第33話 病気になる
聖堂を出た私は途方もない疲れを覚えた。宿だって落ち着く場所ではなかったけれど、今の私にはそこしか戻る所がなかった。
日が暮れた頃、宿で私は具合が悪くなった。食欲がないのに突然吐き気がして部屋で嘔吐してしまった。
私はエルストナーの部屋の扉をノックした。
「私……気持ち悪いの。頭も痛い……」
エルストナーが宿の従業員に言って、部屋の片付けを手配してくれた。その間、私はエルストナーのベッドを借りて横になっていた。
私は焦点の定まらない瞳で、たまたま目に入った部屋の扉のノブを見るともなしに眺めていた。眠りたいのに、意識がまどろむと吐き気が蘇る。
——休ませてもらえないのね。苦しみを紛らわせることも許されないなんて。
小さなノックの音がしてノブが回った。
エルストナーだった。私が彼のベッドを占領しているから、彼は自分の部屋にも関わらずノックしたのだった。
「部屋が片付いた。動けそうか?」
正直動ける気がしなかったけれど、ベッドに手をついてのろのろと身を起こした。エルストナーが上体を屈めて私の背中に手を添えたので、さすってくれるつもりなのかと思った。
――さすってもらうと吐いてしまいそう。
でも、そうじゃなかった。彼は反対側の腕で私の手を取ると頭を下げて彼の首の後ろに回した。そして私の膝の後ろに腕を差し入れ、彼の胸に引き寄せるようにして力を込めて私を持ち上げた。彼は肘で扉を開けると、私の部屋まで抱きかかえて運んでくれた。
――絶対に今、吐いたらダメだ。エルストナーにかかっちゃう。
彼の胸に力なくもたれながら私は吐かないようにするので精一杯だった。
散々八つ当たりしたくせに具合が悪くなると頼るなんて身勝手な子どもみたい。実際、エルストナーに抱きかかえられていても全然ロマンチックな雰囲気などなくて、まるで居眠りした子どもがベッドに運んでもらっているようだった。
彼は大げさに心配したりしなかった。それが今はかえってありがたかった。
彼はベッドに私を横たえると、私の額に手を当てた。目元まで覆うくらい大きい手のひらはひんやりとして心地よかった。
「ああ、これは辛いだろうな……」
その言葉に私の中の何かが崩れて、瞼の裏にある光景が鮮やかに蘇った。
木に登って遠くを見ながら、誰かが迎えに来るのを待っていた子どものときの私自身の姿が見えた気がした。
私は手を伸ばすと彼の手を取って縋るように握った。
涙を流す私にエルストナーは何も言わず手を貸してくれた。そして反対の手でずっと頭を撫でてくれていた。
私のすすり泣きだけが部屋に響いていた。




