5話 ようこそ月の滴へ
午後からお店を手伝い始めた。
お客さんは、殆ど常連客のようで、みんな決まったメニューがあるようだった。
カランッ
ドアベルが鳴って、またお客さんが入って来た。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは、おや?新しい子かい?」
「ええ、シマさん。この子は今日から働いてくれているんです」
「マスター、いつものコーヒーを頼むよ」
シマさんと呼ばれた猫は、カウンターの席に座って慣れた感じでコーヒーを注文した。
「シマさんいらっしゃい!」
「コムギちゃん、今日も元気だね」
シマさんと呼ばれた猫は、グレーの毛に縞模様があって、顎のあたりのもっさりとした毛がお爺さんの口髭みたいに見える。
「彼はもしかして、迷い人かい?」
「そうなの!私が見つけて連れて来たのよ」
「そうかいコムギちゃんが…それは彼も運が良かったねぇ。それにしても、迷い人なんて、随分久しぶりだねぇ」
「やっぱりシマさんも会ったことあるの?」
「お待たせしました」
「ああ、ありがとう」
シマさんは、マスターが置いたコーヒーをゆっくりと味わうように一口飲んだ。
「今日もマスターが入れてくれるコーヒーは美味しいね」
「ありがとうございます」
「迷い人ねぇ、確かに昔は今より迷い人はいたから、私も話をした事はあるよ」
「そうなんですね、その人達は今はどうしたんですか?」
「帰った……と言われているが、私も人伝に聞いただけだからねぇ」
「この間の洋服屋のおじさんと同じね」
「帰ったと思うって言ってたね」
「ねぇシマさん、誰か直接知ってる人知らない?」
「そうだねぇ、知り合いに聞いてみといてあげるよ」
「よろしくお願いします」
「シマさんありがとう!」
シマさんが帰った後、暫くすると客足も随分落ち着いてきた。俺が皿洗いをしていると、マスターが話しかけてきた。
「みんな、今日は少し早くお店を閉めようと思うんだ」
「早く閉めるの?どうして?」
「珍しいですね」
「うん、今日はツカサの歓迎会をしようと思ってね」
「歓迎会!いいわね!」
「!歓迎会……良いんですか?」
「今日からお店の一員だからね」
「ありがとう、ございます……」
「じゃあ早く片付けないと!」
「コムギ、流石にまだ早いよ」
「あ、ホントだ〜えへ」
「さぁ、みんなあと少し頑張ってね」
「はーい」
「「はい」」
それからは数人のお客さんが来て、お店は夕日が沈んだ頃に閉店した。
「ツカサは先にシャワーとか済ませて、部屋で待っておいで、準備ができたらコムギに呼びに行かせるから」
「俺も手伝いますよ」
「今日は君の歓迎会だからね」
「……ありがとうございます」
「ツカサ!また後でね!」
俺はマスターに言われた通り、部屋へ戻ってシャワーを浴びる。
シャワー中に、そう言えば猫って水嫌いじゃなかったけ?この世界の猫はお風呂入るのかな…
そんな事を思ったけど、不思議なこの世界、猫はお風呂くらい入りそうだなって自分の中で納得した。
1時間くらい経った時、ドアがノックされて、コムギの声が聞こえてきた。
「ツカサ!準備が出来たからキッキンへ来て!」
「わかった!」
俺はTシャツの上にカーディガンを羽織ると、キッチンへ向かった。
パンッ
パンッ
クラッカーの音と共に紙がヒラヒラと目の前に落ちてくる。
「「「ようこそ月の滴へ」」」
目の前に、こちらにクラッカーを持った3人が立っていた。
「さぁ!こっちよ!」
コムギにテーブルまで案内されると、そこにはケーキと、美味しそうな料理が並んでいた。
「凄い……」
「料理はマスターで、ケーキはネロが買って来てくれて!私は部屋の飾り付けしたの!」
部屋を見ると、テーブルの上には花が飾ってあって、椅子にはリボンが結んであった。
「……みんなありがとう。凄く嬉しい」
みんなの顔を見てお礼を言うと、マスターは目を細めて微笑んで、コムギはニコニコしてて、ネロはちょっと照れているようだった。
「さあ、みんな席に着いて食べようか」
「「「はい!」」」
外はすっかり暗くなり、月が優しく輝く夜に、俺は珈琲屋『月の滴』の一員になった。
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