第2話 魂審官カルマエギ
城の中は、さぞ煌びやかなことだろう。なんて思っていたが、違った。
道の先に続く入り口は、道幅いっぱいに開いていて、見上げるほどに高かった。
その大きな口に、魂たちが自ら入っていくように見えるのだけど、豪奢な扉もないので、中がぼんやりと見えている。
魂の青白い光と照明のような黄金色の光が溶けあって、幻想的に見えるが、それだけだった。
モルに続いて入ってみると、そこはさらにバカ高い天井と奥行きのある広間になっていた。
シャンデリアも装飾品もない古めかしくて厳かな空間だ。
ただ、入り口はひとつではなかった。四方八方に同じような入り口がある。
つまり、俺が入ってきた道だけではなく、何本もの道がここに集まっているようなのだ。
そのすべての道から魂が集ってきているように見える。それに、猫もいる。
モル以外にも、別の道には猫がいたのだ。三毛猫っぽいのやら黒猫やら種類もいろいろだ。
「おっ、ほかにも道があったんだな」
だから何気なく言ったのだが、モルはピタッと足を止めた。
そして、恐る恐るといった感じで振り返った。
「なんで…わかるのさ?」
「なんでって、普通に見えるじゃん。お前みたいな猫もいるし。黒猫ってかっこいいよな」
皮肉のつもりで言ったわけではなかったが、モルは忌々しそうに歯ぎしりした。
「いや、そんなつもりじゃないからさ。お前は、どっちかというと可愛い系だし…」
「そうじゃなくて!」
モルは食い気味に否定した。
「見えるだって?普通は来た道だけしか見えないはずなんだけどね。まして、別の道にいる猫が見えるだなんて…」
「え?でも見えてるし。そう言われてもね」
モルはまた息をつく。
「ここは言わばターミナル。世界は広いから、ひとつの道だけじゃ足りないのはわかるよね?だから道はたくさんある。ボクはその中のひとつを任されているんだよ。ほかの道は見えないように保護されているんだけど、君は一体なんなわけ?」
さあ?と、両手を広げてみせるしかない。実際、そんなことわからないし。
「まあいいや。カルマエギ様なら、何かわかるだろうし。さっさとついてきて」
モルはなぜか腹立たしそうに振り向いて、また歩き出した。
(ああ、閻魔大王ってやつね)
ビックリするくらい怖い顔だったらいいな、なんて思いながらついて行く。
モルは見えることに驚いていたようだが、立体交差点のように多くの道がこの城に集結しているようだ。上にも下にも行き交う魂と猫の姿が見える。
言われてみれば、いま自分が歩いている道以外は、なんだか透明で透けて見えるような…。
まあ今さらだし、考えるだけ無意味だろう。
広い城内を歩いて行くと、いつの間にか魂たちはいなくなっていて、モルは扉の前に立っていた。
それは、予感していたような豪奢な扉だった。目の前に扉だけが現れた感じだ。
モルが肉球をかざすと、扉は魔法のような光を発して音もなく開き始めた。
すると、歩いてきた道は消え、だだっ広い部屋の中にいた。
薄暗いので部屋の全体は見渡せない。それほど広い部屋だった。魂も猫もいない。
いるのは俺とモル、そして――。
天を衝くほどに巨大な猫だった。
その猫が、俺とモルの前にいる。これまた巨大なアンティーク風の机に座して向かい合っているのだ。
冥界の猫はマントが必須らしい。モルと同様に黒いマントを羽織り、頭にもフードを被っている。
でもね、机の上に置かれている手にデカい肉球が見えているんだよ。
だからもう、すぐにわかる。彼が閻魔大王なんだと。
「カルマエギ様、なんと申し上げたらよいか…」
モルが片膝をついて口を開く。俺のことをどう報告していいのかわからないのだろうね。
わかるよ。だって、巨大なカルマエギ様も驚いているもん。
プルプルしているし、デカいから鼻息が荒くなっていくのがわかる、というか風圧を感じてしまう。
だから、俺としては残念なわけだ。中学生みたいにタバコが見つかって、しこたま怒られたら目覚めるかな、なんて思っていただけに、閻魔大王に驚かれるのは心外なのだ。
いろいろ残念だな…っていうのが第一印象だった。
こっちが驚いて、それもチビるほど恐怖して目覚めさせてもらいたかったのに、化け猫のほうが驚いている。
またダメか、と息をついてしまう。
いったいどうなるんだろう。俺は少しずつ焦り始めているのを、どこか冷静に感じていた。
「モル…」
カルマエギが呟くように口を開いた。
「はっ」
「なぜ、我なのだ…」
「は?」
「その者は我の手に余る…せめて、シンラコウのところに行ってくれないかな…」
「………」
モルは沈黙した。もう、これだけのやり取りで理解できるから。俺を誰かに擦り付けたいんだよね?
