第6話 理想の相手
マルガレーテは俺と入れ替わるようにダンスをしに行った。幸い、誰にも相手をされない憂き目には遭っていないようだ。マルガレーテはまだ幼いが、確かに数年後に美しく成長しそうな兆しがある。
――女は驚くほど化けることがあるからな。
「相手は可もなく不可もなくって所ですかね。決め手に欠けると言っては悪いが」
「マルゴの好みはレイだと思うわ」母は弟レイフォードの名を挙げた。
「それは……見た目ですか、中身ですか」
弟は見た目こそ憂いを帯びた表情の大理石の彫像みたいな綺麗な顔立ちをしているが、中身は社交性とデリカシーの欠如した、やたらと高い知能と過剰な保護欲で構成されているような男だ。マルガレーテもずいぶん変わった好みをしているものだ。
「多分、両方よ」
「……レイみたいやつを探すくらいなら、レイをあてがったほうが早いですよ」
「だって、レイはもう売却済みなんだもの」
「息子を”完売御礼”みたいに言わないでください。……母上、まさか俺のことまで売り出したりしてないでしょうね?」
「そんなことしないわよ。あなたは売り込まなくても十分目立つもの」
「……好きで目立ってるわけじゃありませんよ」
物心ついたころからやたらと外見のことを言われることが多く、初対面で優遇されることさえあった。子どものときは無邪気なものだったが、士官学校へ入ると嫌でも意識せざるを得なくなった。努力した結果も「見た目がいいからだ」とうんざりするほど言われ、正当な実力として評価されないことが増えてきた。
――顔が見えないように、いっそ常に儀式用の兜を被ろうかと思ったこともあったな。
外見に関係なく能力だけを評価してほしいと、どれほど願ったことか。
容姿だけ褒められるくらいなら、いっそ何も言われないほうがずっといい。謙遜しても素直に礼を言っても、どちらにせよ、生意気だの調子に乗っているだのと言われるのだ。
次第に俺は”反応しない”という処世術を身に着けたのだった。
遠慮なく向けられる視線もわざと聞こえるように囁かれる噂も、俺じゃない別の”紅大尉”が言われていると思えば良い。
「単純な見た目だけじゃなくて、あなたには華があるから。それは武器でもあるのよ」
「そんなもの、欲しいやつにくれてやりますよ」
「上手く利用するくらい狡かったら、もっと楽だったんでしょうね。あなたは不器用なくらい真っ直ぐだから」
いい年した男が母親に慰められるのは情けなかった。社交界でもてはやされたところで現実はこんなものだと知ったら、マルガレーテはさぞがっかりするだろう。
――デビューしたての若者から夢と希望を奪ってはいけないな。
マルガレーテにダンス相手がいないと思われないよう、空いた時間に俺が相手をすることにした。踊りの途中で俺はマルガレーテに忠告した。
「ただ踊っているだけじゃなくて、いい条件の相手を見つける努力をするんだぞ」
「でも舞踏会じゃ、せいぜい相手のダンスの腕前とか飲み物の好みくらいしか分からないんじゃないかしら? 内面まではとても分からないと思うわ。……でもエルストナー、安心して。いずれレイの婚約者みたいな有能な人生のパートナーを自分で見つけるわ」
「”レイみたいな男を見つける”、じゃないのか?」
「違うわ。レイの婚約者のリリーはすごくやり手なのよ。レイは学者や聖職者としては優秀だけど、他の点では普通以下……ええと、ちょっと不器用なところがあるから」
――俺もレイも、周囲に”不器用”と思われているのだろうか?
「俺はまだレイの婚約者には会ったことがないんだ。意外だな、レイと喧嘩にならないのか? お互い有能だとぶつかりそうだが」
「有能って言っても、タイプが違うから。何て言うのかしら、補い合っている感じっていうか……それに信じられないかもしれないけれど、レイの方がリリーに夢中なの。あの二人が一緒にいる所をみたら、きっとびっくりするわよ」
いつも落ち着き払っていて可愛げのない弟の姿を思い浮かべた。婚約者に骨抜きになっている姿など、正直なところ見たくもない。
「あなたはどういう女性が結婚相手として理想なの?」
「芯のある女性だな」俺はきっぱりと言った。
「見た目の希望はないの?」
「外見はいいに越したことはないが……はるかに中身の方が大事だろ」
「”芯がある”というのは、職を持っているとか、教養があるとか?」
「経済的には自立していなくてもいい。生きていく知恵があれば学校を出ていなくてもいい。柳のようになびいても折れず、最後の所で強い芯のある女性だ。そうじゃないと、俺に何かあったときに家族を守れない」
「何かって……」マルガレーテは冗談と受け取って良いのか、真顔で受け止めるべきなのか分からない様子だった。
「俺は軍人だからな。有事のときは命を張らなきゃいけない。俺が側で守れないときも自分や家族を守れる女性でないと。逆を言えば、それができる女性なら身分も金も秀でた容姿も俺はいらない。……俺のことは良いから、君はコネでも美貌でも使えるものを使って条件のいい相手を見つけろ」
マルガレーテの瞳が物憂げな光を宿した。
「でも、もし条件に合わない相手を愛してしまったら?」
「それはその時に考えるんだな」
「あなたがさっきの条件に当てはまらない人に恋することって、あるのかしら?」
俺は瞬きを一つして、やや間を置いて答えた。
「あるかもしれないな。理屈だけじゃないから」
「そうね、実際に好きになる人が理想と違うというのはあるでしょうね」
俺は意外な思いでマルガレーテを見た。
「なに?」
「いや、別に」
何も知らない子どもかと思ったが、マルガレーテもそのくらいは分かるらしい。まあ、恋の一つや二つしていても不思議ではない。あまりに疎いのでは、危なっかしくてしょうがない。
――恋の手ほどきまでするのは願い下げだからな。
ダンスが終わりに近づいて、マルガレーテのダンスの約束相手が来た。
「ほら、次のダンスのお相手が来たぞ。せいぜい楽しんでこい」
俺は子守から解放されてほっと息をつくのだった。




