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宛先のない手紙 ~私と旧都の紅大尉に託されたもの~  作者: 井ノ上 杏
第三章

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第26話 ヴィリバルトとの再会

 エルストナーの兄であるバルト兄様のいる港町へ私たちは来ていた。バルト兄様は従兄たちの中で一番年長で、すでに家庭をもっており妻子と共にこの街に住んでいるのだった。冠婚葬祭以外で彼一家に会ったことはほとんどなかった。


「バルト!」

馬車を降りるなり、エルストナーは出迎えていた兄の肩を抱いた。彼は黒髪と藍色の瞳をした男性で、上品な物腰と柔和な笑顔は穏やかな雰囲気を漂わせていた。

兄よりずっと背が高いのに、いつになく嬉しそうな表情を浮かべたエルストナーはどこからどう見ても弟だった。


「ここに来るのはいつぶりかな?」

「テアが生まれたときじゃないか?」

バルト兄様にはエレノアとテレーゼという小さな娘たちがいる。テアはテレーゼのことだろう。

「バルトの好きな酒、持ってきたぞ」エルストナーは馬車の荷物を手で示した。

「ああ、ありがとう。いくら港町の物流が良くても、あれだけは旧都じゃないと手に入らないんだ。今夜飲もう」


 荷物を運び終わって一息つくと、私はバルト兄様に聞いた。

「バルト兄様、絵葉書を買えるところはありますか? お友達に出したくて」

「郵便局に売っているよ。私は店を離れられないから、地図を書いてあげよう」

「そこまでしなくていいよ、バルト。この後、海へ泳ぎに行くから途中まで俺が連れていってやるよ」


 海へ続く小道を私とエルストナーは歩いていた。

「シラの婚約のお祝いにプレゼントを贈ろうと思うんだけど、バルト兄様のお店で買ってもいいかしら?」

「シラって……アシュトン嬢のことか?」

「そうよ。プリシラだから”シラ”でしょ」

「いつからそんな呼び方を? 本人に許可は得ているのか?」

「もちろんよ。シラからお互いに愛称で呼び合いましょうって言ってくれたのよ」

「それなら構わないが……贈り物なら、兄貴は間違いないものを提案してくれるから相談するといい」


 私はふと思いついて彼に尋ねた。

「もしかして、もともと夏の休暇にバルト兄様のところへ来るつもりだった?」

「いや、夏の港町は観光客で混雑するから別荘へ行っている」

「別荘!?」

「俺のものじゃなくて、実家で所有している小さなコテージみたいなものだ」

「そんなのがあるのね……」

「お前も好きに行けばいいだろ。行っとくがそこには一緒に行かないぞ。母に頼め」

「別にエルストナーと一緒に行こうとなんて思ってないわ」

彼は返事もせずに上機嫌で鼻歌を歌っていた。泳ぐのが相当好きなのだろう。


「ねえ、泳ぐのってぷかぷか浮かぶの? ざばざばとずっと泳ぎ回っているの?」

「どっちもするが……お前、もしかして泳いだことがないのか?」

「川でほんのちょっと遊ぶくらいなら」

「祖父母の家の近くの小川?」

「そう」

「あの深さじゃ泳げないだろ」

「そうなの? 私泳いでるつもりだった」

彼は鼻を鳴らした。どうやら苦笑したようだった。


「後で海に来れば本物の泳ぎを見せてやるよ」

「別に見せてもらわなくてもいいわ」

「生意気だな」エルストナーが笑った。

彼は失礼を許さないけれど、生意気なのは気にしないみたいだ。むしろそんな反応を気に入っているみたいにも見えた。彼は気を使われる方がきっと嫌なのだろう。


「郵便と言えば、あの遺書ってどうなったの?」

彼の歩みが突然止まった。私もつられて立ち止まると彼を見上げた。

「……忘れてた」

「え! まさか無くしたりしてないわよね?」

彼は再び歩き出すと説明した。

「いや、ちゃんとある。忘れていたと言っても、手詰まりになって一旦保留にしてあるというのが正確なところだ」

「誰か知り合いに聞いてみるって言ってなかった?」

「調べてもらったが、新しいことは分からなかったんだ」

やることはちゃんとやっているらしい。


「そうだったの……。もう調べようがないかしら?」

「当たってみるとしたら、あとは戦勝記念館くらいだな」

「旧都の博物館に併設されているところ? じゃあ、戦勝記念館に遺書を持って行くときは私も行くわ」

「お前が?」彼は意外そうに私を見た。

「だって、今回エルストナーに付き合ってもらってるから。次は私が付き合うわ」

「まあ、好きにすればいい。……この小道を入って、ほら、そこに郵便局が見えるだろ」

「あれね。ありがとう」

「帰り道で迷子になるなよ。迷ったらカエリム商会はどこかと聞けばいい」

「子どもじゃないんだから大丈夫よ」

「どうかな。住んでいる旧都でも迷子になるのに」


 口を尖らせた私を見て彼は口の片端を上げると、日差しを浴びてきらきらと弾いている海へ向かって歩き出した。

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