というか、閻魔大王様じゃないの?って思うけど、シンラコウっていう同格がいるのかな。
奇妙な沈黙に支配された不思議な空間に、夢だとしても耐えられないモヤモヤ感。
なんだこれ?もうわかったよ、なるようになれだ。
「えっと、閻魔大王様でしたっけ?困っておられるようですが、どっちかというと俺のほうが困ってまして、どこにでも行きますんで、シンラコウ様でしたっけ?この状況を説明してもらえるなら、そちらでもいいですよ」
カルマエギは何を思うのか、ゴロゴロと喉を鳴らしていた。わかってるよ。対応に困るよね。
でもね、アンタがどうにも頼りないから仕方ないじゃないか。とにかく俺の顔とか、この状況をイチから説明してほしいんだよ。
すると、モルが慌てて立ち上がった。
「ちょっと、余部哲雄!失礼だよ」
グイグイと押し当ててくる肉球が心地よい。でもな、失礼だろうがなんだろうが知らん。
だんだん俺も必死になってきている。遠慮する必要などないのだ。
「そういう問題じゃないって感じですか?」
ゴロゴロはもういいから、喋れよ。
「むう…ここで会話が成立するだけでも大問題なのだ。モルよ、理解しておるのか?この者の魂液はゼロなのだぞ」
いや、会話は成立してないよ。俺の問いに答えろって。
しかし、二匹は俺を無視して会話を続ける。
「ハッ、ボクの見立てでもゼロでした。カルマエギ様がそうおっしゃるならば間違いございません。ですが…魔法を扱えるようです」
モルはまた片膝をついて、カルマエギに向き直った。
「いやいや、魔法なんか使ってないじゃん」
俺が言うと、モルはパンチを繰り出してきた。痛くはないが、黙っていろという意思がビンビン伝わってくる。
「そもそも体がある時点で異常ではありますが、妙な機械を具現化しておりました。第二層の意思を持っているようです。それに、顔が違うと喚いておりました。その顔は、さらに前世のものかと」
「いやいや、喚いてないじゃん…」
またパンチが飛んでくる。
「むう…魂液がゼロということは、第一層…基軸世界での生命の終焉を意味する。第二層からやってきた、などということはあり得ぬのだ。さらに、魔法が使えるだと?ワシ夢でも見てる?」
閻魔大王が漏らした本音に、俺はプッと吹き出してしまった。夢を見てるのはこっちのセリフだっての。
それに、自分より慌てているやつがいると、なぜか冷静になってくるんだよ。
「わはは、面白いことを言いますね、大王様。まあ、わからないならそれでもいいんで、わかることを教えてくださいよ。その一層やら二層ってやつを。何言ってるのか理解できないんで」
「ふむ…」
カルマエギはまた考え込む。モルのパンチが連打されているが、こいつ、上司にしたらさっぱりだろうな、なんて思ってしまう。
しばらくゴロゴロさせていた大王だが、ついに「よかろう」と肉球で机を叩いた。たぶん思考を放棄したんだろう。
「余部哲雄だったか…心して聞け。お前はもう元の世界に戻ることはできぬであろう。ここにいる時点でな」
うん、そういうのはもうお腹いっぱいなんだけどな。でも話を合わせてやらないと、この大王は教えてくれそうにない気がする。
「どうしてですか?」
「ここ冥界は、基軸世界である第一層世界と精神世界である第二層世界の狭間にある。生命を終えた魂を振り分けるためだ。お主にも理解できるように簡潔に言おう。第一層が現実世界であり、魂は一度だけ生命に宿る。死すればこの冥界に魂だけがやってくる。次に向かうのは、第二層だ。そこは精神世界。魂の修練場とも呼ばれ、輪廻を繰り返す。何度でも魂は生命に宿るのだ。そこが、お主のいた地球なのだよ。人間の概念で言えば、天国であろう。お主は天国から来たのだ」
うーん、笑うべきかな?頭がぶっ飛んでますね、としか言いようがないのだが。
