第26話 ヴィリバルトとの再会
エルストナーの兄であるバルト兄様のいる港町へ私たちは来ていた。バルト兄様は従兄たちの中で一番年長で、すでに家庭をもっており妻子と共にこの街に住んでいるのだった。冠婚葬祭以外で彼一家に会ったことはほとんどなかった。
「バルト!」
馬車を降りるなり、エルストナーは出迎えていた兄の肩を抱いた。彼は黒髪と藍色の瞳をした男性で、上品な物腰と柔和な笑顔は穏やかな雰囲気を漂わせていた。
兄よりずっと背が高いのに、いつになく嬉しそうな表情を浮かべたエルストナーはどこからどう見ても弟だった。
「ここに来るのはいつぶりかな?」
「テアが生まれたときじゃないか?」
バルト兄様にはエレノアとテレーゼという小さな娘たちがいる。テアはテレーゼのことだろう。
「バルトの好きな酒、持ってきたぞ」エルストナーは馬車の荷物を手で示した。
「ああ、ありがとう。いくら港町の物流が良くても、あれだけは旧都じゃないと手に入らないんだ。今夜飲もう」
荷物を運び終わって一息つくと、私はバルト兄様に聞いた。
「バルト兄様、絵葉書を買えるところはありますか? お友達に出したくて」
「郵便局に売っているよ。私は店を離れられないから、地図を書いてあげよう」
「そこまでしなくていいよ、バルト。この後、海へ泳ぎに行くから途中まで俺が連れていってやるよ」
海へ続く小道を私とエルストナーは歩いていた。
「シラの婚約のお祝いにプレゼントを贈ろうと思うんだけど、バルト兄様のお店で買ってもいいかしら?」
「シラって……アシュトン嬢のことか?」
「そうよ。プリシラだから”シラ”でしょ」
「いつからそんな呼び方を? 本人に許可は得ているのか?」
「もちろんよ。シラからお互いに愛称で呼び合いましょうって言ってくれたのよ」
「それなら構わないが……贈り物なら、兄貴は間違いないものを提案してくれるから相談するといい」
私はふと思いついて彼に尋ねた。
「もしかして、もともと夏の休暇にバルト兄様のところへ来るつもりだった?」
「いや、夏の港町は観光客で混雑するから別荘へ行っている」
「別荘!?」
「俺のものじゃなくて、実家で所有している小さなコテージみたいなものだ」
「そんなのがあるのね……」
「お前も好きに行けばいいだろ。行っとくがそこには一緒に行かないぞ。母に頼め」
「別にエルストナーと一緒に行こうとなんて思ってないわ」
彼は返事もせずに上機嫌で鼻歌を歌っていた。泳ぐのが相当好きなのだろう。
「ねえ、泳ぐのってぷかぷか浮かぶの? ざばざばとずっと泳ぎ回っているの?」
「どっちもするが……お前、もしかして泳いだことがないのか?」
「川でほんのちょっと遊ぶくらいなら」
「祖父母の家の近くの小川?」
「そう」
「あの深さじゃ泳げないだろ」
「そうなの? 私泳いでるつもりだった」
彼は鼻を鳴らした。どうやら苦笑したようだった。
「後で海に来れば本物の泳ぎを見せてやるよ」
「別に見せてもらわなくてもいいわ」
「生意気だな」エルストナーが笑った。
彼は失礼を許さないけれど、生意気なのは気にしないみたいだ。むしろそんな反応を気に入っているみたいにも見えた。彼は気を使われる方がきっと嫌なのだろう。
「郵便と言えば、あの遺書ってどうなったの?」
彼の歩みが突然止まった。私もつられて立ち止まると彼を見上げた。
「……忘れてた」
「え! まさか無くしたりしてないわよね?」
彼は再び歩き出すと説明した。
「いや、ちゃんとある。忘れていたと言っても、手詰まりになって一旦保留にしてあるというのが正確なところだ」
「誰か知り合いに聞いてみるって言ってなかった?」
「調べてもらったが、新しいことは分からなかったんだ」
やることはちゃんとやっているらしい。
「そうだったの……。もう調べようがないかしら?」
「当たってみるとしたら、あとは戦勝記念館くらいだな」
「旧都の博物館に併設されているところ? じゃあ、戦勝記念館に遺書を持って行くときは私も行くわ」
「お前が?」彼は意外そうに私を見た。
「だって、今回エルストナーに付き合ってもらってるから。次は私が付き合うわ」
「まあ、好きにすればいい。……この小道を入って、ほら、そこに郵便局が見えるだろ」
「あれね。ありがとう」
「帰り道で迷子になるなよ。迷ったらカエリム商会はどこかと聞けばいい」
「子どもじゃないんだから大丈夫よ」
「どうかな。住んでいる旧都でも迷子になるのに」
口を尖らせた私を見て彼は口の片端を上げると、日差しを浴びてきらきらと弾いている海へ向かって歩き出した。




