第30話 母の住む街
新都は旧都よりずっと近代的だった。あまりの人の多さに目を回しそうになっている私からエルストナーが荷物を取り上げると運んでくれた。
「とろとろするな。馬車で次の街まで行かないと」
彼は辻馬車を捕まえると、荷物を放り込んだ。彼は御者にちらりと金貨を見せて、とある街の名を告げた。
辻馬車で向かうには遠い目的地に御者は驚いていたが、金貨の保証が効いたのか何も言わずに素早く馬を走らせた。
馬車の窓から新都の混雑を目の当たりにすると、父に偶然会う可能性なんて干し草の山から針を探すようなものだと思った。
観光地もない街の宿は素朴なものだった。新都の方がはるかに宿の選択肢は多いが、エルストナーは父のいる新都での滞在時間が極力短くなるように配慮してくれたのだろう。
母は街外れに住んでいるそうで中心部まで来てくれることになっていた。
荷物を置いて一息ついた私たちは宿の近くのレストランで昼食を取ったが、私は緊張でほとんど口に入らなかった。
「ちゃんと食って力をつけとけ」とエルストナーは言ったけれど、母と会うのに力は必要ない。必要なのは勇気と気力だろう。
「私が母と会っている間、エルストナーはどうするの?」
「その辺を適当に見ているよ。終わったら宿に戻ってこい。さすがに暗くなる前には終わるだろ」
「分かったわ」
「どこで待ち合わせているんだ?」
「広場の噴水の前」
「時計は持ってきているのか?」
「うん。あ、そういえばこの時計、あなたに返したほうがいい?」
私はバッグから彼の部隊の紋章のついた時計を取り出して彼に見せた。
「それは旧式の時計だから、お前が持っていていい」
「じゃあ借りておくわ」
「もう、やるよ」
「……いいの? 大事なものなんじゃないの?」
「新しいのがあるから」
彼が視線を落とした腰元の時計にも、同様に紋章が浮き彫りになっていた。
「お前と母親が無事に会えるところまでは見届けるよ」
「……」
「いない方がいいか?」
「ううん、会うまではいてくれたほうがいい……」
彼は小さく頷いた。
「エルストナー……ありがとう……」
私の小さな呟きに彼は目を上げたけど、何も言わなかった。