「天国ですって?あれが天国なわけないじゃないですか。だって、ねえ。酷い目に合ってばっかりだし」
「言葉を置き換えたに過ぎぬ。天国であり地獄でもあろうな。魂が現実世界に相応しい器に成長するまで、何度でも生まれ変わるのだ。冥界は魂を正しい世界に導く場所。第一層に転生するか、第二層で輪廻を繰り返すか、それを判断しているのだ。そのために、我々は魂の状態をみることができる。魂液と呼ばれる魂のエネルギー量をな」
「魂液?」
「うむ。魂液は有限のエネルギーだ。第一層では魂液から魔力を生み出す。第二層とはまったく異なる世界なのだよ。その魂液がお主には存在せぬ。ゼロなのだ」
「よくわからないけど、ゼロって、ちょっと凹みますね。頭悪い感じで…そんなに珍しいんですかね?」
「そうよな。さすがに説明が足らぬか。第一層に転生させる魂は、魂液が100%に満ちているのだ。多少の個人差はあるが、その者の器いっぱいに満ちておる。第一層は魂液を『使う』世界なのだ。対して、第二層は魂液を使えぬ。お主に魔法の概念がないように、魂液を『溜める』世界なのだ。輪廻を繰り返し、魂は経験によって魂液が蓄えられてゆく。魂液が満ちたとき、現実世界へ転生することになるのだよ。だから、第二層にいたお主の魂液がゼロということはあり得ぬのだ」
「じゃあ、俺が地球と思っているだけで、じつは第一層っていう世界から来たんじゃないですかね?」
「それはない。余部哲雄…その者は、確かに第二層にいた」
「わかるんですか?というか、なんで過去形?」
カルマエギは、ちらりとモルに視線を向けた。フードの奥の瞳が静かに光を放ったような気がした。
「我は魂審官という責を担っておる。こやつ、モルは我の助手だが、魂の状態をみるといっても、個々の魂を識別できるわけではない。どの人物に宿っていたか、それはわからぬのだ。だが、死者を確認することはできる。あくまで死者のみだが…」
こう言って、カルマエギは両手を広げた。その両の肉球の間の空間に、球状の光が煌めく。
「魔法の一種と理解するがいい。魂審官のみが使用を許される書庫の鍵だ」
ブツブツと呪文のような言葉を呟くと、球状の光が不思議な形の鍵に変化した。その鍵を自分のデスクの引き出しに差し込む。
何番目かの引き出しを開けたらしく、そこから大きな本を取り出した。
肉球をかざしているだけで、自然にページがパラパラと捲られていく。
「ここには、第二層の死者が漏れなく載っておる。余部哲雄…やはり、あるな。お主は、地球の時間軸で言えば一年前に死んでいる」
まあ、そうだよね。やっぱりそういう流れだろうよ。ここまで演出されるとは思っていなかったけど。
だが、また大王が慌て始めた。
「え、一年前?そんなバカな…魂はすぐに冥界に来るはず。一年もの間、魂が彷徨っていたというのか…それも別人の体を持って」
モルも口を開けて固まっている。もうさ、いい加減それやめようよ。マジで凹むから。
そして、カルマエギが重々しく告げた。
「お主…一年前のことを覚えておらぬのか?」
「さあ、とんと。今朝のことも思い出せませんね」
「そうか…お主が町役場の職員だったことは覚えているのか?」
「過去形はやめてもらえませんか。それは覚えていますよ。明日も窓口でろくでもないやつの相手をしないといけないから、嫌になりますけどね」
「明日か…お主は一年前の十月十三日、その窓口で刺されて死亡しているようだぞ」
「………」
えっと、なんだって?刺された?うーん、そんなわけないじゃん。
「思い出せぬのなら仕方があるまい。我にもどうすることもできぬ。だがな、もう戻れぬのだ。お主は死んでおる。それは疑いようもない事実だ。しかし意思があるのなら、思い出すことは可能やもしれぬ…その心に問いかけてみるがいい」
ここまで言われると、さすがに死んだ気になるな。なんかもう、死んでてもいいやって感じ?
