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宛先のない手紙 ~私と旧都の紅大尉に託されたもの~  作者: 井ノ上 杏
第一章

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第5話 強そうに見えることの弊害

 次の舞踏会でエルストナーがダンスをしている姿を眺めていて、私はふとエドマンド伯父様の言っていたことを思い出した。自信に満ちあふれた振る舞いのエルストナーを見ていると、いかなる種類の危険も彼には及ばない気がした。女性たちの視線を独り占めしているし、男性たちだって彼には一目置いていて、いつも当然のように皆の注目を浴びている。彼自身それに慣れきっていて、特段嬉しそうな様子も謙遜する様子もなかった。


――エルストナーって流行りの小説に出てくる登場人物みたい。


 なぜか危機や美女が彼を取り巻くけれど、弾丸は彼の頬ギリギリをかすめて、剣は髪の毛一本の所でかわしてみせる、そんなヒーローみたいな感じ。


「エドマンド伯父様がエルストナーのことを言ってたんですけど……」

「エディが?」隣に座っていたアンナ伯母様が首を傾けて私の顔を見た。

「はい。『エルストナーが危ない時があるんだ』って。エルストナーが何かするってことじゃなくて……彼が陥れられることがある、そうおっしゃっていたと思うんですけど」


 途端に伯母様の瞳に鋭い光が瞬いた気がした。伯母様は手にしていた扇を優雅に広げると口元に当て、顔を動かさずに目だけを素早く周囲に走らせた。


「……エディに『エルを守ってくれ』と頼まれた?」

伯母様の”エルストナーを私が守る”と言う発想に、私は驚かされた。


——エルストナーが私を守るんじゃなくて?


 伯母様の小声につられて、私も伯母様に顔を寄せて声を落とした。

「いえ、そこまでは……。ただ、『エルストナーにやられた』って言われることが何度かあったって……」

「そう……マルゴももう社交界にデビューしたのだし、知っておいてもいいのかもしれないわね。ただ、エル本人にはあまり言わないで欲しいのだけど。エルは被害者なのだから」


 私は事情もわからないままに小さく頷くと話の先を待った。伯母様は目を伏せ、私の耳元に囁いた。


「あの……女性から言われるのよ。『彼に乱暴された』って」


 意味を理解するのに、ちょっと時間がかかった。

はじめは彼が怒って女性をパンチする姿を思い浮かべてしまった。あまりの現実味のなさに、私はその妄想をかき消した。


――ああ、”乱暴”って、違う意味だわ。


 次に男女の戯れを想像してみようとしたけど、悲しいかな、経験がなさすぎて具体的に想像できなかった。

ぎこちなく瞬きを繰り返す私を尻目に、伯母様はエルストナーに視線を向けると続けた。


「悪い冗談みたいだけど、本当に恐ろしいのよ。あの子は一見強そうに見えるから……それに良くも悪くもとても目立つ容姿だし」

「確かにエルストナーは華やかで目立つけど……。でも、女性はそんなことを言って一体なんのメリットがあるのでしょう?」

「あの子に近づくためよ。あわよくば責任を取らせるとか」

「責任を……取らせる……?」私は当惑してアンナ伯母様の顔を見つめた。

伯母様は目線をエルストナーに向けたまま平然と言い放った。

「最悪、婚約とか」


 文字通り、驚きで開いた私の口は塞がらなかった。

「……そんな嘘で、婚約を!?」

目を見開いて尋ねる私に、伯母様は安心させるように笑みを向けた。

「いえ、さすがにそこまで大事になったことはないわ。デビューしたての頃はエディや兄のバルトが目を配っていたし、色々経験して今は自分でよく気をつけているようだし」


 私は再びエルストナーを見た。快活そうに踊っている彼にそんな悪夢が降り掛かっていたなんて、にわかに信じられなかった。彼のダンス相手の女性に私はつい疑いの目を向けてしまった。その女性はいたって好意的な笑顔を彼に向けていた。何も危険はないように見える。でも、その内心は誰にも分からない。


「……旧都って恐ろしいところなんですね」

「場所を問わずあるように思うけれど……あなたがこんなことを実感せずに済むといいわね」

「なんだか怖くなってきましたわ」

「警戒は必要だけど、必要以上に怖がることはないわ」伯母様は私の膝をぽんぽんと優しく叩いた。


「エルは強く見えるし実際に強い面もあるけれど、あの子だって傷つくのよ。……そういうことを言わなくても分かって、寄り添ってくれる方がいればいいんだけど」エルストナーに向ける伯母様の視線が深い眼差しになった。


「子どもたちの中で未婚なのはもうあの子だけだし。でも、全然結婚しそうにもないわね、一生独身かもしれないわ」

伯母様は私に冗談っぽく笑いかけた。

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