第24話 実物の父
学校で授業を受けていると、事務員が教室にやって来て何かを教授に伝えた。教授が学生たちに視線を走らせると「ハルマン君はいるか」と言った。
「はい」
私が返事をして席を立つと、「急用でご家族が見えているそうだから、事務室に行くように」と告げられた。皆の視線を感じながら慌てて荷物をまとめると、私は急ぎ足で建物入口にある事務室へ向かった。
――なにかあったのだろうか。それか、もしかして……父が面会に来てくれたのだろうか。
私はほとんど走っていた。息を切らした私の前に見えたのは、赤毛の長身の男性だった。それは、見知らぬ父ではなくエルストナーだった。いつから彼は私の家族を名乗りはじめたのだろう。私たちは従兄弟であって、親戚にすぎないのに。
「エルストナー? 何しに来たの?」私はぶっきらぼうに聞いた。
「事情は歩きながら話す。時間がないんだ」
彼は帽子を被って普段着だった。彼の足取りは早く、私はついていくので精一杯だった。
「父親を見たいんだろう? 会わせるわけにはいかないが、一目見るくらいはできるかもしれない」
「……どうやって?」
「お前の父親が今日、新都へ発つんだ」
一瞬、私の息が止まった。
「馬車の中からお前が父親の姿を見えるようにしようか迷ったんだが、家の馬車を使うと母たちに気が付かれるだろうし、とにかく時間がなかった」
しばらく歩いていると、彼が突然立ち止まった。
「向かいの通りに大きな宿があるだろう? あそこにお前の父親が滞在している」
私はエルストナーを見上げた。
「まだ出ていないのは確認したが、いつかは分からない。日が暮れない内に着くように出立するはずだからそれほど遅くならないと思うが、しばらく待つことになるかもしれない」
「どの馬車?」
「家紋があるはずだ」
「私、分からないわ」
「俺は分かる。来たら教える。……あと、この件は俺の独断だから母たちには言うなよ」
私たちは通りをゆっくり歩いたり、ショーウィンドウを見ているふりをした。
どのくらいの時間そうしていただろうか、ふいにエルストナーが鋭く視線を走らせると、私の腕を引っ張った。彼は私を壁に押し付けて、自身は壁に手をついて私の顔を半ば隠した。
「馬車が用意された。今、荷物を積んでいるだろう、あの暗い赤色をしたやつだ」
少し珍しいワインレッドの色をした馬車が先程の宿の前に停まっていた。
「あれに乗り込む中年の赤茶の髪をした口ひげの男がいたら、それがお前の父親だ。……見るだけだぞ。話しかけることはできない。ほとんど見えないかもしれないから、よく見ておけ」
私は返事もせずに瞬きさえ忘れて、じっと宿の扉と馬車に目を凝らしていた。なのに、なかなかエルストナーの言うような男性は姿を見せなくて、私は堪えきれずに瞬きした。不自然な姿勢のエルストナーは通りを行く人に怪訝そうに見られても微動だにしなかった。
集中力が切れそうになったとき、突然中年の女性と赤茶の髪をした口ひげの男性が現れた。私は目を見開いて前のめりになった。制止するかのようにエルストナーの腕に力が込められた。
ほんの一瞬だった。
分かったのは、その男性が傍らの女性に笑顔を向けていたことと、自分とどことなく似た色合いの赤毛だったこと。
彼らはすぐに馬車の影に入ってしまって、私が見えたのはそこまでだった。こちらから見える馬車の窓には女性が座ったので、父の顔は見えなかった。すぐに馬車は出発した。私がそれを目で追う様子をエルストナーはじっと見つめていた。
「……見えたか?」
私は小さく頷いた。彼は姿勢を正すと手短に言った。
「マルガレーテ、俺はすぐに戻らなくてはいけない。お前、一人で学校へ戻れるな?」
黙ったまま再び頷いた。
「興奮して頭が混乱しているだろうから、馬車に轢かれないように気をつけろ」
私は騒ぎもせずただ静かに立ちつくしていたのに、彼はそう言った。静かにざわめく胸の内を見透かされた気がした。
彼は足早に去っていた。私は彼の姿が人混みに紛れて見えなくなると、ゆっくりと学校への道を戻った。




