第35話 看病しあった仲
物音に瞼を開くと、マルガレーテがそばに寄ってきた。
「……俺の看病をしていたのか?」
「大したことはしてないわ。あなたの方が甲斐甲斐しく私のお世話をしてくれたでしょう? 伯母様とバルト兄様に手紙を出しておいたから、とにかく休んで」
「どのくらい経った?」
「半日とちょっとよ」
マルゴは二日で治った。自分も翌日には大分楽になるだろう。仕事は間に合うはずだ。多めに休暇を取っておいて良かった。
翌日、俺の予想通り体調は回復した。マルガレーテが帰りの汽車のチケットを手配してくると言い張ったので半信半疑ながらも手順を説明すると、熱心にメモに書き留めて意気揚々と出かけていった。結局俺が行くことになるのでは、と子どもの使いを見守る親の気分だったが、意外なことにマルガレーテは無事に任務を遂行して戻ってきた。
「……意外とやるな」チケットを確認しながら俺が言うと、マルガレーテは胸を張って答えた。
「そうよ、私って意外とやるのよ」
その仕草はやはり子どもっぽかったが、それは言わないでおいた。
あんなにやさぐれていたマルガレーテは体調不良を経てなぜか精神まで元気になっていた。
結局、四日も泊まってしまった。電信や手紙でバルトや母に事情を知らせてあるが、俺は余計な誤解を生まないように最善を尽くすことにした。
出発の朝、荷物の準備をしていた俺は財布をマルゴに渡して宿の会計をしてくるよう指示した。
「別々に会計してきてくれ。お前と俺の名前で受領書を二枚貰うんだ。それぞれに部屋番号も書くよう、忘れずに伝えろよ」
「分かったわ」
「あと、桶代もつけてもらえ」
戻ってきたマルガレーテから手渡された受領書には、俺の名前で桶代がついていた。
――”内、銅貨三枚、廃棄した桶代として”。
「なんで、俺の方に書いてあるんだ……?」
「レディに悪いと思ったんじゃない?」
――いや、待てよ、体調を崩していた間に俺も吐いた気がする……。
熱のせいで記憶が曖昧だが、ほとんど胃液みたいな嫌な感触の苦いものが喉に残ったのを覚えている。だが、さっき部屋を確認したときに桶はもうなかった。
「そういえば、お前……桶……」
「え?」
「……なんでもない」
マルガレーテが片してくれたのかもしれないし、従業員が見かねて始末してくれたのかもしれない。いずれにせよ、気が付かないふりをする思いやりをわざわざ指摘して暴くのは、誰も喜ばないだろう。
馬車で新都へ向かう途中、マルガレーテは窓から外を見ていた。その瞳には怒りも悲しみの色もなく、ただ景色を映しているように見えた。吹っ切れたというより、大きな波は超えたのだと感じた。恐らく今後も思い出すことはあるだろう。感情がさざめくことも。だが、マルガレーテがそれに呑まれることはもうないのだろうと、どこか確信めいたものを感じていた。
不思議なことだが、マルガレーテのことは言葉にしなくても理解できるときがある。普段はむしろ気が合わないし、年齢も性格も違うのに、血が繋がっているからなのだろうか。いや、あの叔父とは一切解り合えない。ということは、血ではない何かがあるんだろう。その目に見えない何かは、俺とマルガレーテの間にいかなる媒体を介する必要もなく存在しているように思えた。
――『分からないままの方がロマンがあるだろう?』
セスのそんな言葉がふいに胸をよぎった。
ロマンなんてものじゃないが、曖昧なままの柔らかな感触が今の俺には心地よく感じられた。




