第4話 社交界の危険
ある午後、私が一人でダイニングでお茶を飲んでいると、廊下を通りかかったエドマンド伯父様が私の姿を見て部屋へ入ってきた。
「マルゴはこの間デビューしたんだったね。旧都の社交界はどうだい?」
物静かで食事の時もあまり話さない伯父様が直接話しかけてきたので、私は意表を突かれた。
「はい、とっても華やかで驚いています。アンナ伯母様が素敵なドレスを仕立ててくださったし、最先端のファッションを見るのも楽しいです」
「ああ、アンナの楽しみだから。うちは娘がいないから、君が来てくれて喜んでいるよ」
伯父様は椅子に腰掛けず、立ったまま私と微妙な距離を空けて話していた。娘がいないという言葉通り、私への接し方に気を使っている空気を感じた。と言ってもよそよそしいのではなくて、適度な距離感のある気遣いだと私には思えた。現に、わざわざ声をかけてくれるのは無関心ではない証拠だ。
――これが父親の優しさというものなのかしら。
両親が幼少期に仕事の関係で外国へ行ってしまって、祖父母の元に預けられて育った私はふとそう思った。
「エルが付き添っているんだったね、あの子は面倒見が良いから安心だ」伯父様は目を細めて優しい表情を浮かべた。
エルストナーは付き添ってくれていると言っても、本当にその場に居るだけで彼自身踊ったり社交で忙しく過ごしていて、取り立てて何もしていない。
私が即答せずに目線を彷徨わせたのを見て、伯父様は少し口角を上げた。
「エルが何もしていないように見えるかい?」
「いえ、あの……お仕事もあるのに、付き添ってくれてありがたいと思ってますわ」
私は嫌味な言い方にならないように慎重に言葉を選ぶと、紅茶のカップを口に運んだ。
「放っておかれていると感じるかもしれないが、あれで押さえるところは押さえているんだよ。……エルは社交界の危険性を身を持って知っているから」
――社交界の危険性?
お酒や賭博ってことかしら。でも、それは男性メインの危険性で、未婚の女性があられもなく酔い潰れたり賭け事に身を落とすのはかなり稀なことに思えた。そもそも私は賭け事には全く興味がないし、お酒の美味しさもまだよく分からない。社交界に出てやっとシャンパンの味を覚えたけど、好んで飲むほどじゃない。
「私、賭け事やお酒は好きじゃないんです」
お世話になっている伯父様を安心させようと、私は放蕩に浸って身を滅ぼすつもりがないことをはっきりと伝えた。
「ああ、それも危ないんだけどね。……社交界というものは、いろんな種類の危険性があってね」伯父様がため息交じりに言った。
「エルが危ないんだ。強そうに見えるから、人気のない所は特に」
予期せぬ伯父様の言葉に私は面食らった。人目を引く容姿をしているエルストナーは背が高くて体格も良い。それに誰もが知っていることだが、彼は軍人だ。あんな強そうな人に突っかかっていく人なんているの?
「危ない? 頼もしいんじゃないですか?」
「一緒にいる者にとっては頼もしいよ。そうではなくて……彼自身が危険に陥れられることがあるんだ。彼にやられた、って言いがかりをつけられたり」
「そんな嘘をつく方がいるんですか!?」
「もちろん、いるとも。何度もそんな目に遭っているよ」
私はいささか不安を覚えて尋ねた。
「でも……殴ったところを見たとか怪我をしたという証拠がなければ、そんな嘘はまともに取り扱われないですよね?」
「ああ、殴られたと言いがかりをつけられるのではなくて……」
「?」
そこまで言うと、伯父様は困ったような笑顔を私に向け、突然話を変えた。
「変な話をして怖がらせてしまったね。……次は舞踏会かな? 観劇会?」
不思議に思ったけど、明らかにこの話を打ち切ろうとしている伯父様にしつこく質問することはためらわれた。
「……次も舞踏会です。今度は社交会館で開かれる大きなものだから、伯母様も一緒に来てくださるって」
「ああ、そうか。楽しんでおいで。エルとアンナがいれば大丈夫、心配ないよ」
そう言うと伯父様はダイニングから出ていった。
私は大きな疑問とともに部屋に一人残された。
――エルストナーが危険に陥れられる? 一体、どういう意味だったのかしら。




