第22話 残酷な真実
伯母様が舞踏会で具合が悪くなってから、私たちは舞踏会への参加を控えていた。エルストナーにはあれきり会っていなかった。
「お店に立ってらっしゃるけれど、体調は大丈夫ですか? 無理なさらないでくださいね」と心配する私に伯母様は曖昧な笑顔を浮かべた。
「ごめんなさいね、マルゴ。私の身体は大丈夫。心配しなくていいのよ。ちょっとしたトラブルがあって……もう少しで解決すると思うから、そうしたらあなたにも必ず説明するわね」
そのぎこちない表情と雰囲気をどこかで見た気がした。
――いつ? 誰だった?
私が子どものときだった。そのときの例えようもない不安な気持ちが強く記憶に残っている。
心に灰色の霧がかかってはっきり見えない。思い出せないのに、不安と疑問が肌にまとわりつく。
誰かが病気? 商会の経営が傾いた?
まだ学生の私には何もできなかった。実質的な手助けはおろか、伯母様の相談相手にすらなれない。何か悪いことが起きているのに私は気を使われる始末だった。
数日後、書斎に呼ばれた。伯父様と伯母様が長机の向こう側のソファに改まった様子で腰掛けていた。いつの間に来ていたのか、エルストナーが窓辺に立っていた。一瞬目があったが、彼は何とも言えない表情で私を見ていた。怒っているわけではなさそうだが、ひどく真面目な顔をしていた。
伯父様は私に椅子を勧めると、ゆっくりと口を開いた。
「マルゴ、先日舞踏会で突然帰る羽目になったとき、君はアンナやエルストナーの言うことに従ってくれたね。これまで事情を話せずにいて申し訳なかった」
「不満に思っても当然なのに、それどころか私の体調を心配してくれて……」伯母様は俯いて辛そうに言った。
「いえ、そんな……」
「その時の事情を説明したいんだ」
やっと理由がわかる。悪いことだったとしても、それが何なのかは分かるのだ。
伯母様が意を決したように顔を上げると、かすかに震える張り詰めた声で言った。
「実はね、あの夜の舞踏会にいたのよ……私の弟、つまりあなたの父親が」
あまりに突然のことで言われた言葉が浸透するまでに時間がかかった。
「……私の父? え……仕事で海外にいるのではなかったのですか? 戻ってきたんですか?」
私の言葉に伯母様が両手で顔を覆った。
「ああ……マルゴ……本当にごめんなさい」
伯父様が後を続けた。
「もともと外国には行っていなかったんだ」
「外国に行ってない? じゃあ、ずっとどこにいたんですか?」
「詳しい場所は分からないんだが、ほとんどの時期を新都で過ごしていたと思う」
「新都……?」
「君のお母さんとはだいぶ前に離婚して、今は別の女性と結婚している」
私はぎこちなく瞬きを繰り返して伯父様を見つめた。
さっきから信じられないようなことばかり言われている。これまでの前提が全部間違っていたのだと言われてすぐに切り替えられるはずがない。だが、伯父様は嘘をつく人ではない。
「私とエルストナーで君の父親に会ってきたんだ」
「え……今日ですか?」
「いや、数日前だ」
何もかもすでに済んでしまったことばかりだ。
舞踏会で実の父がいたのに何も知らされず、会う時にさえ私は呼ばれない。
「なぜ……私を同席させてくださらなかったのですか」
「ずっと音信不通で娘を放っておいたような男だから、君に会わせていいのか分からなかったんだ。それを見極めに、まず私たちで会いに行った」
彼らになぜそんな権利があるのか分からなかった。娘が父に会うのに、他の人の許可なんているの?
「実際に彼は何の反省も見せず、非常に軽薄な態度を取り続けた……君に会わせても、君を傷つけることを言いかねない男だった」
私は堪えきれずに硬い声で言った。
「たとえその通りでも、会うか会わないかを決めるのは私であるべきではありませんか……?」
「……そうだね……そうなんだが……」
「なら、どうして」
ずっと黙っていたエルストナーがぽつりと言った。彼は離れたところにいて小さな声だったのに、はっきりと聞こえた。
「お前と会うつもりがないと言われたんだ」
「エル……!」伯母様がはっとしてエルストナーを振り返った。
私は首だけをゆっくりと動かして彼を見た。
「これ以上、嘘を重ねても仕方ありません。マルガレーテが何を信じていいのか分からなくなる。中途半端に誤魔化すより、真実を伝えたほうがいい。
マルガレーテ、これまでお前が聞かされていたのは子ども向けの優しい嘘だ。当時はどうなるか分からなかったし、周囲も希望を抱いていたんだろう。だが、もうお前は真実を知る方がいいと思う」
伯母様はエルストナーに切なそうな眼差しを向けて小さく首を振った。
彼はそれが目に入らないのか意図的に無視しているのか、私をじっと見据えて語り続けた。
「父親には会わないほうがいい。会ってもお前が傷つけられるだけだ。お前や俺たちとは……全く違う感覚の人間なんだ」
「……なんで……私に会いたくないの?」喉がひりついて、声がかすれた。
エルストナーは一瞬口を引き結んだが、淡々と私に告げた。
「今の妻に娘がいることを伝えていないから困ると……男爵の未亡人だから相続が複雑になる、と言っていた」
あまりに酷い真実に私は打撃を受けた。
困惑してため息をつくはずが、上手く出ずに軽く息切れがした。
怒ろうとしたのに、口元は皮肉な笑みを浮かべて引きつった。
伯母様が私の隣に腰掛けて、背中をさすった。
「マルゴ……本当にテオが酷いことを……」
――そうだ、確か父の名前はテオドールだった。
それすら、今の今まで忘れていた。
私だって薄情なのかしら。
「……父はもう旧都にいないのですか?」
「君の目に触れないうちに早く出ていくように、私が言った」伯父様が言った。
「……そうですか……」
皆が私を見ていた。私はその視線から一刻も早く逃れたかった。一人になりたかった。
――部外者だと思っていたのに、まさか当事者だったなんて。
私はゆっくりと立ち上がると書斎を出た。




