じゃ。魂液が手に入れば、誰のものでもいいんじゃよ。なぜここにIDを持たぬ人間が集まってくると思う?それは、IDがなければルピートを持てぬからじゃ。確かに王都では、ルピートと個人IDがしっかり紐づけられておる。他人のルピートは使えんし、だから強盗など起きぬが、ここでは違う。ルピートは喉から手が出るほど欲しいモノなんじゃ」
「でも、他人のルピートは使えないんでしょ?」
「じゃから、ここは灰淵街じゃと言っておろう。初期化できるんじゃよ。その技術を我々は開発したんじゃ」
「初期化?てことは、誰のIDにも紐づけされてない素の状態ってことですか?」
「左様。その代わり、IDを新たに紐づけることもできぬがな。じゃが、ここではそれで困ることはない。魂液があればいいんじゃからな」
「ははあ、なるほど。灰淵街だけで使用できるルピートってことですか」
マーロウ爺さんは、また「ホッホッホ」と笑った。
そりゃ、たちまち俺とモルが狙われるわけだ。ふらっと出歩くのも危険だよな。確かにヒロコの言ったとおり、治安は最悪なようだ。
氷漬けの二人に目をやる。ルピートっていくらするんだろ。なんて思っていると、ミートクが言った。
「そうそう。そこの二人はアタイが引き取るよ。そいつらは小物だけど賞魂首なんだ。いい値になりそうだから、あんたから今日のお代は貰わないよ。さあ、部屋に案内するからついてきな」
やれやれ。これからどうなることやら。
こうして俺とモルは、ミートクの家で新世界の初夜を迎えることになるのだった。