俺はなんとなくそれを実践してみた。力を抜いて目を閉じて…胸に手を当てて問いかけてみる。俺、死んだっけ?と。
すると、驚くべきことが起こった。胸の中心が燃えるように熱くなり、胸から手を離すと、光の球体が掌に浮かんでいた。
「ひ…光の魔法」
モルが驚いている。
「詠唱もなく…どんな術式で…」
カルマエギはフードが脱げて、猫そのままの顔で口をパクパクさせている。
「それは…魂の記憶、なのか?」
俺は猫たちの反応をよそに、光の玉に意識を集中させた。すると、余部哲雄の記憶が洪水のように流れ込んできた。
ああ…そうか。俺はすべてを思い出した。だがそれは、俺だけの記憶だった。この顔の青年の記憶ではない。
でも、やっぱり俺は死んだんだ。
あの日、生活保護の申請に来たおっさん――いや、あれはヤーさんだな――を相手にしていた。
偉そうな態度に、こっちも態度に出してしまった。それで、ヤーさんがキレてナイフで刺されたんだ。あっという間に血の海ができていた。薄れゆく意識の中で…何度も刺されたんだっけ。
大惨事だったよな。全国ニュースになっただろうし。どんな葬式だったんだろう。友達はいないけど、年老いた両親は悲しんでくれただろうな。
ヤーさんは死刑であってほしい。ていうか、もう一年も前のことだったのか。マジで死んでるんだよな。じゃあ、ここってマジで冥界?
ああ、もう受け入れようかな。死んでるのは間違いないみたいだし、顔も別人、意識だけが俺って、ちょっと面白いかも。
誰も俺の存在を説明できないのなら、その答えを探すのもまた一興かな。どうせ終わった人生なんだし。魔法まで使えるなんて、こっちの俺のほうがいいかもね。
思考が巡るうちに、また笑いがこぼれていた。
もうこのままでいいや。そう思ったとき、光の玉は弾けて消えた。
「カルマエギさんの言ったとおり、俺やっぱ死んでましたわ。それでもうこの姿でいいやって思ったら、なんか吹っ切れたみたいで、すっきりした気分ですよ」
「そ…そうかね」
カルマエギは呆れているようだった。
「で、死んだことは理解しましたんで、俺はこれからどうなるんですかね?ここにずっといるってのは勘弁してほしいんですが」
「それな。あ…いや、それよな。どうしたものか、やはり魂審官全員を集めねばなるまいよ」
「カルマエギ様…」
モルも重い口調で何かを言いかけた。
「魂審官連絡協議会を開催する。手配してくれ」
「はっ」
モルはかしこまって威勢よく返事をすると、俺を一瞥してから、普通の猫のように四本足で部屋の奥に駆けていった。
「お主には別室を用意しよう。冥界には客をもてなす風習がないゆえ、退屈かもしれぬがな。しばし時間を要するだろう」
「俺は会議にかけられるわけですね?」
「前代未聞のことだからな」
「また殺すってのだけは、勘弁してくださいよ」
こう言うと、カルマエギは巨体を揺らしてニャハハと笑った。猫というより、怪獣のようだった。
「まあ、悪いようにはせぬ。ゆっくりしておるがよい」
こうして俺は死を受け入れ、猫たちの会議の結果を待つことになったのだった。




